封印
「…タキツスベルス、そうじゃない」
ミモザが呆れたように言った。
「魔力が全く注がれていない。…もしかして本当に注ぎ方もわからないのか?」
「…っだから!!才能がねぇって言ってんだろ!」
顔を赤くして怒鳴り返す。
「わかったわかった」
軽くあしらわれるのもまた腹が立ってしょうがない。
「とりあえず落ち着かないとまた失敗するぞ」
「うー…」
「心をぶらしちゃダメだ。精霊が戸惑ってしまうのが見えるだろ?」
「見えねーよ。俺はエルフ族じゃねぇんだ」
エルフ族と人の見る世界は違う。音に周波数があるのと同じように、見える境界というものがある。
「見えないのか…!…あぁ、そうか。そうだよな」
驚くミモザ。お前ほんとに気づいてなかっただろう。
「普段アカシアと主さまとしか会話しないから、忘れていた」
「主さまは見えるのか?人間なのに」
見えていたら化け物である。やはりあのジジイは人間ではなかったのか。
「主さまは『ほー』とか『へー』とかしか言わない」
「どうでもよさそうだなものすごく」
それでいいのかミモザ。
「さて、もう一回初めからだ。まずは…」
「何をしているの?ミモザ」
ミモザの声を遮るように綺麗な声が響いた。
振り向いて息を飲む。
長い金のふわふわとした髪。大きな濃い紫の瞳。すっと通った鼻筋に白い肌。頬の色はバラ色というのに相応しい。
絵に描いたような美しいお姫様がそこにいた。
「シオン様!?」
驚いたようにミモザが声を上げる。
その名前は知っていた。
現国王の姉であり、素晴らしい魔法の才能を持ちながらその控えめな性格ゆえに表には滅多に姿を現さない女性。
「ほんとのお姫様か」
揶揄したつもりはなかったけれど、シオン姫はすっとツバキに視線を移した。
「な、なんだよ」
じっと瞳を見つめられてたじろぐ。
吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳だ。
不意にシオン姫が口を開いた。
「あなた。何を此処でしていたの?」
「何って、練習だよ。許可は取ってるぞ」
多分。ジジイ辺りが。
「なんの?」
「魔法以外の何があんだよ」
「ふぅん。ねぇミモザ。あなたが教えてたの?」
「あ、はい」
「どういう風に?ちょっとやって見せて」
「えっと…まず精神を落ち着け、心をぶらせないこと。それが出来たら強く願いを浮かべながら精霊に魔力を注げと…」
ツバキはその魔力の注ぎ方がわからないわけだが。
「それじゃダメだわミモザ」
一刀両断。
シオン姫はばっさりと侍女の言葉を切り捨てた。
「ダメ、ですか」
「ええ。だって魔法が使えないのは彼女のせいではないもの」
「え」
不意に言われた言葉に戸惑う。
いや別に自分のせいだなんて卑屈に思ってたわけでは全くないのだけども。
「封印がかけられているわね。魔法が使えないのは多分そのせい。あなた、魔力の注ぎ方もよくわからないでしょう?」
頷く。それを確認してからシオンは再び口を開いた。
「それは知らないんじゃない。魔力の注ぎ方を忘れさせられているの」
「忘れさせて…?」
「当然みんなが知っていることを忘れさせられているんだから、そりゃ魔法なんて使えないわよ。人間にエラ呼吸しろと言っているようなもんだわ」
誰がそんなことをわざわざするのか。
「うーんこの封印はちょっと解読するのが難しいわね。かけた人は間違いなく並の上位魔導師以上の力を持っているわ」
シオンはツバキをじっと見つめたまま何やら考え込んでいる。
正直に言おう。居心地が悪くてしょうがない。なんかもうすごい逃げ出したい。魔法使えないままでいいというかもう全然そっちのほうがありがたいのだからそっとしておいていただきたい。
シオンがようやく吐息をついた。
「あなた、名前は?」
唐突な言葉に戸惑いつつ答える。
「ツバキ。ツバキ・タキツスベルス」
「そう」
シオン姫はすぅっと息を吸った。
『ツバキ』
その可憐な唇から漏れ出したのであろう声は先ほどまでとは全く違う声だった。
頭の中に直接響く。低いのか高いのか、性別も年齢さえわからない。とにかく圧倒的な力を持った声。
何かが割れる音が、した。
わけもわからないままただ気圧された。
シオン姫がふわっと笑った。
「これで封印は解けたはずよ」
「…………へっ………?!」
「どうやら『あなたの名前を呼ぶこと』が封印を解く鍵だったみたいね」
「たったそれだけ?」
「そう。『それだけ』だからこそ囮の回答をいくつも用意していた。必要以上にこんがらがった術式だったのはそのせいね」
ところで、とシオンは悪戯っぽく笑った。
「自分の体を見てみなさい。どういう風に見える?」
言われるまま自分の手に視線を移す。
先ほどまではなかった陽炎のようなものが手から浮かび上がっていた。
否。手だけではない。全身からだ。
「自分の魔力が見えるようになったでしょう。あとは簡単よ。それ以降はミモザ、あなたが教えてさしあげなさい」
「かしこまりましたシオン様」
「ではまた会いましょう、ツバキ」
軽やかな言葉だけを残し、シオンは去って行った。
後に残されたツバキは呆気にとられたままその姿を見送るほかなかった。
まだ先ほどまでの出来事が信じられず、頭の何処かがぼうっとしている。
名前を呼ぶだけで解ける封印。
それなら何故レンが自分の名を呼んでも封印はとけなかったのだろうとふと思った。