ズボラ召喚聖女は一秒も祈りたくない 〜魔法詠唱は面倒なので全自動家電の掃除機を作り、魔王城に放流する〜
「……というわけなのです、聖女様! どうか、その清らかな祈りをもって世界を覆う瘴気を浄化していただきたい!」
煌びやかなシャンデリアが輝く王宮の広間。
豪華な絨毯に膝をつき、必死の形相で私に頭を下げているのは、この国の王様と鋼の鎧に身を固めた騎士たちだ。
私、家永 楽は、さっきまで自室でカップ麺が出来上がるのをスマホを見ながら待っていたはずなのだが……、気が付けばこの世界にいた。いわゆる「異世界召喚」というやつに巻き込まれていたらしい。
楽という名前に違わず、私のモットーは「いかに人生をサボるか」だ。
こんなんでも仕事は大手家電メーカーの企画開発部に所属。私が世に送り出したヒット作は、『寝転んだまま指一本動かさずにポテチを口に運ぶ自動給餌アーム』や、『全自動洗濯物放り込み式全自動畳み機(なお、畳み方は雑)』といった、人間の堕落を促進するズボラ家電の数々。
そんな私に「祈り」なんて高尚な真似ができるはずがない。
「とりあえず、その浄化魔法詠唱の参考書とやらを見せてもらえます?」
「おお、やってくださいますか! こちらが我が国に伝わる聖典でございます!」
仰々しく差し出された分厚い本。
私はそれを手に取りパラパラとページをめくった。
……めくった。
……さらに、めくった。
「………………あの、これ、どこまでが1回分の詠唱?」
「はい、そちらの12ページ目から始まりまして、52ページ目の『アーメン・ハレルヤ・デストロイ』という一文で結ぶのが、対魔王用浄化魔法の全行程にございます」
「これ40ページ分全部音読しろってこと!?」
「左様です! 不眠不休で詠唱し続けても丸三日はかかると言われております!」
私は無言で聖典を床に叩きつけた。
「40ページ分て……、普通に無理ゲーっしょ。舌がちぎれるわ」
「せ、聖女様!? 聖典になんてことをなさいますか!」
「いい、私は『楽』をするために生まれてきたの。三日も呪文を唱え続けるなんて、私の美学に反するわ」
「そ、そんな……」
聖典を拾い上げた騎士が震える手で私を見上げるが、私の脳内ではすでに「開発会議」が始まっていた。
40ページ分の詠唱?
人力でやろうとするから疲れるのだ。
要は聖なる魔力を乗せた聖女の音声を広範囲に、かつ効率的に出力し続ければいいだけだろう。
私の視線は広間の隅でせっせと床を掃いているメイドさんの箒に釘付けになった。
「決めた。魔法詠唱、自動化にするわ」
「じ、じどう……、か?」
「そう。全自動超高速詠唱ルン……、じゃなくて『聖掃機』を作る。世界を救う準備として、まずは私のために開発環境を整えなさい。とりあえずはんだごてと魔石、あと丸い盆を用意して!」
私の言葉により、すぐに開発室を用意してもらった。
――それから数日後。
「聖女様! それは国宝の魔導円盤ですぞ! そんな風に分解してはいけな……、あああっ、回路を直結したぁ!?」
「うるさいわね王様、黙って見てなさい。これとこれを魔力回路で繋いで、聖典のテキストデータをバイナリ変換して……、よし、インストール完了」
私が手にしているのは王家に伝わる聖なる円盤型魔導具。本来は強力な結界を張るためのものらしいが、今は私の手によって『高回転式・聖水噴霧ブラシ』と『高密度魔力吸引ダクト』が裏側に無理やり増設されている。
勤め先の家電メーカーでは「いかにコストを削って機能を詰め込むか」に命を懸けていた。なので異世界の魔導具なんて構造さえ分かれば、私にとってはただのハードウェアだ。
「よし、仕上げに動力源ね。私の聖女パワーをこの魔導バッテリーに……、えいっ」
私の指先から溢れる膨大な聖なる力が円盤の中へと吸い込まれていく。40ページ分の詠唱を一秒間に数万回繰り返す『高速・自動詠唱エンジン』が唸りを上げた。
「あ、そうだ。これ起動ボイスがないと愛着沸かないわよね」
私は円盤の音声出力魔法陣に向かってテレビアニメの萌えキャラを思い出しながら、できるだけそれっぽい声を吹き込んだ。
「――キュピーン! 穢れ、許さないよっ☆」
「……せ、聖女様? 今のは一体……」
「黙ってなさい騎士団長。これが最先端のユーザーインターフェースよ」
こうして史上初の自律型自動浄化魔導具――『聖掃機セイちゃん一号』が誕生した。
「じゃあ早速テストよ。あそこの……、一番ヤバそうな部屋で試しましょうか」
私が選んだのは、王宮の地下深くにある「100年間開かずの汚物部屋」。代々の魔王軍から奪った呪いのアーティファクトが山積みにされ、あまりの瘴気に近寄るだけで発狂すると言われている禁忌の場所だ。
「いけ、セイちゃん一号! スイッチオン!」
『キュピーン! 穢れ、許さないよっ☆』
私が床に置いた円盤が、軽快な駆動音を響かせて暗黒の部屋へと突進した。
直後、部屋の中から「シュゴォォォォォォ!!」という掃除機とは思えない凄まじい吸引音が響き渡る。
「……え?」
王様たちが呆然とする中、わずか3秒。
部屋の扉が開くと、そこは――。
眩しい。
あまりにも眩しい。
壁は真っ白に磨き上げられ、床にはワックスまで塗ったような光沢。
あんなに禍々しかった呪いの剣や骸骨の杖はすべて粉々に粉砕された後、部屋の隅に置かれたゴミ袋の中に「燃えないゴミ」として完璧に分別されていた。
「……じ、浄化が、終わっている……? 100年分の呪いが、たった3秒で……!?」
「よし、吸引力も分別機能も問題なし。これなら魔王城も一晩で片付くわね」
腰を抜かす王様を置き去りにして、私は予備の紙パック(聖水を含ませた不織布)を補充した。
「さあ、サクッと魔王城まで行ってくるわ。美味しいスイーツ用意しといてね」
――王都から馬車で三日。かつて数多の勇者が命を落としたという、怨嗟の叫びがこだまする魔王城の正門前に私は立っていた。
「ここが魔王城ね。うわー、すごい不衛生。カビ臭いし、大気中の魔素濃度が高すぎてフィルターが詰まりそう」
目の前には禍々しい紫色の瘴気が物理的な壁となって渦巻く巨大な門。触れるだけで魂が腐ると恐れられるその結界を前に、同行した騎士たちはガタガタと震えている。
「聖女様! ここはまず防御魔法の展開を――」
「あー、いいからいいから。はい、起動準備」
私は脇に抱えていた銀色の円盤を、さも雑に地面へと置いた。
王宮での試作を経て、さらに吸引力を50%アップさせた最新モデル――『聖掃機Ver.2.0、ピカピカ号』である。
「行ってこいピカピカ号。モードは『根こそぎ徹底洗浄』よ」
私が天面のスイッチをポチッと押すと、沈黙していた円盤が小刻みに震えだした。
『キュピーン! 穢れ、許さないよっ☆』
能天気な起動ボイスと共に、ピカピカ号が駆動音を響かせて猛然と突進する。
「ウィィィィィィィィィン!!」
門を覆っていた瘴気が、まるで巨大な掃除機に吸い込まれる煙のように渦を巻いてピカピカ号の吸引口へと消えていく。
『――穢れ検知! 強力吸引モード突入! ターボ全開ですっ☆』
直後、魔王城の奥から「ギャアアアア!」という断末魔のような叫びが聞こえた。
城を守護していた四天王の一人、怨霊公爵が放った必殺の呪い――『万死の絶望雨』だ。だが、ピカピカ号にとってそれは単なる「ちょっと湿り気のあるハウスダスト」に過ぎなかった。
「シュゴォォォォォォォォォォッ!!」
凄まじい吸引圧。
空を覆っていた呪いの雲が一滴残らずピカピカ号の内部にある聖水フィルターへと吸い込まれ、どんどん中和されていく。
「な……、な、何が起きているのだ……!?」
呆然とする騎士たちを尻目にピカピカ号は更に城内へと侵入。
四天王たちが「えっ、何これ!? 怖い!」と困惑している間に彼らの足元を鮮やかに通過していく。
「……あ、終わったみたいね」
ピカピカ号が通り過ぎた後の廊下を見て全員が絶句した。
そこには千年の歴史が刻んだドロドロの血痕も、不気味な髑髏の飾りも、不衛生なクモの巣も一切ない。
壁は真っ白に輝き、床は顔が映るほど完璧にワックスがけがされ、追加した空気清浄機能によって森の朝のような爽やかな香りさえ漂っている。
「な、何ということだ……、ここは本当に魔王城か? まるで高級ホテルの廊下のようだ……」
「よし、順調ね。このまま最上階までオートキャンプ気分で行くわよ。あ、ピカピカ号、そこ食べ残しの骨が落ちてるから重点的にやっといて」
もはや戦いではない。ただの大掃除である。
私たちはピカピカ号が綺麗にしたばかりのピカピカの床を土足で汚さないように、騎士たちは勝手に靴を脱いで気を使いながら魔王の待つ最上階へと進軍を開始した。
快調に魔王城をディープクリーニングしていた我々の前に、ついにその時が訪れた。
魔王の間へと続く最後にして最大の障壁――「大階段」である。
「よし、ピカピカ号、ラストスパートよ! 魔王の玉座の下の埃まで根こそぎ吸い取って……、えっ?」
軽快に走行していたピカピカ号が階段の一段目を前にしてピタリと動きを止めた。
センサーが激しく点滅し、円盤が右に左に戸惑うようにガタガタと震えだす。
『――段差を検知しました☆』
あ、嫌な予感がする。
『段差です。高いです。怖いです。助けてください、ユーザー様っ☆』
その場をクルクルと旋回し虚空を見つめて停止するピカピカ号。
あっちの世界のルンバもそうだった。どれだけ最新機能を積んでも段差の前では無力。それがロボット掃除機の宿命なのだ。
「はあぁ!? ちょっと、ふざけんな! ここまで来て『段差です』じゃないわよ! 高性能魔力センサーはどうしたのよ!」
「せ、聖女様、落ち着いてください! 魔法で浮かせる術式は……」
「そんなのメモリの無駄だと思って組み込んでないわよ! ああもう、結局最後はこれか!」
私は地面に座り込むピカピカ号をひっ掴むように抱え上げた。
ズボラ開発部で重い家電を運んで鍛えられた腕力が唸りを上げる。
「結局筋肉じゃねーか!!」
私はピカピカ号を小脇に抱え、フルスプリントで階段を駆け上がった。
「聖女様、速すぎる!」という騎士たちの絶叫を置き去りにし、私は爆速で最上階の扉を蹴り飛ばした。
――バコォォォォン!!
豪華な扉が吹き飛び、そこには漆黒の鎧を纏った魔王が威風堂々と玉座に腰掛けていた。
「……よく来たな、聖女。我が領域をこれほどまでに混乱させた貴様の力、認め――」
「問答無用! いけっ、ピカピカ号!!」
魔王が決め台詞を言い終わる前に、私は小脇に抱えていた円盤をボーリングの球のように魔王の足元へシュートした。
床を滑るピカピカ号。魔王のブーツのつま先に激突した瞬間最大出力の駆動音が鳴り響く。
『――ラストターゲット検知! 最大出力で除菌・消臭・浄化を開始しますっ☆』
「な、何だこの円盤は!? ひっ、吸われる! 我のカリスマ的オーラが吸い込まれて……、痛い! 足の甲をブラシで叩くな!」
ピカピカ号の『超高速・自動詠唱エンジン』が限界を超えて回転し始めた。
魔王の鎧にこびりついた数百年の怨念が凄まじい勢いで吸い込まれていく。同時に聖掃機から噴射される超高濃度聖水ミストが、魔王の間を白く包み込んだ。
「シュゴォォォォォォォォォォッ!!」
「待て! まだ話は終わって……、目が! このミスト目に染みる!!」
魔王の絶叫をBGMにピカピカ号は無慈悲に、そして容赦無く玉座の周りを旋回し続けた。
「シュゴォォォォォォ……、ピッ、ピポパポッ☆」
静寂が訪れた。
数分前まで禍々しい魔力と殺気に満ちていた魔王の間は、今や病院の手術室よりも清潔な無菌状態のホワイトルームへと変貌を遂げていた。
「ふぅ……。フィルター、パンパンね。これ後で捨てるの大変そう」
私がピカピカ号を回収しに行くと、そこには「浄化」の概念を物理的に叩き込まれた魔王の姿があった。
漆黒だった鎧はプラチナよりも輝き、角は丁寧に磨かれ、その表情からは一切の邪気が消え失せている。というか、魂まで洗われすぎて真っ白に燃え尽きていた。
「……せ、聖女様? ご無事ですか?」
おそるおそる近づいてきた騎士団長が声をかけてくる。
魔王はピカピカにワックスがけされた床に体育座りをし、自分の膝を抱えながらガタガタと震えていた。
「……眩しい。床が……、床が眩しすぎて、自分の悪行が反射して見える……。我、なんであんなに世界を滅ぼそうなんて汚いこと考えてたんだろ……。なぁ、聖女よ……」
「なによ」
「……我の部屋の隅に溜まってる『闇の残りカス』も、全部吸い取ってほしいんですけど……」
魔王、完全陥落。
世界を恐怖で支配しようとした男は、ピカピカ号の圧倒的な浄化力の前にただの「掃除好きの引きこもり」へとジョブチェンジを果たしたのだった。
――その後、世界には真の平和が訪れた。
魔王軍は解体され、元魔物たちは私の開発した『全自動・草刈り魔導具』や『自動・街路樹剪定ゴーレム』のメンテナンス要員として再就職。世界中で「楽して綺麗にする」文化が爆発的に広まった。
そして私、家永楽はというと。
「聖女様! 隣国の疫病を浄化するために、また40ページ分の詠唱をお願いします!」
「絶対無理。これ使いなさい」
私は特製の『全自動・聖水スプリンクラー搭載ドローン』のリモコンを国王に投げつけた。
聖女としての絶大な魔力、そんなのは全部『全自動システム』のバッテリーに直結済みだ。
今の私は王宮の特設ラボ(兼・昼寝スペース)で、魔力を自動供給するハンモックに揺られながら、新作の『全自動・ポテチ開封&摂食マシン』の開発に勤しんでいる。
「楽をするための努力なら、私は一生惜しまないわ」
窓の外では今日もピカピカ号の後継機たちが、軽快な起動ボイスを響かせながら世界の汚れを吸い取っている。
『キュピーン! 穢れ、許さないよっ☆』
その声を聞きながら私はゆっくりと目を閉じ、最高に「楽」な二度寝の淵へと沈んでいった。
(完)
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