第一話 幼き頃の記憶
「ただいま」
声とともに、玄関のドアが開かれる。
ドアを開いたのは、ある男だった。
この家は玄関を開けばリビングに繋がっているという構築だ。
「お父さん!」
リビングの机の上でノートに落書きをしていた少年が、男が来た途端
椅子から飛び降り、男に抱きついた。
この少年こそが幼い頃のシャエルだった。
そし て、この男がシャエルの父だ。
玄関の横にあるキッチンのかまどでは火が燃えており、その上の鍋の中のシチューがコトコトと音をたてている。
シチューはシャエルの母によって木べらでかき混ぜられた。
「シャエル、火を止めて」
母が微笑みながら優しく言う。
シャエルがパチンと指を鳴らすと、火は消え、かまどには真っ黒の木々だけが残った。
シャエルは、火を操れるカインなのだ。
「ねー、お父さん!僕があの火をつけたんだよ!」
シャエルはかまどを指差しながら父に言うが、シャエルがつけたのは一本のマッチほどの火だ。
それからはシャエルの母が風を送り込み、火はだんだん大きくなった。
「そうかそうか!それはすごいな!」
父もその事は分かっているのだろうが、シャエルを笑いながら褒めた。
この家のそんな暖かな一時は、突然、外からの悲鳴によって壊された。
「シャエル、おいで!」
母はかがむと、シャエルの方に両手をさしのばし、シャエルを呼んだ。
シャエルは走って母の両手に抱きしめられた。
父はドアを開くと、周りを見回した。
そこは地獄だった。
色んなところから火が燃え上がり、人々は火から逃げ回っている。
逃げ遅れたのか、灰に化している人間や、崩れた家の下敷きにされ、血まみれでうなっている人間もいる。
「伏せろ!!」
父の命令に近い言葉で、母はシャエルに覆いかぶさって伏せた。
シャエルは真っ暗で周りが見えない中、何か重みを感じた。
しかし、シャエルが母から出る事は無かった。
怖かったのだ。怖さに包まれた中、だんだん熱くなってきた。
シャエルの周りが少し照らされたかと思うと、すぐ横に火がついていた。
「わあ!!」
シャエルは母の体を持ち上げ、外に出た。
家は、もう無い。瓦礫の山だけが残っている。
シャエルはおそるおそる母を見た。
母は、もう火に全身が侵食されていた。
母の真っ黒になった肩を触ると、手には灰がついた。
「あ……あ……」
シャエルは震えながら父の方へ言った。
しかし父もただの灰の塊だった。
「ねえ、目を開けてよ……」
もちろん目を開けるはずは無い。
しかし、シャエルは父をゆすりながら呪文のようにその言葉を繰り返した。
その言葉を繰り返せば、生き返るとでも言うように。
誰か自分にとって大切な人が亡くなるのは、胸がえぐられているような感覚だ。
シャエルは怖さと『もっとそばにいてほしい』という願望でいっぱいだった。
「お父さん……お母さん……」
目から涙が止めどなくあふれてくる。
その時、横でガシャンと音が聞こえた。