誘拐
ツバキ・タキツスベルスは本日少なくとも10数回目のため息をついた。
「お願いします…大賢者と大魔法使いの子供であるあなた様ならきっと…!」
もう何度繰り返されたかしれないその言葉をうんざりした気持ちで聞く。
「この国には今勇者が必要なのです。あなた様もそれはわかっておられる」
一つだけ頷く。それは充分わかっていた。
突如現れた魔物は徐々にその生息地を広げ、今では国土の4分の3が人の住めない土地とされている。
「おかげで街に人がえらい増えて狭苦しいったらありゃしない」
「…問題はそこではないのですが」
まぁいいでしょう、と老人は肩を落として言った。
「とにかくっ。あなたには大魔法使いの素質があるはず!」
「んなもんねーよ」
「いいえあります!」
力説するおじいちゃん。何故そこまで信じ込めるのか。
「それでもって異世界から勇者を呼び出してほしいのです!」
「いや、もー無理。マジで無理。というわけでおやすみ」
さわやかに答えてベッドの中にもぐりこむ。
「寝かせはせぬ!寝かせはせぬぞ!」
「あああああベッドの中まで入ってくるなぁあああ!!」
「あなた様がはいと言ってくださるまではああああ!!!」
「ああっもう!よく聞けっ」
布団を跳ね飛ばす。まだ温かい布団と離れるのは涙がでるくらい辛かったがじじいと添い寝よりはマシだ。
「俺は落ちこぼれだ!」
「そんなわけがありませぬ!」
「両親とは似なかったんだよっ親が美形で子供がぶっさいくなんざよくある話だろうが!それと似たよーなもんなんだよ!」
「あなたさまは父上母上によく似てらっしゃる!」
「言いたいとこはそこじゃねぇええええ!」
埒が明かないにもほどがある。
「いや…でも母上さまはもうちょっとこう、メリハリのある身体だったというか…まぁくびれは問題ないとしてもこう…なんていうかの…ぼいーんの部分が…いやまぁ並レベルっちゃあ並だが…母上さまはもっとこう、ほんとに」
「うるさい、死ね」
ついでにとっても失礼である。まかり間違っても年頃の女性に言うべき言葉ではない。
はぁとため息を吐く。
王宮からの遣いはこれで13人目だ。
どれもそこそこ粘りはしたが、これほどまでにうざったいのは初めてだ。
それにしたってしつこい。それはもうゴキブリのようにしつこい。ゴキブリがしつこいかどうかは知らないがしつこい。
「老い先短い年寄に死ねなど、なんと恐ろしい方よ…」
「おめーみたいな老害はなんの役にも立たないから安心して逝け」
「はあああああ心が傷つくうううう。頑張れわし!王のために!」
「その王様はなんて言ってんだよ。そんなにも俺にこだわってんのか」
「あの方は勇者さまをただひたすら心待ちにされております。『早く勇者たん現れないかなぁハァハァ』と毎日切なそうに特注のビッグサイズの枕を抱きしめておいでです」
「うん、今の言葉で絶対勇者を呼ばねぇって俺の気持ちが確定した」
まかりまちがって呼んでしまった暁には、しかもそれが女の子だった暁には、がっつり手籠めにされてしまいそうだ。ていうかする気満々だろ王様。
「なんと…呼ばない、と?」
「おう」
おじいちゃんの目がきらっと光った。
「呼べない、ではなく呼ばないんですな?」
なんだか嫌な予感。
「ということは呼べるんですな呼べるんですなー!」
「ああああ近づくなだからああああ!」
「さぁさぁ王宮に参りましょう!王様が待っておいでです!」
「いや、だからあああ!!!」
老爺が杖を振ると不意に背後からばっと大きな手が伸びてきた。逃れようと体をひねるが一瞬遅く、鼻と口を押えられる。ごつごつとした手で触れられるだけで寒気がするが直接ではなく布一枚隔てているのが不幸中の幸いか。反射的に抵抗しようとしたがなんだか力が入らない。
「なに…ねむ…っ」
「ふっ。これが年の功による作戦というやつですじゃ。」
いやこれただの誘拐だから。
そう突っ込む間もなく、ツバキは深い眠りの中へと落ちていった。
ヒロイン、いきなり誘拐されます。
頑張れヒロイン。