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階段を降りて玄関ホールに行くと、侍従服姿の男性が立っていた。やはり先程窓から見た方だ。まさかとは思ったがこんなに早く対応してもらえるとは。
しかしここには父親も妹も継母もいる。レーツェル様とのお茶会をカタリナに譲れと言わんばかりの視線だ。負けるわけにはいかない。
侍従の方の前に立ち、カーテシーをする。
「……ストリア子爵長子レーアでございます」
挨拶をして顔を上げると彼もこちらを見て
「この度は突然の訪問、申し訳ありません。我が主であるアルフォンス王弟殿下が先日リリエスタ公爵家でのお茶会の際に婚約者であるレーツェル様と親交を持たれたご令嬢方と是非自分も会いたいと申されまして」
淀みなく流れてくるその言葉にレーアは少し驚く。間違いなく自分が助けを求めて連絡したはずなのに、こうやって理由をつけてくれるとは。侍従の方はさらに続ける。
「ただ我が主も忙しくしておりまして、本日の午後なら時間が取れるとなったら急遽思いついたらしく。もしご迷惑でなければ、レーア様にご参加いただきたくこうして参った次第です。ご予定は大丈夫でしょうか?もし何かご予定があるようでしたら」
と、尋ねてきた。レーアが何もないと返事をする前に父親が答えた。
「も、もちろん大丈夫でございます。そ、そんな予定など娘には…」
余計なことを言われたら困ると思われたのか、反対しているのをバレないようにするためか、少し焦りながら答えている。しかし侍従の方はそんなことはお見通しとばかりに涼しい声で
「よろしいですか、レーア様」
あくまでレーアに向けて話しかけてきた。父親の方など一つも見ていない。
「あ、はい。で、でも王宮になど着ていける服が……」
一応言われた通りに断ってみる。が、そんなことは了承済とばかりに侍従の方は
「その点はお気になさらずに。今そのままで結構でございます。こちらで準備させていただきますので」
有無を言わさない笑顔を向けてきた。凄い。こう言われたら中々断れない。
「それでは了承していただけたという事でこれを」
と、侍従の方は胸ポケットから一通の手紙を取り出した。
「我が主アルフォンス王弟殿下と婚約者レーツェル様からの手紙でございます。この場で開けて見ていただくよう申しつかっております。是非お開けください」
周りの視線を感じつつも、手を伸ばして手紙を受け取り、封を開ける。
中から便箋を取り出し、開くととても読みやすい、綺麗な字が見えた。
「読めますか?」
レーアは何も考えずに、はい、と返事をした。侍従の方は微笑んでいる。何だろう。
後ろから父と妹が覗き込んで見ようとしているのに気づいたので、まずいと思い、身体で隠そうとすると
「ああそちらの手紙は我が主の魔法がかかっておりますのでレーア様以外には見えないようになっております」
「え?」
「なんっ」
二人共驚いている。私も驚いた。そんなことができるのか。魔法って凄い。
「レーア様以外にはただの白い紙です」
二人が覗き込んでいるが何も見えないらしい。本当に?私にははっきりと見えるのに。
しっかりと読み込み、顔を上げる。侍従の方と視線を合わせて
「了承いたしました。午後から伺わせていただきたく存じます。今から準備をさせていただきます」
もう迷わないし、父親の言う通りにもならない。最初で最後かもしれないこの機会をものにするんだ。
「ご了承していただきありがとうございます。では午後一時にお迎えに上がらせていただきますので」
「はい、よろしくお願いいたします」
私は一度頭を下げる。
では、また後で、と侍従の方も去ろうとするが、思い出したように振り返り
「ああ、そうでした、そのお手紙に書かれていることは他言無用でお願いいたします。子爵様もレーア様に尋ねることのないようお願いいたします。内容についてレーア様以外の方に知られますとその方の命の保証はできませんので、と我が主が申しておりました。迎えまでレーア様はお一人で過ごすようにお勧めいたします」
と、詮索しないように釘をさしてくれた。 有り難い。これでギリギリまで部屋に引きこもっていても誰も何も手出しはできないだろう。全てにおいて凄すぎる。
侍従の方はもう一度こちらに身体を向けて、一礼してから
「では、今度こそ失礼いたします」
そう告げて玄関から出て行った侍従の方は乗ってきた馬車で一旦王宮に戻って行った。
見送りが終わった後、言われた通りに誰とも話さず自室に戻った。何か聞きたかったのかもしれないけども、頭を少しだけ下げて何も話さずに部屋に入り、すぐさま準備を始めた。
本日もありがとうございます。
いい天気ですね。あぁ花粉が……。
明日もお待ちしております。