十一人の侍
突然低い声で狸が伴太郎に向かって言った。
「地獄へ堕ちるは、お主のほうぞ」
それと同時に狐と狸が伴太郎の脇をさっと離れ、腰を落として構えた。
「何!? むう? 狸。これは異なことを。解せぬぞ。訳を述べろ!」と伴太郎が言う。
「不届き者めが。神妙にしろい!」と今度は突然、狐が叫んだ。
――! 狐! あなたは……
「お主の所業、知る人ぞ知れようぞ」と狐。
伴太郎は能面を取り、狐をかっと睨みつけ、その後ふっと笑った。
「狸は、それがしに従いてより、うすうす信用ならぬ下郎であると感じておった。だが、狐。貴様が寝返り、それがしに牙を剥くとはのう。いかが申し開く所存か」
狐が叫ぶ。「やかましやい!」
顔を歪めながら伴太郎が言う。
「のう、狐。貴様、その狸にいったい何を吹き込まれたのでござるか」
その時梨華はあることに気付いた。この男、伴太郎は明らかに動揺している。彼は狐をよほど信頼し評価していたに違いない。裏切られたことにうろたえて、彼は狐をもう一度自分の味方に取り込もうしている。伴太郎の心には明らかに『迷い』が生まれている。『迷い』が剣術にとって最大の敵である、とは亡き義父の言葉だ。
梨華はひょっとして狐が……、彼女が唯一、奴を倒す資格を天から与えられた者ではないかと感じた。
狐は容赦なく言った。
「やいやい、黙りやがれ。悪しき所業、犯罪の数々。全部ばれておる。それがしは、もはやお主の組下(子分)にはござらぬ。お主は、この世にいてはいけない輩だ。お主、いや、貴様の魂をこれより奪おう。覚悟しろい!」
「ふざけろ、狐! 貴様は公儀に盾突くつもりか? そもそも貴様如きにそれがしを倒せる訳がない。この未熟者めが。小娘の分際にて身の程を知れい! 今であらば、まだ許し申そうぞ。まずは、そこに居る狸をぶち殺すがよい」
この期に及んで伴太郎はなお、狐を取り込もうとしている。それは心の乱れ、すなわち『迷い』以外の何ものでもない。
対する狐の心には微塵たりとも『迷い』はない。狐は大きく武者震いをして構えた。僅かに見える眉間には深い溝が刻まれている。そして肩は怒りに震えている。狐は狸のほうを見た。
すると狸は天を仰ぐようにして叫んだ。
「一、狸!」
「二、狐!」狐と狸が一斉に梨華の方に視線を向けた。
――ええっ? 私の番? 聞いてないよ。
しかし、これから命を賭けて仕合いに臨む涙ににじんだ狐の目を見て梨華は自分を恥じ、そして叫んだ。
「さっ、三、ねずみいー!」
「『い』ではない。『み』だ。四、みみずく!」伴太郎の背後で声がした。
見るとカラス天狗のような変な嘴を付けて頭に鳥の羽を沢山挿し込んだ男が稽古場の入口から入ってきた。音を立てないような忍びの歩きである。隙がなく腕はそれなりに達者そうだが、恰好は中途半端で間抜けである。
続いて「五、熊!」浪人風の大柄な男。被り物がいい加減で完璧に手抜きである。しかし風体は熊そのものだ。
「六、まんぐーす!」イタチのような被り物をしている。
――まんぐーすってあんな感じの動物だったのかぁ……。
『遠き島にありし生きもの。小さきものなれど、毒蛇に勇敢に挑みこれを制する……』
梨華は寺子屋で教わったことを思い出した。
「七、すずめ!」
また嘴を付けた男。頭の毛は薄いが、絵筆で地肌を茶に染めている。
「八、メス猫!」
腰に二本の脇差を付けた小柄な女が入ってきた。何やら目つきがイヤラシイ。
「九、鯉!」
いわゆる伝説の『半魚人』と言われるような気色の悪い被りものをした男が入ってきた。
「十、いりおもてやまねこ!」
虚無僧のような傘を被っている。動物の被りものではない。しかし、傘に『いりおもてやまねこ』と書いてある。
――こいつ。ゼッタイ『いりおもてやまねこ』って知らなくって誤魔化してる……。
さしもの稀代の剣客、伴太郎も明らかにうろたえている。てか、ドン引き。
妙な間が開いた……。合言葉の十一番目。何だっけか。ああ、そうだ。そのあとは狐狸庵先生である。
狐狸庵先生。いるはずがない。しかし、伴太郎は嫌な予感がした。
稽古場の端で南蛮渡来の『椅子』なるものに腰を掛け足を組み、これまた南蛮渡来の『唐茶』(コーヒー?!)なる焦げ臭い飲み物を湯気を立てながら飲んでいる男がいる。頭髪は薄く額が広い。そしてこれまた南蛮渡来の『眼鏡』なるものを掛けている。違いがわかりそうな男だ。その男は辺りに殺気を振り撒きながらゆっくりと立った。
「十一、遠藤周作!」
伴太郎は目を白黒させた。何故『こ』から始まっていないのだ。
「いやいや。もとい! 十一、狐狸庵先生!」
八人の男と一人の女(メス猫)、九名が伴太郎を遠まきに取り囲んでいた。さらに正面には仁王立ちの狐、その後ろには梨華。
十一人の侍!? 梨華もこうなれば立派な侍の一員だ!