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私には、お父さんが、小さくなったように思えた。
お父さんが、本当に、脅え始めているのがわかった。
「もう、あんた、そんなことで、どないすんの?!」
というお母さんの威嚇も、効果はないようだった。
正直なところ、私自身も、心の底から、脅え始めていた。
こんな恐ろしい目には、今まで、出会ったことが無かった。
船は、前後左右に、好き放題に揺れて、泣き叫ぶ声や、悲鳴が、そこここで聞こえている。
アナウンスも、沈黙したままだ。
「私、甲板に行って、実際に何が起こっているのか、確かめてくる」
とついに、私は、両親に宣言した。
「アホなこと、言わんとき」と母親が言った。
「た…頼む。そんな無謀なことは、やめてくれ」と小さくなっている、父親も言った。
「もう…もう、ええやないか。どうせ、どこかで死ぬ運命なんや。それが、ここであっても、別に、悪いことやない。
わしは、行きしに死ぬんやったら、後悔したやろうけど、オーロラを見た後で死ぬんやったら、怖いことは、怖いけど、別に、悔いは、無い」
「私もや」と母親も言った。
そのとたん、私の胸の中に、ごわごわした違和感が、生じた。
こういう、自分の中に、自分のものではないような、意識が芽生えたのは、生まれてから初めてのことだと思う。
「お父さんやお母さんは、いいよ」と私は言った。
「オーロラさえ見たら、海水で死んでもいいと思っていたんやから。けど、私は…」
私は、まだ、恋もしていない…結婚もしていない…子供も産んでいない…
今死んだら、絶対に、悔いが残る。
そして、どうせ、悔いが残るんだったら、自分が死ぬ理由を、その原因を見てから、死にたかった。
「すまん」と父親が言った。
「悪い」と母親も言った。
「私らのわがままに、あんたを付き合わせてしもて。やっぱり、自分の予感通りに、あんたは、置いてきたら、良かったんや」
「けど、母さん」と父親が言った。
「それより、もっと強く、連れて行った方がいいと出た予感は、どないしたんや?」
「すみません」と母親が、少し小さくなった。
「この子の予感の的中率が、3割3分3厘やったら、私のは…7分九厘…」
「え!」と絶句した後、「アホか!」と私の知っている限りでは、初めて、父親が、母親に怒鳴った。
「消費税以下か…
何で…何で…それを先に言わへんねん。それやったら…」と父親は、意識を遠くに飛ばしているようだった。
「わしと…結婚したら、絶対うまくいくいう予感も、7分9厘やったんか…」
「すみません…ずっと、あなたを騙してきました。けど、結果的に、うまいこといったんやから、それは、チャラ」
「何を!!」
突然、夫婦喧嘩を始めた両親を残して、私は、パニックに陥っている船内を、苦労に苦労を重ねて、甲板にまで出た。
乗る時と、同じ苦労だ。
甲板に出た、私の目にうつったのは、想像していた、巨大な氷山ではなく、乗っている船と同じぐらいに大きな、見ただけで、吐き気がするほど醜い、訳の分からない生物だった。
私が甲板に出たとたん、船の揺れが、ピタリとおさまった。




