国王
もはや廃墟と化しつつある庭に、ラナンがひょっこり顔を出した。
「修行はどうかのタキツス…」
ちゅどーん。
間髪入れず放った火球がド派手に爆発する。
「タタタタタタタキツスベルス!?お前何をっ……!ぬしさまぁあああああ!!」
ミモザの顔から音を立てて血の気が引いていく。
人間ってこんなに真っ青になるんだなぁ。あ、違った、エルフだ。
「これくらいであの狸爺が死ぬかよ。……悪いな爺。手が滑った☆」
「……えらく器用な滑り方があったもんじゃの」
年寄りは労われとラナンがぼやいた。
「か弱い老人に突然火球を放つとはなんという若者じゃ」
「か弱い老人は突然火球ぶっ放されても無傷なもんなのか」
労わり甲斐のないにもほどがある。
「ほらな、ミモザ。仮にもこいつは王族だぞ。これくらいの魔法防げるさ」
ミモザがへたへたと座り込む。
「よかった……ぬしさま……」
大きな瞳からぼろぼろと涙が零れるのを見てぎょっとする。
「ご、ごめんなミモザ」
女の子が泣くのは苦手だ。
「心臓に悪いからやめろ……タキツスベルス……」
「うん、わかった。ごめん。もうしないから」
ミモザの前では。
「……謝る相手が違うんでないかの」
「ちゃんと『悪いな爺』って言っただろ」
「お前それで謝っとるつもりだったんか」
「つーか心から謝るくらいなら初めからしねーよ」
「それはそうじゃろうが」
なんだか腑に落ちないとぶちぶち言いながらラナンはため息をついた。
「まぁよい。……これだけ使えるようになったならもうええじゃろう」
「は?なにがだ」
答えは簡潔だった。
「そろそろ王に会いに行くぞよ、タキツスベルス」
「……は?……」
コリウス7世。
それがこの国の王の名だ。
王になったのは三年ほど前のこと。前王の急逝によりわずか13歳で王の座に就いた、若き君主。
どのような人間なのかはわからない。ツバキのような下々の者が知るわけもなく、知る必要もない。
ただのラナンの傀儡でなければいいと願うだけだ。
それはラナンに抱いている個人的な感情からの願いではない。
傀儡は操り手がいなくなった後、崩れ落ちるもの。
ラナンはいずれ死ぬ。おそらくまず間違いなく、ツバキや王よりも先に。
腹が立つことにラナンは為政者としては優秀ときている。彼が権力を握ってから餓えた民は一人もいないと聞く。
優秀でありかつ権力を持っている代替えの無い存在だからこそ、死後のダメージは大きい。
国が乱れるようなことがあっては困るのだ。
まぁあと20年は死にそうにないが。
そんなことをつらつら考えながらラナンの後ろをついていく。
「ね、王様ってさぁ」
レンがひそひとと、なぜかわくわくしたような顔で話しかけてくる。
「やっぱりヒゲ生えてて『ふぉっふぉっ』ていうんかなっ」
なんだそのイメージは。
「お前のとこの王はそんななのか……?」
「え、いや、うちは王とはちょっと違って……ああでも説明難しいや。とりあえず違うけども」
「この国の王はまだ16歳だ。髭は生えてないと思うぞ」
「え、年下?なんだ緊張して損した」
いつ緊張した。お前が。いつ。
ラナンが不意に足を止めた。同時に二人も話をやめる。
ミモザとアカシアがラナンの両脇にさっと別れる。
静かなノックが二回響き渡った。
それを合図にして双子がドアを開ける。
大きな扉の向こうには赤い絨毯が続いていて、広い部屋にあるのはたった一つの椅子。
そしてそこに座ることを許された唯一の人。
空気が重い。押しつぶされそうだ。これがこの国の頂点の重みか。
ラナンが歩き出す。後にレンが、遅れてツバキが後に続く。
玉座のやや手前でラナンが立ち止まった。
「お連れしました、王よ」
「……お主たちが、勇者と魔法使いか」
まだ幼さが少し残る声が響く。
姉弟ということもあってか、面立ちはシオンに良く似ていた。
「会いたかったぞ」
「光栄です、陛下」
レンがにこりと笑う。
本当にこの男の心臓は鉄でできているのではないだろうか。
一国の主を前に、少しもたじろがない。
つられたように王が少し微笑んだ。
「余はな、主たちに逢えたらずっと言いたかったことがあるのだ」
「はぁ、なんでしょう」
無礼ともいえるレンの態度を気にも留めず、王は「実はな」と切り出した。
「魔王など、倒さなくともよい」
「………………は?………」