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エルフとふんどしとエクソダス

作者: ケロリビ堂
掲載日:2026/10/21

 異世界転移ってSFじゃない? といつも思っています。

 わたしはうまれた時からずっとこの白い部屋にいるそうです。今わたしの年齢は16歳なのでおそらく16年の間ここに居ると言うことでしょう。

 生活の全てはこの部屋でまかなうことができるので、一歩も外に出たことはありません。

 基本的にはひとりで過ごしています。『ディック』と言う名の小さな検索ロボットが一体、わたしの疑問に答えるために一緒にいます。

 それ以外にわたしと接してくれる存在は『先生』たちです。先生たちはわたしと違って、全身をふさふさした長い毛で覆われています。

 どうしてわたしの毛は頭にしか生えていないのか、わたしと先生たちは同じ生き物なのか? わたしは何度かそれをディックに質問しているのですが、ディックは禁則事項であるとだけ答えて、教えてくれません。

 ディックは何でも教えてくれるけど、禁則事項に関してはいつも教えてくれないのです。


「ディック、映像を見せてよ」


 白い壁に映像を映し出す時間があります。その映像でわたしはこの世には空や海、地面があることを知っています。

 どうしてわたしがそこへつれていってもらえないのかということは禁則事項だそうです。


「また新しい場所の映像が増えてる。嬉しいなあ」


 洞窟、丘陵、火山。見たことのない場所の名前はその都度ディックに教えてもらいます。わたしは数分ごとに切り替わる景色に心を躍らせながら壁を眺めていました。


「えっ、今の」


 その日、初めて映像の中に生き物が映りました。それは5秒ほどだけ映写され、すぐに消えてしまいました。


「今、生き物が映ったわよね。今のは何?」

「禁則事項です」

「いままでこんなことなかったのにどうして今日は映ったの」

「禁則事項です」


 聞いても何も答えてくれないディックに質問することをやめ、わたしはふたたび映像を見続けます。

 その日以降、気を付けて見ていると時々その映像が挟まれることがありました。


「わたしと同じ、頭にしか毛がないわ……」


 それは先生たちと違う、初めて見るわたしと似た姿の生き物の姿。

 わたしと似た、と表現したのは、その生き物がわたしよりも体が大きくて、毛は黒でなく金色で、耳は長く尖っていて、そして衣服をちゃんと着ていなかったからです。


「あれは何? いえ、誰?」

「禁則事項です」

「ううん……えっと、じゃあ、あの生き物が身に着けている下着のようなものは何?」

「あれはふんどしです」

「ふんどし」


 ふんどし。それについてだけディックは教えてくれました。もともとは紐衣(ちゅうい)というくくりの衣服だそうで、多くの文化では下着として認識されるそうです。


「どこのなにの文化とやらなのは教えてくれる気はないのよね」

「禁則事項です」

「わかったわよ、もう……」


 でもおそらく、あの生き物はわたしと近い存在。そしてオスなんだわ。とわたしは思いました。

 生き物にオスとメスがあり、わたしはメスなのだということは教えてもらって知っていました。

 先生たちは全身を毛に覆われているのでオスメスの見分けがつきません。けれど今映った耳の長い生き物の肉体はあちこちがわたしと違うし、教えてもらったオスの特徴に酷似していました。


「あれがオス……」


 自分以外にも頭にしか毛がない生き物が存在すると言うことにわたしはまず驚き、そして初めて見るオスに興奮を覚えました。

 映っていた部屋はわたしがいる部屋と同じ間取りでした。もしかしたらわたしがいるこの建物の別の部屋にあのオスはいるかもしれないのです。

 会いたい、と思いました。あのオスと会って話がしてみたい。

 わたしにとって、ザッピングする映像からあのオスを見つけることが一番の喜びになりました。この感情は何? とディックに聞くと、ディックはこう答えてくれました。


「それはきっと恋という物です」


 ***


 どぉん!


 ある日とても大きな音を立てて、いつも映像が映っている壁が崩れました。わたしは驚いて腰を抜かし、ベッドから立ち上がることができませんでした。


「〇▽◇×☆??」


 崩れた穴から見たことのない生き物が数体こちらを覗いていました。みんな黒くて堅そうでぴかぴかつるつるした身体をしていました。全身毛むくじゃらの先生とも、わたしやあのオスとも違う姿にわたしはおののきます。


「××◇!!」

「ひっ!!」


 ジャキッと音を立てて、黒い生き物たちはわたしに何かを突きつけました。それが何かは知らないけれど、おそらくわたしの命を奪う物だと思いました。わたしは頭を押さえて身を守ります。


「〇◇☆☆……まて、やっと言語が見つかった。殺すな。待て」


 突然理解できる言葉が聞こえました。黒い生き物の一体が話しているようです。生き物たちが首元をいじると急に全員の話していることを理解できるようになりました。


「隊長、良いのですか。施設にいる異星人は全員殺すのでは」

「彼女は異星人ではない。時々混線した監視カメラの映像で見た。おそらく人間だ」

「人間? 初めて見た……。我々に似ていますね」


 人間。初めて聞く言葉でした。ディックに意味を聞こうとしたけど、壁の破片がぶつかったらしいディックは火花と煙を噴き出しながら禁則事項です禁則事項ですと繰り返すばかり。もうわたしの問いには答えてくれなそうでした。


「連れて行こう。現地人は保護しなくては。条例でも決まっているはずだ」


 最初にわかる言葉を話し出した生き物が、急に頭の皮をはがしました。あの黒いのは皮膚ではなく、保護用の衣服なのだとわたしは理解しました。取り去った頭の皮から金色の長い毛がこぼれだすように露出します……。遅れて、長く尖った耳がぴんと横に飛び出すのが見えました。


「あなた、あの映像の……!」


 なんということでしょう。今わたしの目の前にいるのは、わたしが会いたくてしかたがなかったあのオスだったのです。


「でも、ふんどしじゃないわ!」

「……何を言ってる?」

「ふんどし?」

「ふんどしって言ったか?」

「ああ、隊長、掴まって身ぐるみはがされてたから……」

「あー」

「うるさい。今そんなことはどうでもいい」


 タイチョウと呼ばれたオスはなぜか尖った耳を赤くして、ちょっと怒ったような声を出していました。


「人間。この施設はもう破壊する。俺たちと一緒に来い」


 タイチョウはそう言うと、わたしにむかって手を伸ばしてきました。その手は大きくてたくましくて、その事実にわたしの鼓動も大きくなったのです。


「わ……たし。ここから出たことがなくて」

「そうか。それなら今から出るんだ。もうどこにだって行ける。よかったな」

「……ディック。わたし、行っていいの?」

「禁則事項です。禁則事項です。禁則事項です」


 ディックは許してくれないらしいです。わたしはタイチョウの顔を見ました。自分以外の同じ生き物の顔を見るのは初めてなのに、何故だかとても美しいと感じました。


「もうその検索ロボットは使い物にならない。これからは自分でどうしたいか決めるんだ。お前はどうしたい?」

「……わたし……。ここを出たい。出て、いろんな景色を自分で見たいです。映像じゃなくて……。一緒に連れて行って……!」

「決まりだな」


 タイチョウはわたしの手を取るとそのまま抱きかかえ、走って部屋から出してくれました。初めて見る自分の部屋以外の区画で、先生たちが赤い液体を噴き出しながら沢山倒れているのが見えました。きっと、あれが死なのでしょう。


「俺たちのホームに行くぞ。そこで新しい生活を始めるんだ」


 高速で走る車輪のついた乗り物に載せられ、わたしは今までいた建物から遠ざかっていきます。わたしの全てだった場所は外から見ると思ったより小さくて、そして外の道はどこまでも続いているように見えました。

 ディックと離れて何もわからないわたしにタイチョウはすぐにいろいろなことを教えてくれました。どうやらここは地球。わたしは人間。先生と呼んでいたものたちは地球を侵略してきた異星人。そしてタイチョウたちは地球を奪還するために、パラレルワールド、人間の言葉では異世界と呼ばれるところから召喚された、エルフという種族なのだそうです。


「そうだ。お前、名前は?」


 タイチョウは名前ではなく役職名だそうです。

 本当の名前はエクスデスというらしいエルフのオスは、急にわたしに尋ねました。


「名前……。名前はないんです。ただ、先生たちはわたしのこと『ヒュー』と呼んでいました」

「ヒューか。ふむ。お前はモンゴロイドのようだし、とりあえず『ひゆ』なんてどうだ?」

「ひゆ……。わたしの名前……。これはメスらしい名前でしょうか? わからないけどなんだか可愛いような気がします」


 エクスデスにもらった名前はわたしの胸にぽっとともった灯りのように、あたたかく馴染みました。


「かわいそうに、知識に偏りがあるんだな。これからいろんなことを知って行けばいい。俺が知っていることなら何でも聞け」


 エクスデスはそう言って白い歯を見せて笑います。それを見た瞬間、わたしの喉がきゅっとして顔が熱くなりました。

 知らないことがいっぱい。知りたい知りたい、なんでも知りたい。だけどまずは、エクスデスのことがもっと知りたいと思いました。


「じゃあ、エクスデス」

「なんだ」

「あのふんどしはいつも穿いているの?」

「……ん?」


 恥ずかしいことをいきなり聞くな、と言ったエクスデスの耳は、背後に登ってきた朝日と同じ色でした。


「なんでも聞けって言ったのはエクスデスなのに」

「そうですよ! ちゃんと教えてあげなきゃ隊長!」

「うるさいうるさい……あれはな……」


 どおぉん!!

 

 エクスデスの答えは轟音にかき消されて聞こえませんでした。どうやらさっきまでわたしがいた施設が爆発したようです。


「どうでもいい質問だ……今じゃなくていいだろ」

「そうかもしれません」

 

 わたしはホームというところについたら今の質問にもう一回答えてもらおうと思いながら、乗り物のシートにちゃんと座り直すのでした。

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ひゆはその後どうなったのか、続きが気になります!
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