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第一話

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…んっ、…んくっ、ハァッ!!」


春一番が吹き荒れ、気象庁が春に入ったことを知らせたその日からちょうど一週間目の夜。私は子どものように雑居ビルの林を全力で駆け抜けていた。何も考えず、前を向き、もっと速く、もっと速くと手を振り、足を駆動させる。

しかし私の中心に渦巻くものは、そんなワクワクやドキドキといったものとは遠くかけ離れたもので、ハラハラや、違った意味のドキドキが私の心を占めていた。


冷たい空気が口から入り、肺へと流れ満たしていくが、激しく息を吸っては吐いているために肺や気管が摩擦を起こしてヒリヒリとし、空気が突き刺さった患部から血が流れ出るのではと思うほどに痛む。

私は朦朧とした意識の中、喉と肺の痛みを感じながら、何故このような状況に追い込まれているのか

(若干手遅れながらも)考えた。脚はすでに意識とは切り離されたところで機械のように前へ前へと踏み出している。私はあげていた顔をスッとおろし、現実逃避へと走った。


大抵、人生の大きな転機が訪れる際には、台風や地震、火山噴火のように、何かしらの予兆がある。

例えば一家心中の前夜の豪華な食事。

会社へ向かう途中に切れる靴紐、そして脱線事故。

いつもと違う様子で挨拶をして家を出て行った兄が交通事故に巻き込まれる等々…。

(物騒な例えばかり思い浮かぶのはこの状況下だからだろうか…)

しかしここ数日、果ては数週間前まで記憶を遡らせてもそのような予兆の影すら見当たらない。

紐なしの革靴なので紐が切れることもない。黒猫が前を横切ることもなかったし、烏に鳴かれたこともない。毎日が流れ作業のような、惰性と知らず知らずのうちに芽生えていた義務感に縛られた日々。

それともただ単純に日常の中に潜んでいた警告サインを見逃していたのだろうか。


試しに今日一日を振り返ってみる。

…朝、満員電車で奇跡的に席に座れたこと?

いつも部下に対する愚痴かゴルフのスコアと愛犬の自慢話しかしない上司にお昼をごちそうになったのがそうなのか?

はたまた、一緒に残業をしていた後輩の女の子に二人で飲みに行かないかと誘われたのがそうだったのだろうか。


あらゆる憶測と後悔が頭を飛び交い跳ねまわる中、それらを打ち砕くかのように、後ろからカン!カン!と金属同士が強く打ちあう音が飛来する。その目ざまし音に私はハッ!と意識を取り戻し、胸に襲い来る閉そく感を感じながら再び二度と会いたくなかった現実と対面した。


「鬼ごっこの最中に居眠りしてんじゃねええええぇぇぇぇ!!!!」


そう叫んでいるように聞こえて仕方ない、未だ響き渡るカン!カン!という音を聞きながら私はひたすらに飽くことなく走り続ける。


この鬼ごっこに終わりはない。何故って?それは終わりが私自身のゲームオーバーも指すからだ。

少なくとも、青いポリバケツを蹴って指から嫌な音を聞いたその時まではそう思っていた。



あのワニのマスクをかぶった青年が現れるまでは

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