疑問
「ほう…」
現れたツバキを見て男二人は同時に息を漏らした。
「馬子にも衣装とはこういうことかの」
「すげー。上品なお姫様みたいに見える」
「あくまで『みたい』というのがポイントですな勇者様」
そう言うラナンは先ほどとは違うゆったりとした服に着替えている。心なしか表情が疲れている気がするが、まぁ何が起きたとしても同情する気はないのでどうでもいい。
レンはというとぎりぎり王宮にいてもおかしくないレベルの質素な服装である。
「…喧嘩売ってんのかお前ら…」
売ってんなら買ってやるぞと拳を固めたら男二人はぷるぷると頭を横に振った。
「とんでもない。正直な感想じゃ」
「褒めてるんだよ褒めて」
…更に貶された気がするのは何故だろう。
本気で殴ってやろうかと一瞬思ったがなんとか思いとどまった。
主に背後からの殺気が理由である。
「まあ良いから座らんかい。わしゃ腹が減ったわい」
「さき食ってりゃよかっただろ」
「まぁそういうでないよ。…さ、冷めてしまうぞ。早くお上がり」
「どれもむっちゃ美味しいよ!」
「おめーはもう食ってんじゃねーよ!」
ツバキを待っていたのではなかったのか。
「うん、そうなんだけど、来たからいいかと思って」
「なんじゃお主先に食べていろと言ったり先に食うなと言ったり。構ってちゃんじゃのう」
言われてみるとそうかもしれないが、なんだか理不尽な気もする。
もう口を開くのも面倒で黙って乱暴に椅子を引いて腰かける。
「さて。タキツスベルスも来たことじゃし…そろそろ本題に入るかのぅ」
のんびりとした声でラナンが言った。
「勇者様はアカシアから多少は説明を受けたかの?」
「あ、はい。とりあえず俺が知らない間に『お坊ちゃんをください!』『…うっ…幸せにしてくれよ!』的な流れが行われた結果俺が今ここにいるってことは理解しました」
まるで結婚を申し込んでいるような流れである。まぁ間違ってはいないのだが。
「…俺は好きでお前を呼んだわけじゃねーんだが」
「プロポーズしといてそりゃないだろ」
「そんなもんした覚えなんぞねーよ!」
「じゃあ何故勇者様は此処にいるんじゃ?ん?」
とりあえずジジイは死ね。
「まぁそれは置いといて」
「置いとくでないわい」
「放置プレイなんてもはや死語だぞ。俺個人の意見としては嫌いではないが」
言いなおす。二人とも死ね。
「ああもぅ!話を先に進めろよ!」
「短気はよくないぞ。若者の悪いところじゃ」
「煮干しを食ったらいいらしいぞ。ああでもこの世界に煮干しあんのかな。まぁいいやとにかくカルシウム取れよ」
なんだかこの二人嫌な意味で似たもの同士である。
「まぁよいわ…ところで勇者様」
「うぃ?」
「世界は常に意思を最も尊重する。…あなたはこの世界に何を望む?」
「?どういうことだじじい」
「じじいはやめんかい。…お主が勇者様を呼べた理由は説明したのう」
プロポーズ云々というあれか。
「それがなんだよ」
「世界が何かを手放すというのは滅多にないと言ったのを覚えておるか」
「だからそれがどうしたってんだよ」
「懇願されたからというだけの理由で他人に我が子を差し出す親などおらん。おったとしたらそれは親じゃのうて獣にも劣る化け物じゃ。ましてや世界は何より愛情深い親じゃ。そんな世界が子供を手放すとしたら理由はただ一つ…」
ラナンの目がすっと細められる。
「子供が何かを望んだ。そしてそれを世界では決して叶えられない」
だから勇者様に聞いたのじゃよ、とラナンは言った。
「何を望んでこの世界に来たのかを」
相変わらず好々爺然とした顔にのんびりとした口調だ。
だが、とツバキは思う。勇者が望まぬ答えをしたらラナンは容赦なく勇者を殺すだろう。
良くても強制的に元の世界に送り返す。ツバキを使って。
そうして新たな勇者を呼ぶ。
ツバキを手元に置いておく理由がまた一つ見えた。
ラナンから目を逸らし、ツバキは勇者を見た。
もしも願いが死であったなら勇者の世界でも叶えられただろう。
勇者の願いは死ではなかったのか。
間が広がる。
「俺は―――」
興味があった。何を言うのか。
そしてそれが己の手で叶えてやれる願いなのか。