不安
今日の修業を終えた頃、またレンがひょっこり顔を出した。
「終わった?ツバキ」
「なんでこんなタイミングいいんだお前は。物陰からずっと見てたなんて言うなよ」
「失礼な。俺はちゃんとアカシアに色々教わっていたんだぞ」
ふんと胸を張る勇者。
「ただずっと窓からツバキを見守っていただけだ!」
「……………」
アカシア、ごめん。
別に自分が謝る必要はないが、なんとなくそっと目元を押さえたくなる。
「さっきまで女の子いたよね?あれ誰?」
「シオン姫。この国の王の姉にあたるな」
「ふぅん。ツバキの友達?」
何気なくかけられた言葉に心臓が止まりそうになる。
ともだち。
「と、ともだち……」
あああなんだこれ照れくさいはずかしい。
でも友達って言っていいよねそう約束したし。
自分でも顔が赤くなっていくのがわかる。なんだか耳まで熱い。
「……茹蛸みたいだよツバキ」
「ゆでだこ?なんだそれは」
「あー、うん、知らなくていい。多分知ったら怒るから」
「そうか。とりあえず殴っていいか」
「え、ちょ、なんでそうなるの?!」
「怒ってもいいことなんだろう」
「ええっそうだけど、なんか理不尽!」
拳を振り上げるのは照れ隠しなのだけれど、それがばれないようにとこっそり祈る。
ツバキの拳をうけとめて、レンは柔らかく笑った。
「そう、友達できたの」
あんまり優しく笑うから、腕の力がふっと抜けた。
そのまま自然に腕を引っ張られ、抱きしめられる。
「よかったね」
なんだか少し切ないような声。
甘く響くから気づき辛いけれど、どこか寂しそうな響きを含んでいて。
それでもその声はどこまでも優しくて、温かかった。
どうしてだろう。
どうしてこの人はこんなにも自分を想ってくれるのだろう。
単純に不思議でならない。彼に自分が優しくできたことなどないのに。
優しくできない自分が歯痒い。
どうすれば喜んでくれるだろう。どうすればもらった優しさのわずかでも返せるだろう。
「レン」
「ん……?」
「お、お前も、俺の……!」
こんなのでは少しも返せないかもしれないけれど。
「俺の、ともだちに、なるか?」
勇気を振り絞った声は我ながら震えていて。
ていうかなんで上から目線なんですか。どんだけ名誉なことなんですか。
レンがそっとツバキを離した。
沈黙が落ちる。
ああ。気まずい。なんだこれすごい気まずい。超逃げ出したい。
「……ふっ…」
一呼吸の間があり。
「うわっはっはっはあああああははっははははは!!!」
レンの爆笑がそこらじゅうに響き渡った。
「あ、あはっそうね!友達!ははははは!」
「なっ、なにがおかしいんだよ!」
いや我ながら何もかもおかしいとは思うけれど。
でもそんな大声で、大声で。
「笑うなー!」
ゴッといい音がして勇者が空を舞った。それはもう綺麗に。
ぐしゃっと地面にたたきつけられた後はさすがに笑わなくなった。
というか呻いている。身体を折り曲げて呻いている。
ちょっと悪いことをしたような気がするが、あんなに大声で笑うほうが悪いと思う。
「タキツスベルス」
「うわっびっくりした」
いつの間にか後ろにいたミモザがものすごく残念なものを見るような目をしていた。
「いくらなんでも今の展開でそれは……」
「鈍いってレベルじゃないですわね」
後を続けたのはこれまたいつの間にか現れたアカシアだ。
相変わらずそっくりだが、最近なんとなく二人の見分けがつくようになった。
「なに友達って。在り得ないでしょう今の展開でそれは!」
「な、なんだよ」
「勇者様があなたの何になりたいかきづいてないなんて超鈍感というにも生ぬるいですわ!」
アカシアにびしっと指差されてたじたじになる。
いやそんなのわかんないし。もうなんなの。
「あー……」
レンがごろりと仰向けになる。
「ツバキ。こっちおいでー」
そのままひらひらとおいでおいでをする。
「さぁお行きなさい!そして顔を覗き込むのです!」
やたら上から目線でうざったいほうがアカシアだ。
「タキツスベルス……」
それに比べてミモザは優しい。よく困ったような顔をしている。
「これで行かないとか人間じゃないぞ」
エルフに人外扱いされた。
小さく舌打ちをしてしょうがなくレンの傍にしゃがみこむ。
レンがふわりと笑ってツバキの頬に手を添えた。
「ありがと、ツバキ。友達でも嬉しいよ」
かあっと赤くなる。
「そ、そうか。嬉しいか。そうか」
嬉しいって、言われた。
それが嬉しくて顔がゆるんだ。
自分が喜んでどうすると思わないでもないが。
「…で、なければいい」
「え?」
「なんでもない」
いつもと同じ笑顔。
けれど違う。どこかに深く暗い影が差している。
どうしてそんな顔をするのかがツバキにはわからない。
胸の奥がやけにざわついた。
自分はひょっとして、大事なことを聞き落したのではないか。
もう一度聞くことが躊躇われて、ただ口を閉ざすほかなかった。