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凄そう! 仕置人の三人

 書かれてある指示通り、梨華が寅の刻に地図の場所に行ってみると、そこには閉店中の蕎麦屋があった。引戸を開くとねずみのかぶりものが置いてあり、『之をかしらに被り付けよ』と置紙があった。 これを被り中に入ると広い板の間の部屋の正面には能面を付けた男が座っていて、両側手前には二人の者が床に片膝を立ててこちらを向いている。向かって左は、狸の被り物をつけた全身黒ずくめのかなり太った者。右は明らかに女性とわかる。何も被りものを付けてはいないが、目の部分だけが開いた同じく全身黒ずくめの者だ。その目は、いわゆる目尻の吊り上った『狐目』の典型である。

 唐突に狸の被りものを付けた男が「狸!」と叫んだ。続いて狐目の女が「狐!」と叫ぶ。思わず梨華はつられて「ねずみ!」と言ってしまった。


――しまったぁ! 確か文には合言葉のようなものが書いてあったような気がする……。うう。肝心のものを見落としてしまった。


 梨華は、文に書かれていたらしい合言葉ではなく、思わず夫、椿太郎との合言葉の癖が出て「ねずみ!」と言ってしまったのだ。

 しかし何という偶然だろうか。梨華はねずみの被り物をしていたし、合言葉は結果的に当っていたようだ。


――なんだぁ。これも単なる尻取りじゃん。


 狐が目にも留まらない速さで梨華の前へ来て掌を重ねて出してきた。くれくれ、というように指先が動いている。梨華は、まずは手付け金か、と一両をその掌の上に置いた。しかし狐は首を横に振った。梨華は二両目を重ねた。しかし、狐はまた首を横に振る。正面の能面の男が重々しく口を開いた。

「完全前金制でござる。三両ポッキリ明朗会計じゃ」


――ポッキリって何のことだろう……。でも、まっいっか。安いから。


 梨華が三両目の金貨を狐の掌に載せると、金貨と掌が突然視界から消え、梨華が驚いて顔を上げると狐は何事もなかったかのように元の場所におさまっていた。梨華はこの様子を見て思った。


――くの一忍者だ。きっとそうに違いない。相当訓練されているみたい……。


 再び能面の男が口を開いた。

「して、標的はいずこの者にござるか」

「元、殿中小姓組大番頭心得指南役、今は南町奉行筆頭与力であり、神武真興流猪鼻派剣術の免許皆伝、海老原伴太郎にござります」

 梨華は舌を噛みそうになりながらも何とかそれを告げることができた。

 狐が、これを聞いて突然立ち上がり懐に手を入れたかと思うと、次の瞬間、鎖鎌(くさりがま)が梨華の後方の塗り壁に突き刺さっていた。梨華の首筋からはすうっと一筋の血が流れ僅かに襟を汚した。

 梨華にはいったい何が起こったかわからなかった。ただ自分が僅かに出血したことだけは何となく首の温かみからわかる。

「止めい!」能面の男が怒鳴った。

 狐が鎖を引く。鎌が抜けそのもち手の部分が目にも留まらぬ速さで狐の手の内に納められていた。

 能面の男は立ち上がり突然部屋から去って行った。

 狐の目は、明らかに血走っている。

 梨華は、自分の首筋をかすめるように狐の放つ鎖鎌が通過したことに今になって気付き、背筋がぞくっとした。しかし、梨華は敢えて気丈そうにして見せて言った。

「そなた、海老原伴太郎という名に怖気付いたか。それとも三両では不服か」

 それを聞いて狐の目に薄ら笑いが浮かんだ。

「ちょこざいな。それがしの手にかかれば、如何なる剣術の達人であろうと屁もないというものじゃ」


――気の強い女! こんな女と一緒に行動するの嫌だなあ。でも、鎖鎌の使い手としては超一流みたい。まぐれじゃなければね。


 梨華は言った。

「奴を殺してくれとは申しておらぬ」

「これはまた、異なることを……」

「無念の父上に替わっての仇討ちにござる。わらわが息の根を止めるのじゃ。そちには果し合いの相手をしてもらい、奴を瀕死の状態にしたところで、『父のかたきぃ――』ってな具合にわらわが脇差を抜いて奴を討つのじゃ」

 狐はあきれたような目をした。しかし、その表情には何か納得のいくような顔色も混ざっているように見えた。

「いいとこ取りか。たわけ者めが! まったく近頃の女子おなごは調子がいい。世も末じゃの」


――こいつう! お前だって女子おなごだろうが! 偉そうに口の減らない女だ! 馬鹿にされて堪るものか! ようし……。


 梨華は立ち上がって狐を力強く指差した。そして狐に背を向けて思い切り胸を張って言った。

「無礼な! くの一ごときが片腹痛いわ! わらわはそちと違い由緒ある武家に嫁ぎし身じゃ。わらわを 馬鹿にするということは、家系を愚弄するというものじゃ。情けのうござるぞ! 前言を撤回いたせ!世には許せることと許せぬことがあるのじゃあ!」


――決まった! 


……しーん。

「あのう、もし」

「何じゃ。デブ狸」

「狐はもう、とうに居りませぬ」

「何とな?」

 狸の男も広間の奥の襖を開けて今まさに部屋を出るところだった。

 梨華は、ぽつんと一人立っている。

「これ、狸。話は未だ終わっておらん。狐を呼び戻してこぬか!」


 狸は急に神妙な顔になって言った。

「話は、お受け申したでござる。お主は果し状を南町奉行へ持て。果し状は、『真剣手合せ』にて長尺・中尺・短尺のいずれも剣術に使いしもの、尺・形状ともに一切の制約を廃する。防具は、鎧・兜はもとより、鎖にて身を覆うも無論禁止なり。我らは、例の屋敷にて伝達を待つ由。ところで、お主は、果し状を渡したる後、返り討ちに遭うやもしれん。念のため脇差を携えて参上するが良いぞ」


 狸は滑舌が悪いうえに大きな被り物を付けているので言葉がかなり聞き取りにくい。

 実際の音声的にはこんな感じである……。

「はなああおうえもういたんでほざう。おうしわはたしじょんをみんんまひぶひょうへもへ。…………」

しかし、梨華はほとんどの内容を汲み取り、胸をほっと撫で下ろした。

 そして、梨華は仇討ちのその日のことを想い浮かべた。すると急に胸が熱くなってきた。

「かたじけのう……ござりまする」と小さな声で呟いた。

「いはいはむんはいなひ」

「はあ?」

「いはいはむんはいなひ」


――ひどすぎ。何言ってるかわかんねー!


 しかし取り敢えずわかったふりして「御意!」(承知!)と言った。

「ひっひっひ」


――あれ? なんかまずいことなってるかな?

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