葛藤
思わず間抜けな声が出た。なんだそれは。
そもそも魔王を倒すために勇者を召喚させられたのではなかったか。
「勇者を召喚せよと命じたのは余ではない」
ツバキの心を読んだかのように王が首をすくめる。
「勇者よ。わざわざ異世界まで出向いてもらったのに、すまぬな」
「いいえー。俺は別にいいんですけどね」
レンはひらひらと手を振った。
「ていうか魔王倒さなくっていいってことは俺ずっとこの世界にいてもいいんですよね?ツバキの傍にいられるなら俺はそっちのほうがいいですー」
「そんな勇者がいるかぁあああ!!!」
思い切り殴り倒す。レンは「ぐふっ」と声を上げて倒れるとそのまま動かなくなった。
「あー……別に帰ってもらっても構わないというつもりだったんだが……」
心なしか、王が若干怯えている気がする。多分気のせいじゃない。
「まぁ、そんなわけなので」
「王よ」
ずっと黙っていたラナンがようやく口を開いた。
鋭い眼光を見た瞬間ぞっとした。
これが頂点に立つ為政者の目だというのか。
どこまでも冷たい、何の感情もこもらない目。
「それではどうするおつもりで?魔王を倒さない限り国民は襲われつづけるのですよ」
「人はいずれは死ぬものだ。それが天災か病か、獣魔物の類に襲われるか、それだけの差だ」
こともなげに。
あっさりと言い切る王に、ただ言葉を失くして立ちつくす。
そんなの。
見捨てられたのと同じじゃないか。
「王は親だ。民とは子だ。親がいなければ子は育たぬ。子などいなくなれば産めばよいだけの話だ」
「……さっきから何言ってんだよ、てめぇ……」
心が凍る。冷たい怒りに震える。
「子がいない親なんざ親じゃねぇ!また生まれたってそれは同じ子じゃねぇだろうが!!」
突然の罵声に王は目を大きく開く。
「死んでるんだぞ。人がたくさん死んでるんだぞ。そんなの、そんなの……」
自分にはそれを止められる力があるのに。
「放っておけるわけ、ないじゃないか……」
あ。
だめだ。
泣きそうだ。
今泣いたらダメだ。全部台無しだ。だから泣くな。泣くな自分。
唇をかみしめてツバキは踵を返した。
「おい……」
「俺は決めた」
もう誰が何と言おうと関係ない。これは自分の意思。
「魔王を倒す。俺しかできねぇってんなら俺がやってやる。あばよ」
吐き捨ててまだ倒れている勇者の首根っこを掴み、大股で広間を出ていく。
腹いせに思い切りドアを大きな音を立てて閉めてから。
外で待っていた双子が何か聞きたそうにこちらを見つめてきたが、思い切り無視する。
どうしてどうしてどうして。
やり場のない怒りが溢れて泣きそうだった。
どうして。
「どうやらあなたに一人で王を任せるのは、まだ早すぎたようですじゃの」
ラナンの声が冷たく響く。
「まぁこちらとしてはタキツスベルスが本気でやる気になってくれたようで助かりましたがの」
「………」
「いい加減覚悟を決めなさい。迷っている段階ではもうないのです。……あの方はもう覚悟を決めてらっしゃいますよ」
王はぎゅっと拳を握りしめた。
「一番辛いのは自分だとでもお思いで?あの方が誰のために」
「そんなことはわかっている!」
悲痛な怒声がこだまする。
ラナンはふぅとため息をついた。
「しばらく一人で頭を冷やしなさい」
その言葉を最後にラナンも部屋を出て行った。
一人残された王は玉座に背を凭れかけ、深いため息をつく。
「わかってるさ……自分がどういった発言をしたかくらい……」
あんなの、本気で思っているわけじゃない。
自分も王の端くれとして、どうあるべきか、何をすべきかくらいわかっているつもりだ。
それでもああ言ってしまったのは王である前に一人の人間だから。
目を閉じて、脳裏に浮かぶのはたった一人の大切な顔。
「それでも、僕は……」
小さな声でそうつぶやくと、少年王は自分の顔を手で覆った。
あなたを守りたいだけなんだ、と。
音になるかならないかの声は、深い闇の中に消えた。