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「これだけで大丈夫そうね」
レーアは小さな鞄を覗き込んでそう呟いた。
先程まで片付ける気などおきなかったはずだが、今は違う。自室に戻ってきて、あっという間に準備が完了した。
「やっぱり少なかったなぁ」
鞄を閉めながらそう呟く。時計を見ると迎えが来るまであと一時間程ある。ベッドに腰掛けて、もう一度手紙を開く。
『レーア・ストリア殿
緑の子からの伝言を確認した。
このような手紙になることを最初に許して頂きたい。あまり時間もないと思われるのでかなり強行となるが、それでもよければこちらは歓迎する。
まず第一にこの招待を受けるということはその身をこちらで預かると思って頂きたい。そのため、そちらの屋敷にはもう戻れないと思ってほしい。
午後の迎えまでに持ち出したい物を準備してもらい、鞄等に入れ、馬車に乗るまではなるべく怪しまれないようにお願いしたい。
衣食住に関しては全てこちらで準備するので、本当に必要最低限で大丈夫だ。
家から出た後のことは一切心配しなくてもよい。こちらに全てまかせてもらいたい。悪いようにはしないと約束する。
では、よい返事をお待ちしている。
リヴィアニア王国副総帥アルフォンス・シュヴァルツ』
この国の王国軍副総帥であり、王弟殿下でもあり、そして『黒竜』様の『契約者』様でもあらせられるアルフォンス殿下からの手紙である。
先程侍従の方が他の人にはただの白い紙にしか見えないと言っていたが、本当だろうか?自分にはこんなにはっきりと綺麗な文字が見えるのに。
レーアは驚いていた。そういう魔法もあるのかと。
「私にもできるようになるのかしら……」
ボソッと呟くと手元に虹色の子が飛んできて、ニコッと笑った。何となくだが、できるよーと言ってくれたような気がした。
よし、と立ち上がり、最後の確認をする。元々物があまりない部屋だし、買ってもらったものもわずかだ。服やドレスも何度も着たものばかりだし、置いていくことに未練はない。どうにかなるだろうし、それにドレスなどもういらない。
あとは私を産んですぐ亡くなった母の形見の宝石が数点。これだけはと、母の侍女で私の乳母でもあった女性がきちんと保管していてくれたのだ。
流石に継母達もそれは、と思ってくれたのか、手は出してこなかった。まぁただ単に自分らの好みに合わなかっただけかもしれないが。
それらが入ったケースと使い慣れた文房具。あとは本数冊ぐらいだ。
一応部屋の中を綺麗に整えた。多分私が帰ってこなかったら、彼等はこの部屋を片付けるだろう。残していったものは捨てられるのだろうな、と思いつつ机の引き出しなども確認する。
「……大丈夫かな」
最終確認が終わり、時計を見るといい時間だったので、鞄を手に持ち、扉の近くまで来て部屋の中を振り返る。
姿勢良く構えて、一度深々とお辞儀をした。
「……ありがとうございました」
誰も聞いてないけれども、一応礼儀として。
顔を上げて、扉のノブをガチャリと開けて廊下に出た。玄関ホールに向かうと迎えに来る時間だけは知っている三人が待ち構えていた。継母と妹はこちらを睨んでいる。
階段を降りて彼等の前に立つ。一応こちらも礼儀として、一度頭を下げる。声は出さない。
本当にあの侍従の方のおかげですんなり行けそうで助かった。それもアルフォンス殿下とレーツェル様の指示なのだろうか。
もう何も話すことなどない、と思いながら三人の前を通り過ぎる。目も合わさずに。すると流石に何か思うところがあったのか、父親が声を掛けてきた。
「……っ、おい!レーア!」
名前を呼ばれたからには仕方ない。歩みを止めてそちらを見る。継母と妹もこちらを見ている。
「……今からでも遅くはないんじゃないのか?用事ができたとか具合が悪くなったとか言って、カタリナが行けばいい。そうだそうすればいいじゃないか、お前なんかが王宮に行っても恥をかくだけだぞ!」
「そうよ!カタリナなら見劣りしないわ!すぐにあの侍従に自分は行けないと言いなさい!カタリナが代わりに行くと」
「そうよ、お姉様が行くより私の方が絶対いいわ!」
「あぁそうだな、カタリナなら間違いない。ほらレーア、これはお前のためを思って……」
父親がそう言ったところで、三人の動きが止まった。
レーアが三人に視線を合わせ、口元に人差し指を立て、静かに、とポーズをとる。声は出さない。
ヒートアップしかけていた三人は、ウッとなり、静かになった。やはり先程の侍従の方の言葉が効いているのだろう。
この国で最高の魔力持ちと言われるアルフォンス殿下からの『命の保証はない』との伝言。さすがに気にするのか。
そしてレーアが一言も発しないことによって、あの手紙の内容を知らない者達にとっては本当のことかと思ってしまうのだろう。まぁ本当のところはわからないが。
レーアはもう一度軽く頭を下げて、クルッと回り、玄関の扉を開けた。
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