変わらないモノ
いつもの朝。
会社に向かう道。
何も変わらない日常の中で、ふと幼い日のことを思い出す。
私は生まれてから、この町で育ってきたので至る所に、思い出の場所がある。
遊具から落ちて、怪我した公園。
初めて、自転車に乗れた道路。
告白された、駄菓子屋の前。
好きな男の子と初めて手を繋いで帰った帰り道。
怖い思い出から、甘酸っぱい思い出まで。
たくさんある。
その中でも昔から変わらないものもたくさんある。
社会人になってからもそこの通り道を通るたびに、胸がキュッっとなる。
それは、ある日のことだった。
私はまだ学生で、バイトをしながら実家で暮らしている時のことだった。
大学の生活にも慣れてきて、生活も落ち着いてきていたので本格的に一人暮らしを考え始めていた。
実際のところは、もうおおよその条件などは決まっていたので、どの条件で探し始めるだけだった。
そんな、順調な生活を送っていた頃に、彼と出会ってしまった。
いつもの帰り道、何も変わらないバイト帰り。
隠れて電子タバコを吸っている私は、いつもこのコンビニで買って帰る。
そこで、一服をするとき目があった。
コンビニの前で座ってタバコを吸っている彼になぜか、話しかけてしまった。
少し気だるげな彼は思いの外、フレンドリーに話してくれた。
そのまとっていた雰囲気は私の周りにはいないタイプで、興味を惹かれた。
「そのキャラクター好きなの!?」
不意に私のカバンを見た彼が、テンション高くなる。
思わぬ盛り上がりで少したじろいでしまう。
意外な一面を見れてちょっと興味が湧く。
「もしかして…このキャラクター好きなんですか?」
そこからかれこれ、30分近く話し込んでしまった。
タバコも気付けば、買ったばかりなのに一気に減っていた。
連絡先も交換してしまったし、いつもの私ではあり得ない行動をしてしまった。
とは言いつつ、共通の趣味を見つけて喜んでしまっている自分もいる。
次の日も仕事終わりの帰り道に彼はいた。
その次の日も、次の日も。
いつしか、仕事帰りに彼とその喫煙所で話し合うのが日課になっていた。
今日もいつものコンビニのところの喫煙所にいくと、彼がしゃがんでいるところには、別の人が立っていて。
どこにも、彼の姿は見えなかった。
そんな日もあると思い、次の日も足を運ぶが姿は見えなかった。
1週間、1人でタバコを燻らせる日々が過ぎた頃。
以前と変わらない姿で、彼が喫煙所にいた。
いなかったのが嘘だったかのように変わらない姿で声でそこにいた。
この居ない期間の事を聞いてみると、絶妙に細かいところははぐらかしながら教えてくれた。
ざっくりまとめると、ここ数週間は、自分の身の回りの整理で忙しかったらしい。
なんで整理してるのかは教えてくれなかったけれど。
それでもなんとなく、気付いたのは彼がもうすぐこの街から居なくなる事だけは理解できた。
そんな彼との時間を少しでも長くしたくて。
タバコを吸う本数も必然的に増えていく。
そんなある日、彼がまた居なくなった。
けれど、今回は彼の家の住所を教えてもらっていたので近くまで足を運んでみる。
流石に、家に突撃するほどの度胸は起きなかったが…。
彼の家らしき、マンションの近くに来ると、あまりにも高級住宅街の空気を感じていづらさを感じつつも、進む。
自分の住んでる近くにこんな構想マンションがあるなんて知らなかったな。
その付近でタバコを吸って時間を潰していると、彼が出てきた。
女性を連れて。
楽しげな雰囲気で。
声をかけようとしていた、私の喉が急ブレーキをかけられて詰まる。
なんともいえない感情が押し寄せてくるのを、たばこと一緒に吸い込んで、吐き出す。
仲良くなって、勝手に相手が独り身だと勘違いしてしまっていた。
きっと、うまくはぐらかしてた部分はそういう事なんだと思う。
それで、身の回りの整理してる話を組み合わせると、お相手さんと引っ越すんだろな…
そういう事だったのかぁ…。
じわりじわりと心に染みが広がっていく。
今までのことが走馬灯のように思い出されていく。
その場にいられなくなって、バレないように自宅に向かう。
悲しいわけではないし、何かが失われたわけでもないのにこの複雑な感情はなんなのだろうか。
どうしようもない感情を抱えたまま眠りについた。
次の日は会社は休みだったが、家にいても落ち着かなかった。
気晴らしに出かけてみようと思ったがここ最近は仕事漬けで遊びにいく気持ちも出なかった。
結局、そんなにやることもないのに出社してしまった。
他にも休日出勤をしている社員がちらほら。
まぁ、大体はどこかしらで休日の日数は合わせてはいるんだろうけどね
次の出社時に片付けようと思ってた書類を手に
「あれ、今日出社日だったっけ?」
上司に出くわしてしまった。
事情を説明すると、急ぎではない仕事を2人で雑談をしながら片付けた。
いつもなら、断っていた仕事終わりの飲みにもついて行ったりして、少し新鮮だった。
いつもの帰り道、少しお酒のおかげでふわふわとしていて、へんな感じ。
いつものコンビニでタバコを買い喫煙所に向かう。
いつものポジションで煙をくゆらせて、無心に時間を過ごす。
特別なんてことは何もない、変わらない毎日。
彼がいたことで、生まれた変化は一時的なもので。
この時間の流れが私の時間の流れかた。
今までの時間の流れがイレギュラーだったのだ。
何度も何度も自分に言い聞かせるかのように、心の中でつぶやく。
気づいたら消えてるタバコを灰皿に捨てて、新たにつける。
ここ最近で一気に吸う量が増えた気がする。
それもこれも、彼との時間が増えたからかな。
思えば色々なことが、少しだけ変わっていた期間だった。
けれど、それも時間が経てば以前と変わらないものに戻っていき。
月日は経ち、そんなことがあったなとごく稀に思い出すくらいになった頃。
そこに、変わらず彼はいた。
あの時と変わらない姿でタバコを吸っていた。
いなかった期間など、無かったかのように当たり前のようにそこにいた彼。
私も過去の思い出だと折り合いをつけたはずの感情が蘇ってしまう。
そして、同じことを繰り返してしまう。
変わっていなかったのは、彼やこの地元だけではなく、私自身が全く変わっていなかったのかもしれない。
変わるもの。
変わらないもの。
きっと、それは私のことを弄んでるに違いないと思った。
と、色々と考えていた時期があったなと、数年ぶりに通るその道を歩いていると。
思い出の中の彼が前と変わらず、喫煙所の隅でしゃがんでいた。
何も変わらず、時が止まったような彼の姿を見つけて。
そこに足が動いてしまう。
どんなに時を経ても、変わらないものが私の中にあった。