解答
「俺は毎日だらだらと美味しいもの食べて暮らしたいです」
たっぷりと先ほどより長い間があった。
「…はい?」
なんだそれは。
煩悩まみれにもほどがある。
「お前、ほんとに勇者なのか?」
「俺を呼んだのはツバキだろー」
別に俺勇者になりますなんて挙手した覚えはないよとレンは肉を口に運びながら言った。
確かにそうだ。でもこんな勇者がいいなと思って呼んだわけではない。
というかそもそも呼びたくなかったし。
ラナンが急に笑いだした。
「ふぉっふぉっふぉっ…いや、すまんすまん。あまりに無邪気だったので意表をつかれたわい」
「無邪気ですか?俺んちずっと貧乏だったから結構ニート的生活憧れてたんですけど」
「にーと?」
「えっと、自宅警備員のことです」
「警備など他の者にやらせればよい。何故自ら家を守らねばならんのだ?」
「家っていうか自分を守ってるんですけどね。世間の荒波から」
「ふむ…勇者様の世界はよくわからんの」
「あ、そっちのほうがいいと思います。健全です」
「そういうものか」
「そういうものです」
「まぁ、とにかく楽して欲を満たしたいわけじゃな?願いはそれだけかの」
「まだありますが、さすがに女性の前で口に出すのはちょっと」
何を願っているのか知りたくも無いとツバキは心から思った。
「ほう。勇者様はイケメンじゃ。さぞや以前の世界で遊びまくったであろうな」
「はっはっはいやぁ僕はただの童貞ですよ。ところでパンの御代わりあります?」
「好きなだけ食べるがよい。今持ってこさせよう」
ラナンがそう言うとすぐさま双子のうちの一人が退出した。
「で、本当にそれだけかの?」
「いやぁラナンさん疑り深いですねぇ」
「すまんのう年寄りの癖じゃ。…いや、そんな願い、と言っては失礼かもしれんが…どこの世界でも叶わない夢じゃない気がしてのう」
「そんなことないですよ。俺は特に才能があるわけでも後ろ盾があるわけでもない。善良な一般市民です。しかも両親は早くに死んですっげぇ貧乏だったし。遊んでる暇も全然なかったですよ。二人分の食い扶持で精一杯」
「二人分?」
「ああ、妹がいたんですよ。もう死んじゃったけど」
「そうだったのか。それはすまん事を聞いたのぅ」
ラナンがしゅんとする。
絶対そんな思ってないだろ、と心の中で毒づく。
ツバキの中でラナンは何をやってももはや悪人であった。
「若いものばかりが先に死んでいく。年寄りの楽しみなぞ若者の将来を思い描くことくらいだというのに…」
「嘘つくんじゃねぇよ。むちゃくちゃ実権握ってんじゃねーか」
「それはまぁ任せられる奴がおらんからの」
今すぐにでも引退したいくらいなんじゃが、とラナンがわざとらしく目頭を押さえる。
…絶対嘘だ。嘘泣きだ。
「うぅっそんなに想ってくれる人がいるなんてっ妹は幸せ者ですー」
泣くな勇者。絶対騙されてる。
というか泣くタイミング違う。今別に妹の死を悼んで泣いてるんと違う。
「勇者様の妹君ならさぞお美しかったであろうに!可哀想に…っ花の命は短いものよの」
ジジイ、乗りやがった。あっさりとその前の会話を無かったものにしやがった。
ツバキは立ち上がった。
「おや。何処へ行くんじゃ」
「食い終わった。部屋に戻る」
「そう焦るでないよ。まだ話は終わっとらん」
「いつまで付き合えば終わるんだ。脱線しすぎなんだよてめーら」
「食事中に席を立つのはマナー違反だぞっ」
「俺は食べ終わったって言ってんだろ」
「わしらは食事中だもーん。のぅ、アカシアもそう思うじゃろう?」
「そうですね、主さま」
メイドが穏やかに微笑む。してみると先ほどパンを取りに行ったのはミモザのほうか。
「ちゃんとお行儀よく座っていなくてはだめですよ?タキツスベルス様」
言い終わるが早いかツバキの下半身から力が抜け、すとんと椅子に座る形になる。
「おぉ、さすがアカシアじゃ。こうも簡単に言うことを聞かせるとは。人徳というものかの」
「主さまの足元にも及びませんわ」
上品に謙遜して微笑むメイド。
やってることは思いっきり力尽くである。
なんだろう、ミモザよりアカシアのほうが話が通じなさそうなオーラを感じる。
「そういや聞きたいことがあるんですけどー」
勇者がのんびりと口を開く。
「俺、具体的に何すればいいんですか?魔法も剣も使ったことないんですけど。魔王かなんか倒しに行くんですよね?うーん今のままじゃ不安だなぁ。それともよくある感じの勇者チート設定?」
「チートというのがなんなのかはわからなんが、勇者様は何もせんで結構ですじゃ」
「は?」
声に出したのはツバキのほうだ。
「なんだよそれ。じゃあなんのために呼んだんだよ」
あのうざったい連日の訪問はなんだったのか。
「勇者が来た。ということが大事なのじゃ。必要なのは事実。勇者が召喚され、今この世界にいるという情報なのじゃよ」
「じゃあ魔王は誰が倒すんだよ。魔王を倒さねーと魔物は減らねぇんだろ?」
魔物に雌雄は存在しない。魔物は等しく魔王から生まれる。
と、言われている。
正直言ってツバキは魔王の存在など信じていない。魔物だって数年前なら御伽噺だとしか思わなかっただろう。
だが実際魔物が現れ、勇者まで召喚された(というかしたのはツバキなのだが)今となっては魔王という存在がいても可笑しくはない。
下位クラスの魔物とて人が倒すのはかなり難しい。普通の人間なら五人がかりで倒せるかどうか。中位クラスにもなると並の魔法使いでも分が悪い。
「魔王っつーとやっぱ強ぇんだろ?倒せるほどの力を持った奴なんてよっぽど不死身みたいな体力と生命力の持ち主か、凄まじい魔力を持った魔法使い…」
ツバキの言葉が不自然に途切れるのとラナンがにんまりと笑うのは同時だった。
「えーっと、つまりさ」
レンがのんびりとツバキの言葉をつづけた。
「要するに、魔王を倒すには異世界から人間を召喚できるくらいの魔力が必要ってことであってるかな?」
「さすが勇者様!その通りですじゃ!」
「おい。待て。聞いてねぇぞ」
「うむ。言っておらんかったからな!」
ラナンがとてもいい笑顔でツバキを見た。
「勇者様は何もせんでよろしい。魔王を倒すのはお前じゃ、タキツスベルス」
「えーっと。大丈夫か?ツバキ。頑張れよ!俺も手伝うから!」
魔王を倒す魔法使い。
でもって勇者に手伝われる魔法使い。
勇者。お前それでいいのか。一応仮にも勇者なのにそんなサブキャラ扱いでいいのか。
ていうかほんと、ならなんのために呼び出さなきゃいけなかったんだ。
一瞬にして様々な思考が脳内を駆け巡り。
…ぶちっ。
「ツバキ?…おい。ツバキ!」
ふっと意識が遠のいていった。
倒れる瞬間、パンのいい香りがする華奢な細い腕が自分を守るように受け止めてくれるのが、目の端で、見えた。