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真実はわからないまま


最後に会ったときの修二の笑顔はこの世のものとは思えないほど眩しかった。

だからこそ、洋子はこのあと様々な妄想にとらわれたのだ。

彼が乗ってきた車はあまりに素晴らしく見えたので、車に疎い洋子も、それ以来、雰囲気が似た車とすれ違うたびに目で追うようになった。その挙句、彼をテスラ社の営業マンにしたてた妄想に至ったのだ。


気持ちのうえでは修二のことを忘れたつもりでいたが、時間が経つほどに、実際のところは全くそうではないとわかった。


修二から連絡が来なくなったのは、修二が洋子の言動に嫌気がさしたからかもしれないと思うと悔やまれる。

つまらないことを喋り過ぎたことを詫び、いつも丁寧に扱ってくれたお礼を伝えたら、洋子からも修二に連絡をするのをやめにしようと思った。


ある夜、仕事から帰って、洋子は修二対してメール文を作った。



『 修二様

あるワークショップに参加したのをきっかけに、修二さんにはきちんと伝えなければいけないことがあるという思いに至りました。


私は昨年半年の間、家庭の問題で疲れており、そのあと貴方と束の間のご縁があり、何度か話す機会をいただきました。それは砂漠のオアシスのような時間でした。


そして、先日、ジムの駐車場でお目にかかった時に思いました。


「私は修二さんに下世話な話を山ほど聞かせてしまった」

「それなのに一度も嫌な顔をせずに笑顔で聞いもらえた」と。


今、修二さんに対して、この感謝とお詫びの気持ちをお伝えしたくて、

このメッセージをつくりました。


今後もお身体にお気をつけてお仕事頑張ってください。



返答に困ると思うので何も返信していただかなくて結構です。

ありがとうございました』



(ワークショップに参加したのは事実だが、文の書き出しを自然にするために付け足しただけであまり関係はなかった。)


これでもう修二からの返事はないだろう。


送信ボタンを押したあとトークルームは非表示にした。すっきりした気分で、もう全部終わりにしようと本当に思った。


ところが夜遅くに修二から返事が届く。


『洋子さん、こんばんは。

こちらからご連絡しなければいけないところ、ラインを下さってありがとうございます。


色々とご家庭の事情がある中、いつも楽しく、私にとって勉強になることをお伝え下さったことに感謝しております。

下世話な話とは、一度も感じたことはありませんよ。

謝っていただく必要は全くありませんよ。


次にお会いした時に、今回参加されましたワークショップの内容をお聞かせ下さいますと嬉しいです。


今まで通りご遠慮なくラインをくだされば嬉しいです。私もしますね。』



というものだった。


あくまでも優しい返事だ。


家庭内で日常の話をする家族がいない洋子は、このように丁寧に接してくれる修二にまたしても依存してしまった。寧ろ再び執着した。


修二は、全ての顧客に丁寧に対応することに慣れ、あの眩しい笑顔で完璧な営業マンとして働いているのだろう。


そうでなければベテランの詐欺師だ。




洋子は、修二の言葉に「こちらが返答に困ってしまいました」と返した。


その後、修二から以前のような、なんでもないメッセージが届き、洋子も修二にラインを送ることが一、二度あった。


しかし、それ以降なんのやり取りもないまま4ヶ月余りが過ぎた。


その間、洋子は、期待、依存、執着について何度も考え、心のバランスを保つために本を読み漁った。


その中で見つけた

「言葉ではなく行動で判断しなさい」

の一行で漸く着地点が見つかった気がした。


修二のラインの言葉は優しく、再会を期待させる。

でも実際にはもう関わりは全くない。それが紛れもない事実だ。


少しずつ気持ちが整理されてきた。

自分の年齢もわきまえている。

鏡に映る自分の顔を見ると、今感謝して手放すのが最善だと思えた。


狭い世界で怯えて小さくなって生きてきた自分が惨めだったが、修二に出逢ったことで少し目の前が明るくなった気がする。


洋子は今度こそ終止符を打とうと決めた。



洋子が修二に対し好感を持ってあれこれ考え続けているときのこと。娘が帰省することになり駅まで迎えにいった。


かなり早めに駅に着いたので、ただ立っているのもつまらないと思い、久しぶりに駅周辺を歩いてみた。

そのときあることを思い出した。


修二と出会った初めの頃、洋子から誘って会ったことがある。そのとき助手席に座る彼は、用事が一つあるので駅の方へ行ってほしいと言った。

言われるままに駅に行くと、路上で停めてここで少し待っていてほしいと言い残し、修二は走り去った。10分くらいで彼は戻ってきたが、何をしに行ったかは一切言わなかった。


彼が車に戻った時、洋子は、貴方の走る姿がスポーツマンそのものだった、何かスポーツをしていたのかと聞いたとき、一瞬、修二は真顔になった。そしてすぐにサッカーですと照れくさそうに答えた。そして走り方もカッコ良いですねという褒め言葉で終わった。


そのとき洋子は、彼はプライベートなことを聞かれることを嫌っていると感じたのだった。



あの時、修二が行った場所は曲がり角の向こう側で洋子からは見えなかったが、3、4軒しか建物がないところのはずだ。

洋子はどんなものがあるのか確かめてみようと思い、あのとき彼が行ったであろう場所へ行ってみた。そこには、コンビニと、バス会社の事務所とホテル、レンタカーの店舗があった。他には駐車場しかない。ふと、あの時修二が行ったかもしれない場所は、レンタカーの店舗しかないと思った。詐欺師は足がつかないようにレンタカーを使う、ということを昔読んだ小説でみたのを覚えていたからだ。


それ以上のことは洋子にはわからなかったが、何か不自然さを感じ、漠然とした不信感が増した。


そうなるとこれまで持っていた想念がすべてひっくり返り、他にも引っかかるものがあったことを思い出した。


以前洋子が帰省した週末、修二に連絡をしてみたら彼も同じ路線にある都市に帰省していると言った。

帰りも洋子と同じ日と聞いたが、その日はトラブルのため電車が昼前から夕方まで運休になっていた。

修二は昼ごろに帰途につくと言っていたので、彼は完全にこの運休で長い時間待たされているだろうと思った。

洋子のほうは、夕方の電車を予定していたので、運休が解除されて待たずに乗ることができたのだった。


修二ならばこんなとき「運休になったけれど無事帰れましたか?私は随分待ちました」というラインが来るだろうかと思ったがそれはなかった。その後もあった時にその事は一切話題には出なかった。


また、洋子は修二の実家があると聞いた町に用事があって行ったことがある。そのことを修二に話すと、意外とそっけなく、そうですかと言ったきりだった。

洋子の感覚なら、どの辺りに行ったのかくらいは知りたくなるのではないかと思ったのでちょっと拍子抜けしたのを覚えている。


それはあくまで洋子の主観的な解釈でしかないのだが、少しずつ修二への信頼感が薄れてきたのは事実だ。



「男は幾つになっても女の人からよしよししてほしいものなんですよ」とある男性が言っていたが、修二は、よしよししてほしかったわけではなく、ただ冷酷な目で洋子を見ながらニコニコして心の中で「仕事」のことを考えていたのだろうか。


彼から洋子に会いたいと言ったのは初めの3ヶ月のあいだだけで、あとはただLINEで意味もなく短く話しかけるだけだった。

洋子から誘って一度は応じてくれたがあとはそれらしい理由で断られている。

佃煮を渡した時ももうずっと会ってはいなかった。

その時の、久しぶりの彼の姿がピカピカの車に乗った完璧なスーツ姿であったことと、そのときの対応もスマートで、後から送られてきたお礼のラインも完璧だったことが印象に残る。

そのことに改めて魅了されたわけだが、彼の本心はどうだったのか、洋子は考えもしなかった。



洋子はつい最近まで、なんて完璧で素敵な人だろうかと、修二のことを絶対的な信頼感と好感を持って見ていたが、少しでも不信感を抱くと冷たい疑惑でいっぱいになる。勝手なものだ。


もし、彼が完璧な詐欺師だとしたら、修二のことを素晴らしい人だと賞賛する洋子は彼にはさぞかし滑稽に映っていることだろう。


最初に種を蒔いて丁寧に世話をする。双葉が出て本葉がでて茎がしっかりしてきたらある程度放置しても大丈夫。あとは勝手に育っていく。依存心が。

そんなことを想像した。

また妄想が暴走している、と笑ってしまった。





人生の終盤。ずっと何かに打ち込んできた人はそれが実り豊かな時間を迎えるだろう。

受け身で生きてきたら、何も持たず他人に翻弄されて終わる。


にわかに不安に襲われた。

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