6
朝が来た。
自分がどんな状態だろうと日は過ぎていくのだ。夜が来て朝も来る。
あと六日でこの家を出る。出される、と言った方が正しいのか。
「持っていくものなんてそんなにないわね……」
小さな鞄一つで済みそうだ。でも手は動かない。何もする気が起きない。私は一体どうなってしまうのだろうか。このままヨリナス男爵の元に行くことになるのだろうか。
一縷の望みを掛けて、昨日緑の子に伝言を頼んだ。ちゃんと伝えてくれただろうか。それよりもレーツェル様は私なんかのことを覚えてくれているだろうか。
あれから数日経っているのだ。もう私のことなど忘れているかもしれない。
『絶対家族の方が勝手に断れないようにお呼び出しいたしますから』
あの言葉を信じていいのだろうか。でもあまりにも日にちがない。あと六日。レーツェル様にも都合があるだろう。難しいかもしれない。
それに呼ばれたとしても、結婚に関しては覆せないかもしれない。色々と考えてしまって溜息ばかり吐いてしまう。すると虹色の子が手元にやって来て顔を覗き込んできた。少し心配そうな顔をしている。
いけないと思いながら微笑み
「大丈夫よ、私は元気。ねぇ、あなたの緑のお友達は無事にレーツェル様の所に着いたかしら?」
虹色の子は私の顔を見てニコッと笑った。どうやら大丈夫そうだ。後は待つことしかできない。
「そうよね、まだ日はあるものね」
パチンと自分で自分の頬を叩き、気持ちを切り替える。立ち上がり、窓の方に向かうと見たことのないような馬車が屋敷の前に着くのが見えた。
まさか、ヨリナス男爵家からの馬車か?早まった?と思い身構えたが、そうではなさそうだ。馬車の扉が開き、侍従姿のような若い男性が降りてくるのがわかった。レーアが窓からジッと見ているとあちらも気づいたのか、こちらを向いてきた。
目が合った。
レーアはいけない、と思いすぐさま窓から離れた。どうやら我が家への客で間違いないようだ。自室の扉を開けると玄関ホールで父親が対応しているような声が聞こえた。父が出ているということはかなりのお相手なのだろうか。まさか、とは思ったが昨日の今日だ。こんなに早いわけがないと否定する。
しばらくすると父親が二階に上がってきた、どうやら妹の部屋に向かっているようだ。妹を呼び出し、連れて行くのが見えた。しかし戻ってきてこちらにやって来た。レーアは慌てて扉を閉める。見ていたとばれるとまたうるさいはずだ。
ノック音が聞こえる。はい、と返事をするとガチャと乱暴に扉が開き、父親の顔が見えた。
「大切なお客様だ、お前は絶対に出てくるなよ!」
そう叫び、バタンと扉を閉めていった。
何だろう。いつもこんな事は言ったことはないのに。言わなくても出ていったことなどないのに、何故今日に限って?
とりあえず妹カタリナが呼ばれた時点でヨリナス男爵からの使者という線はなくなった。それだけでも助かった。ホッと一息ついて、椅子に座る。
虹色の子が手元に来る。ふと気づくと昨日伝言をお願いした緑色の子もいるではないか。
「あ、あなた帰ってきたの?」
伝えてくれたのだろうか?そのままレーツェル様の所に戻ると思っていた。あれ、レーツェル様の所に行ってない?でも虹色の子はさっき、と思っていたらまたノック音が聞こえた。
返事をする前に乱暴に父親が入ってきた。マナーを守れと言っている父が守ってないではないか。文句の一つも言いたくなったが、形相から何だか只事ではない気がしたので黙っていた。
息を切らしながら入ってきた父親はズカズカと私の前まで来て
「いいか!仕方ないからお前を呼ぶが、余計なことは一切言わないように!何なら断われ!カタリナを行かせるようにするんだ、わかったな!」
意味がわからない。
「……どういうことですか?わけもわからないのに、どうやって、何を断われと?」
思わず聞いてしまった。普段なら何も言わずに、はいとだけ答える娘が尋ねてきたものだから、父親も一瞬驚いていたが、流石に言葉足らずだと気づいたのか、説明し始めた。
「今、アルフォンス王弟殿下と黒竜様からの使者が来ておられる。お前をお茶会に招待したいそうだ。まったく、なんてタイミングだ……」
苦々しい顔で呟く。更に続ける。
「お前を、と言われたがカタリナに挨拶させたが、駄目だった。ったく、顔まで覚えられてるとはな」
レーアは父親の言葉に驚いた。本当に来てくれた。それも半日も経たずに。だが、驚いたのはそこだけではない。
「もしかして、カタリナに私だと言わせて、レーアだと言わせて挨拶させたのですか?」
思わず大声を出してしまった。王弟殿下とその婚約者様の使者になんてことを。そんな嘘をついてどうなるというのか。この場の使者様は誤魔化せたとしても、レーツェル様を誤魔化せるはずがない。
あの方の記憶力は凄すぎる。先のお茶会でも誰の手伝いも無しで招待客全てを間違えずに挨拶していた。そんな方が私とカタリナを間違えるはずがないのだ。
おとなしいはずの娘が大声を出してきたので一瞬怯んだが、父親は気を取り直す。
「と、とにかく、お前を連れて行くが、挨拶だけだぞ!お茶会にはカタリナが行くと言え!わかったな!」
いくらでも理由を作って断われ、と念押しされた。しかし、レーツェル様が作ってくれたこの機会。逃すわけにいかないのも事実だ。
どうなるかはわからないが、とにかく使者の方と会って話をしてみるしかない。
レーアは深呼吸して、父親の後に付いて階段を降りていった。
本日もありがとうございます。
やっと書きたかった場面に入ります。
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