気付きと妄想
夫のモラハラは容赦がなく、洋子はただ振り回される。そんな洋子は、再び妄想に耽る。
真夜中に夫から出て行けと怒鳴られ、とりあえず家を出た洋子は、通りがかりのインターネットカフェで初めて一夜を過ごした。
翌朝、夫が仕事に出かけた頃に帰宅し、家事を済ませて仮眠を取り、洋子も午後からの仕事に行って夜はまた同じネットカフェに泊まろうと考えた。
先のことはこの生活を続けながら考えるつもりだった。
仮眠をとるため横になったところへ、
夫から電話が来た。
「言い過ぎた。戻って来て」
と言って電話は切れた。
洋子からは、怖くて別れ話を持ち出せずにいたので、この機会にすんなり別れることができるかもしれないと期待したが、結局この電話ひとつで元の暮らしに戻ることになった。
情けないが、多分夫のモラハラはこれまでと変わらず続くのだろう。
洋子はふと思った。このことを修二に話したら何というだろうか、と。
即座に自分の馬鹿げた考えが恥ずかしくなった。
どうでもよい他人事に過ぎない。もうやめよう。
そしてこの半年の間ずっと抱えて来た「期待」と「依存」と「執着」のことを再びぼんやりと思い巡らしていた。
そこで突然、自分はコントロールされていたのかもしれないという考えに取りつかれた。
ずっと心をコントロールされていた。そしてひとりでに一つの方向に向かって生きていた。
一つの方向とは修二の存在を意識した、けれどもはっきりとした目標はない、ただぼんやりとした前方に向かっていた。
美容院へ行くとき、服を買うとき、筋トレをするとき、ものを考えるとき。
また洋子の妄想が始まった。
赴任先で複数の女性とラインで繋がり、最初の数ヶ月の間は頻繁に会いたいと伝え、会っている間は相手をひたすら褒め倒し、会わない間も頻繁にラインで話しかけて自分との繋がりを強く感じさせる。(ライン以外の情報は教えない)
すると女性の方は悪い気はせず、いくらでも会いたいと思うようになる。
相手の心を掴んだら連絡を一気に減らす。
すると相手は戸惑う。
その結果、今度は女性の方から修二に、会いたいと誘ったり意味もなく繋がりたくてラインを送り始める。
その段階に至ると、修二のほうは、誘われてもあれこれと理由をつけて絶対に会わない。
女性は何とか会えないものかと度々連絡をするようになる。
しかし、その域に達したらあとは楽しみの道具にされるだけだ。
女性の心をコントロールして楽しむ。
何人もの女性をラインという鎖で繋いで、それぞれの反応を楽しみ、自己肯定感を高める。
関係がどうであれ、どうせ数ヶ月経てば遠くへ転勤していくのだから構わない。
去る時はラインのアカウントを消せばよいのだ。
また新しい土地で同じようにターゲットを物色し、精神が弱っていたり元々気弱だったり献身的に思える相手を仕留めてまた一年程の間コントロールして楽しむ。
何という残酷な楽しみ方だろう。
人が良さそうな暖かい微笑みを浮かべた男の心の中は冷たい楽しみを求めているのだ。
ただ、彼自身は残酷なことをしているという自覚がない。罪悪感もなく相手の気持ちを思いやることも知らないのだ。
修二に失礼なのは承知の上で、洋子はひどい妄想に浸っている。
いずれにしてもあとひと月もすれば本当に転勤で去っていく人であり、もう会うことはないだろうから、許してもらおう。
自分から行動を起こすことができず、暗い妄想を繰り返す洋子は病的と言えるかもしれない。妄想するより行動することの方が洋子には必要だろう。