契約
どれほどの時が経っただろう。
レンが不意に身体を放した。
瞳が、あった。
レンの目は安否を確認した後も不安そうで、なんだか可笑しくなる。
「大丈夫だよ」
そう言うとレンは小さく頷いて手を握った。
「魔王を倒すの、やめようか」
唐突な言葉にツバキは驚いた。
「は?何言ってんだお前」
「だって俺、この世界がどうなろうとどうでもいいし」
勇者とはとても思えないセリフをさらっと真顔で吐かれて頭痛を覚える。
「命を狙われたって聞いた。それって俺じゃなくってツバキが魔王を退治するからだろ?ならやめよう」
「ならやめようってお前……」
「このままここにいたらみんな魔物に殺されるっていうならさ、俺と一緒に俺の世界に帰ろう。俺にはもう家族はいないから、家族として一緒に暮らそう。髪と目の色が気になるかもしれないけどそんなのどうとでもなるよ。そうやって二人で静かに生きていこう」
ツバキは矢継ぎ早に繰り出される言葉を茫然として聞いていた。
「嫌?そんなにこの世界が好き?離れたくない?」
レンはなぜかとても不安そうだ。何をこんなに怯えているんだろう。
嘘をついてはいけない気がした。
「好きじゃない」
何度も口にした言葉なのに胸が痛い。
俺だってこの世界を愛したかった。
「嫌いだ。大嫌い」
「だったら」
「でも逃げ出したくはないんだ。俺は別に聖人というわけじゃないし、お前を呼び出す気だってさらさらなかった。魔物が跋扈しようとどうでもよかった。死にたいわけじゃなかったけどな」
もしかしたら本当は死にたかったのかもしれないけれど。
「自分には力がないと思っていたんだ。だから死んでもしょうがないかなと思っていた。でも違ったんだ。俺には力があったんだ。それなら俺は守りたい。世界に恨みがないと言えば嘘になる。でも一人だけ助かりたくはないんだ。力があるのなら使いたい。守れるのなら守りたいんだ。嫌いだけど、憎んでいるけど、それでもやっぱり救いたいんだ」
「…………………」
レンは少し目を伏せて、それからツバキを見て苦笑した。
「馬鹿だね、ツバキは」
「うるせぇよ」
「褒めてるんだよ」
「どこがだっつの」
「いやすごいと思うよ?そのツンデレっぷり」
「つん……?」
「はは」
顔をくしゃくしゃにしてレンは笑った。
「嫌いたいんだろう。憎みたいんだろう。でも本当は愛しているんだろう」
「違う。嫌いだ。それはほんとだ」
「はいはい」
スルーされた。むかつく。
「ここまでツンデレではなかったはずなんだけどな」
「?」
「ううん。こっちのこと。……しょうがない。言い出したら聞かないんだもんなぁ。俺も手伝うよ」
まぁもともとそのために呼ばれたんだしなー。とのほほんとのたまう。
「一緒に世界を救いましょう。魔法使いどの」
芝居めかしてレンが片手を差し出してくる。
ちょっと迷ってその手を取った。
「これは契約か?」
「契約?」
「勇者と魔法使いは契約を結ぶものだと聞いた。勇者は魔法使いの願いを叶え、魔法使いは勇者の力になることを誓うと」
「契約を交わしたらどうなるんだ?」
「知らん」
「知らんって……」
「でもなんか、したほうがいいらしい」
「なにその適当な情報。……どうやってやるの?」
「手、出して」
言われるがままレンが手を出す。
ツバキはレンの手に指を絡ませた。
「つ、ツバキ!?」
「黙って」
「あ、はい」
ツバキは手のひらに魔力を集中させる。
「私はあなたに誓います。あなたの魔導師として、あなたに付き従うと」
それからレンの目を見た。
「俺の言葉に続けろ。……私はあなたに誓います」
「私はあなたに誓います」
「私は勇者として、あなたの願いを叶えると」
「私は勇者として、あなたの願いを叶えると」
レンが言葉を言い終わると同時に手のひらから閃光がほとばしり、思わずツバキは目を閉じた。