子連れ狼登場! うそ。必殺仕置人登場かあ?
途方に暮れてうろうろと徘徊を始めた梨華は、気が付くと市中からかなり外れたところに一人ぽつんといた。
ふと、そのとき、古びた寺社が梨華の目に入ってきた。境内には半ば朽ちたような立て看板がやや斜めに砂土の所に突き刺さっていた。
『子貸し腕貸しつかまつる →この先右へ曲がりてすぐの屋敷へ』
梨華はピンときた。仕置人(殺人請負人)だ。
梨華は、この、立て看板に書かれた文が、どこかで見聞きしたことがあるように感じたが、気のせいだとすぐに思い直した。
(念のため、この話はいわゆる劇画小説『子連れ狼』とは無関係である。だいいち拝一刀は実在する人物ではないし、子連れ狼の話自体、四代将軍徳川家綱の頃の話であり、時代背景も異なっている。)
入口の引き戸が開いていて中へ入ると、そこには年の頃、三~四歳くらいの子供がわら人形を持って遊んでいた。
――さすが、仕置人の子供だ。遊具がわら人形とは……。
(もしかして大五郎ではないか、などと思ってはいけない。その子供は、残念ながら大五郎とは似ても似つかぬ鼻垂れ小僧である。念のため。)
「おっかあ」突然、その子供は叫んだ。
「!! おっ、おっかあですって!?」
――やっだあ。こっ、こんな、こ汚い子供に母親などと言われる覚えなどないわよ!
梨華は少しむっとしたので、その子の頭をコン、と叩いた。
その子は、猛烈に泣き出した。
「びえー、おっかあ勘弁して、勘弁して!」
――わああ、私、そんな酷いことしてないよぅ。でも、ごめん、ごめん。
梨華は両の手を合わせ、その子供に祈るようにして、自分の行為を反省し謝罪した。
子供は突然泣きやみ、梨華の方に鋭い目を向けた。
よく見るとその子供は、手に文のようなものを持っている。
「ちょっと見せていただける?」
見てみると『格安仕置人。一人三両で請負し候』と書いてある。
信じられないほどに格安だ。
――本当に大丈夫かなあ?
しかし、わらにもすがる思いとはまさにこのときの梨華の感情そのものだった。
梨華は、決して仕置人に伴太郎の殺害を頼む気はない。仇討ちであるならば、最後に息の根を止めるのは梨華自身でなくてはならない。彼女は仕置人の手を借りて目的を達することを考えていた。
そう、仕置人が奴の動きを止める。
そして、梨華が息の根を止める。
しかしながら、伴太郎はご公儀の認める稀代なる剣術の達人だ。仕置人も相当に腕に覚えがない限り決して為し得ないことである。どこの馬の骨ともわからない仕置人ではあったが、梨華はこれに全てを託すことにした。
文には、今晩、子の刻、この場所でもう一枚の文を渡すと書いてあった。
梨華は、寺の本堂の裏手で横になって時を待ち、指示通り子の刻に子供のいた屋敷に入った。子供がまたわら人形で遊んでいたが、今度は人形が血塗られている。
「おっかあ」再びその子供は叫んだ。
「!! だから、おっかあじゃないっての!」
子供は梨華にもう一枚の文を渡してきた。そこには図柄が描かれてあって、前にもらった文に描かれている図柄と重ねて行灯に透かしてみるよう書かれてあった。重ねてかざしてみると、図柄の重なったところにはっきりと地図が浮かび上がってきた。そして、『明朝、明ける前の寅の刻、地図のところへ』と書いてあった。