妨害
目が覚めて、見た天井に見覚えは無かった。
此処は何処だろう。ぼんやり考える。
「お、やっと起きた」
能天気な声がして男の顔が覗き込んだ。
反射的に平手打ちを食らわす。
「…えっと、ツバキさん。俺は一応心配して此処にいたわけなんだが」
心配?
なんの?
というかそもそもこの男は誰だっただろうか。
覚えているような覚えていないような思い出したくないような。
「何故何もしていないのに浮気をしたかのような勢いで殴られるのだろう…うぅ、なんだかこれは嬉しくない。やっぱり寝起きは恥らっていてほしい。『きゃあっなんであんたが此処にいるのよっ』みたいな言葉を期待してたのに…」
その言葉にようやくツバキは現状を把握する。
「そりゃ残念だったな勇者様。今すぐ元の世界に送り返してやるからそこで思う存分脳内妄想を繰り広げてろ」
と言っても返す方法は知らないのだが。まぁラナンが返せるって言ってたから返せるだろ。多分。
まちがえて他の世界に送ってしまう可能性も捨てきれない気はするが。
「普通なら喜んで飛びつく奴が多い提案だろうな。だが断る」
勇者は爽やかに言って退けた。
「向こうの世界にはツバキがいないからな」
「…………」
なんなんだこの男は。頭を抱える。
どうにも掴みどころがない。
「とか言っといてー。倒れそうになったツバキを支えたのは俺じゃないって辺りがかっこ悪いよなー」
「俺を受け止めてくれたのは…」
「ミモザさんだよ。パン放り投げてキャッチしてくれたんだぜ。そのパンはアカシアさんが魔法で全部キャッチしてたけど」
最後に見た腕を思い浮かべる。あれはミモザの腕だったのか。
「そのあとでアカシアさんに『パンが危ないとこだったでしょ』って怒られてた」
ごめん、ミモザ。心の中でそっと手を合わせる。
というかアカシア。お前はほんとなんなんだ。
「いやまぁ色々あってショックだったんだとは思うけどさ。いきなり倒れるとか心臓に悪いからやめてくれよ?」
「俺だって倒れたくて倒れたわけじゃない」
ショックが大きすぎて倒れるだなんて初めての経験だ。思っていた以上にキャパオーバーだったらしい。
「丸一日寝てたんだよ。ミモザさんとアカシアさんが交互に相手してくれたから退屈はしなかったけど」
ふーんと聞き流してから気づく。
「丸一日?」
「おう」
「その間ずっと此処にいたのか?」
「おう」
「…なんで」
「心配だったからだろ」
「だからなんで」
ほんの少し一緒にいただけ。会話を交わしただけ。
「一々こんなすれ違いみたいなやつ心配してりゃ身がもたねぇぞ勇者サマ。これからお前はたくさんの人間に会わなきゃいけねぇんだから」
「すれ違いの人間を心配する気はないよ。俺は結構薄情だからね」
「じゃあなんで俺を心配すんだよ」
あれか。代わりに魔王を倒してくれそうだからか。
「ツバキは、特別」
レンはにこりと微笑んだ。
「俺が心配するのはツバキだけだよ」
「なんで」
「特別だから」
…会話が噛み合っている気がしない。
「だからなんで特別なのかって、それを聞いてんだよ」
「それは秘密だよー」
「いや言えよ」
「何?俺のこと気になるの?」
嫣然とした笑みを浮かべてレンがツバキを見つめる。
その目を真っ直ぐに見返す。
「いや気になるだろ普通」
「…うっわストレート。こっちが照れるわ」
「は?」
くすくすとレンは笑った。
「なんだかなぁ。こうも違うものかね」
「さっきから何言ってんだお前」
「思ってたキャラとは全然違うなって思ったんだよ」
レンの手が伸びてツバキの髪に触れる。さらりとした銀の髪を愛しむように撫でる。
「せっかくこんな神秘的な姿なのに、中身は雄々しいわ鈍感だわツッコミキャラだわ」
言いながら笑うレンの瞳に戸惑った。
こんな瞳向けられたことがない。
自分に向けられるのはいつも奇異なものを見る目。そして期待。両親の面影を探す瞳。
これはそのどれでもない。
父が母に向けていたのと同じ。愛しいものを見る目。
だからこそ戸惑う。
何故自分にこんな目を向けるのかがわからない。
「ツバキ…」
切なげに自分の名前を呼ぶ、その理由も。
「はいはいはいそこまでー」
すぱんっと手刀が入り、レンの手が髪から離れる。
「アカシアさん、邪魔しないでくださいよー」
レンが情けない声を上げる。
笑顔のメイドがいつの間にか立っていた。
「申し訳ございません勇者様。でも二人の世界に入りすぎて私の存在に気付かないようでは、魔王退治なんてできませんわよ?」
「うーん、でもほら、まだ修行してないしさ。てかなんで邪魔したの?」
「だって主さまがいらっしゃらないんですもの」
「どゆこと?」
「ふふ。主さまは知識欲旺盛で何より恋愛沙汰を知りたがる方ですの」
アカシアは嫣然と微笑った。
「主さまのいないところでラブコメ展開なんて許しませんわよ?」
主従ともども死ねばいいのに。
ツバキは心の底からそう思った。ついでに勇者も。