3
何がどうしてこうなったのだろう――――
ここはリリエスタ公爵家の庭。所謂お茶会の会場だ。あの招待状が届いてから三日。レーアは唯一持っているドレスに手を通し、ぶつくさ言う継母と妹と一緒に公爵家の門をくぐった。
中々のセキュリティチェックがあったが、これだと招待状の名前と違ってもわからないのではないかとレーアは思ったが、それは間違っていたとすぐに考えを改めることとなる。
お茶会の開始と同時に皆が順番(今回は爵位順)に並んで、ソファに座っているレーツェル・シュヴァルツ様、王妃様のユーリア様、前王妃のアレクシア・ルカリスティア公爵夫人に挨拶するのだが、そこでまず一つ目の驚きがあった。
こちらから名乗る前にレーツェル様が顔を見て全員の名前を告げるのだ。それも爵位名まで。一度も間違えることなく、最後の一人まで言い切った。これでは確かに招待客以外は入れない。入ったとしても違うことがバレてしまうということだ。
レーアは挨拶が終わったあと、言いつけ通りに端の方に行き、静かにしていた。継母と妹はここぞとばかりに上位貴族に顔を売り込みに行っている。
ふぅと一息ついたところで『友達』達がいつもよりざわついている感じがした。何だろうと思い、顔を上げて、彼らが見ている方向を見るとそこは先程挨拶をしたソファの所だった。
まだ王妃様、ルカリスティア公爵夫人とレーツェル様が座っていたが、挨拶は一通り終わったのか、三人の前に貴族達はいなかった。代わりに周りにいたのはレーアにとっての『友達』、所謂精霊達だ。レーツェル様の周りをかなりの数の精霊達が飛びまわっている。ここまでの数を一度に見るのはレーアにとっても初めてだ。
それもレーツェル様は当たり前のように彼らに手を伸ばし、微笑んで何かを話しかけているようだ。もちろん周りのものは誰も視てはいなさそうだ。レーアは思わず見入ってしまった。
「……すごい」
声が出てしまったと同時にレーツェル様がこちらを向き、自分を見ているのに気づいた。あ、と思って思わず目をそらしてしまった。気づかれただろうか。まじまじと見て、失礼な者だと思われただろうか。まずい、目立たたないようにと言われたのに。これ以上レーツェル様を見るのはやめようと、少し場所を変えて立っていると、何だかテーブルが新たに出てくるのが見えた。
その後何人かの女性がリリエスタ公爵夫人に声を掛けられて、そのテーブルに案内されている。どうやらレーツェル様との対話用らしい。皆、きゃあきゃあ言いながら呼ばれるのを待っているようだ。
六人掛けのテーブルのため、四人呼ばれてあと一人は誰かと皆期待に満ちた目をリリエスタ公爵夫人に向けている。
自分は関係ないとレーアは端の方から動かなかったが、リリエスタ公爵夫人がこちらに歩いてくるのがわかった。まさか、とも思ったが、間違いなくこちらに来る。目の前で立ち止まり声をかけられた。
「ストリア子爵家レーア様、どうぞこちらへ」
その呼ばれた名前は間違いなく私だった。
目立ちたくはなかったのだが、断るという選択肢も私にはなかった。
リリエスタ公爵夫人の後を付いてテーブルの方に向かっているとあちらこちらから凄い視線を感じる。仕方ない。チラッと目をやった方向には継母と妹カタリナが凄い形相でこちらを見ている。
私のせいではないのに、後でまたネチネチを言われるのだろうか。
こちらに、と案内された場所は右隣には令嬢がすでに座っているが左隣は空いている。
と、いうことは、だ。
「レーツェル、こちらへ」
ルカリスティア公爵夫人の声が響く。はい、と返事をされたレーツェル様がこちらに来て、自分の左隣に座った。
うわ!と声には出さないように気をつけてが、心の中はもうバクバクである。ここにいるどの女性よりも長身で、細身で、可愛いというより綺麗、で。髪型も他の誰もしていないような、編み込みと三つ編みを組み合わせて、リボンを絡めてとてもレーツェル様に似合っている。十六歳になったばかりだとは伺っているが、自分より年下だとは思えないくらいの落ち着きだ。
あの妹と同じ年齢だとは思えない。纏っている雰囲気がもう違う。
一緒に呼ばれた他の四人も同じように思っているのか、皆ポオっとしていて声が出ない。顔を赤らめている者もいる。
「先ほどは挨拶させていただきありがとうございます。私、こういう場は初めてでして、リリエスタ公爵夫人とルカリスティア公爵夫人が気をきかせてくださって。是非皆様とお話させていただいても?」
レーツェル様のとても心地よい声が響く。その優しい声に皆安心したのか、用意されたお茶を飲みながら歓談が始まった。
レーア以外の四人はだんだんと落ち着きを取り戻し、話をしているが、レーアは反対にどんどんと焦っていた。
どうしよう、どうしたら、というのが率直な感想だ。先程からレーツェル様の周り、肩や腕に精霊達が乗ったり座ったり飛び回ってりしているのだ。レーツェル様も軽く手を動かしたりして、撫でているような仕草もしているので、わかってはいるはずだ。
しかしこのテーブルに座っているレーツェル様と自分以外の令嬢には何も視えていないのだろう。
どこまで反応したらいいのだろう。せずに視えないフリをしたほうがいいのだろうか。そうこう思っていると、レーツェル様と目が合い、フッと微笑んだかと思うと周りにいた精霊達が今度はレーアのところに飛んできた。
自分の周りを飛ぶ精霊達がとても楽しそうで、思わず撫でそうになったが、だめだだめだと思い直して、レーツェル様との会話に集中した。多分かなり挙動不審になっていたと思うが。
しばらく六人で話をし、区切りのいいところでルカリスティア公爵夫人が、ありがとうと解散させた形になった。レーアは一息つき、休息を取ろうと建物の中に入って化粧室に向かった。
先程の精霊達はやはりレーツェル様についていたようで、今そばにいるのは虹色の子だけだ。
「楽しかった?」
と小声で話しかけると、とても楽しかったとばかりにニッコリと笑ってくれた。
化粧室から出て庭に戻ろうとすると目の前に二つの影が現れた。
読みに来てくださり、ありがとうございます。
よろしければブックマーク、評価、いいね、をポチッと押していただけると非常に嬉しいです。
明日も更新予定です。
お待ちしております。