指輪
再び目を開けたとき、特に部屋に変わった様子は見られなかった。
ただ左手に違和感を感じた。
目をやると先ほどまでは何もなかったはずの薬指に指輪が嵌っていた。
これが、契約の証か。
「もっとこう、首輪とか足枷とか、そういうのを想像してたのに……」
「ちょっと待って今さらっと聞き流せない発言があったんだけど」
とりあえずスルー。
「ねぇ、それ俺がやると思ってたの?それともツバキ?俺そっち系の趣味はないよ?もちろんツバキが好きなら合わせることもやぶさかではないけれど」
レンの手にちらっと目をやる。同じデザインの指輪があることを確認だけして自分の手に目を戻した。
白銀だろうか。シンプルなデザインによく見ると細かな文様が入っている。
『契約』したら何らかの変化が出るだろうとは思っていた。けれど。
こんなに美しいものだとは思っていなかった。
「ああでもやっぱり首輪つけたツバキと一緒に歩くなんて嫌すぎる!俺超酷い人みたいじゃん!勇者なのに!」
レンは相変わらずうるさいが、もう構うのも面倒なのでスルーを貫く。
指輪を見ていたら勝手に笑みが零れた。
「綺麗、だな」
そう笑いかけるとレンは固まった。
その顔がかあっと赤くなる。
「つ、ツバキのほうが綺麗だよー……なんちゃって」
「やっぱりお前黙れ」
「えぇっなにこの扱い!?」
話しかけなきゃよかったと後悔する。
とても綺麗だったから、誰かと想いを共有したくなった。
柄にもないことをするもんじゃないと反省する。
「あぁ、でも、左手の薬指かぁ。なんか照れるね」
「?何がだ」
「何がって、そりゃ」
言いかけてレンは納得したような顔をする。
「そうか、こっちとあっちじゃ風習も違うから……」
「お前の世界じゃ指輪はどういう意味を持つんだ?」
「指輪自体は特に。でも、左手の薬指にする指輪は特別」
「とくべつ?」
「うん。……本当はこういう形じゃなく、俺がプレゼントしてツバキが嵌めてあげるっていうのが理想なんだけど」
冗談ぽく笑いながらレンはツバキの左手を取った。
「向こうではね、これは結婚している人の証。男から女に嵌めてあげるっていうのは『結婚しましょう』って言うのと同じなんだよ。結婚式で嵌めるの」
け。
けっこん。
意味を理解するのに数秒かかった。
意味を理解した後は全力で指輪を抜こうとするツバキだった。
「ちょ、え、うん、予想できなかったかといえば嘘になるけどおおおお!!」
「……ちっ。抜けねぇ。一応魔具ってことかよ」
「やめて!俺の言葉スルーしないで!ていうか抜かないで!」
もう俺そろそろ泣くよ?と涙目で訴えてくる勇者。たかが指輪で。
なんでこんなに女々しいんだろう。
こんな奴と結婚なんて在り得ない。
しかし指輪はどんなに引っ張っても抜けそうな気がしなかった。
こちらの世界では指輪=結婚でなくて本当によかったと心の中でため息をつく。
「それとも結婚しちゃう?本当に?」
冗談ぽく笑うレンの頭を張り倒してツバキは本当にため息をついた。