19(最終話)
本日、この前に18話も投稿しております。
そちらを読まれてから、読んでいただきますよう、お願いいたします。
「レーア、こっちのもお願いできるかしら?」
「あ、はい!やってみます!」
心を落ち着かせて深呼吸をしてから、手を前に出す。
「――――風よ」
習ったばかりの呪文を唱えつつ、目の前のタオル類に向かって力を飛ばす。
ここはルカリスティア公爵領内のヴァイツェン様とライラ様が住んでいる屋敷の庭だ。朝、洗濯をして干してあったタオルやら服だが、今日は少し曇空だったため乾ききっていない。ライラ様の指示の下、乾かす魔法を使っている。
傍から見るとそんなことに魔力を使って、と思われるかもしれないが、こういうことが意外と訓練になるらしい。寧ろ今のレーアにはかなり難しい部類に入る魔法だ。
風の魔法に暖かさを加えるのだが、これがまた調整が難しい。熱すぎてもだめだし、かと言って弱いと風に負けて暖かくなくて乾かない。
生活に使える魔法を練習しながら、魔力量の調整を訓練するのだ。実用を兼ねて、だ。
こういう系の魔法はライラ様の方が上手いらしい。ヴァイツェン様はどちらかと言えば攻撃など討伐に使えるタイプの方が得意なのだそうだ。
「どうでしょうか?」
魔法を掛け終わった洗濯物を確認してもらう。
「うん、大丈夫ね。どう?感覚は掴めてきた?」
「何となくですが。でもまだ緊張します」
「まだ始めて三日だもの。これだけできれば凄いわよ。ゆっくりでいいのよ。まずは緊張しないで軽い気持ちで使えるようになることからね」
「がんばります」
ライラ様は私の肩に手を置いて
「そんなに気張らなくても大丈夫。失敗したってどうにかなるものなんだから。それにあの、アルフォンス殿下も最初は失敗だらけだったんだから!それに比べたら早い早い」
「そうなのですか?」
魔法に関しては完璧だと思っていた。ライラはフッと微笑んで思い出すように
「そうねぇ、内緒だけど殿下も訓練始めた頃は制御が難しいらしくてよくタオルを熱々にしてたわよ。大きい攻撃なんかは最初から凄かったけど。やっぱり魔力量のある人は抑えてっていうのが大変そうよね。レーアもそのタイプね」
あのアルフォンス殿下が、と思うと少し気が楽になる。
「殿下の場合はある時期に飛躍的にうまくなったからレーアもきっかけやコツさえ掴めればあっという間だと思うわ」
「きっかけ、ですか?」
「そう。まぁ……あれはちょっと特殊なきっかけだけどね。知りたい?」
「知りたいです!」
どうやったあんな風に簡単そうに魔法を使えるようになれるのか。思わず前のめりで尋ねると、ライラ様はクスッと笑って、内緒よ、と人差し指を口元に持ってきながら
「レーツェル様の髪を乾かしてあげたいんだって」
「……え?」
動きが止まった私に、そうなるわよねーと笑っている。
「あの長い黒髪を早く綺麗に乾かす、っていうのを目標に頑張ったの。凄かったわよ。それまでタオルを何回も熱々にしてたのに、あっという間に制御をマスターしてたわ。集中力が桁外れだったわね、一日かからずに完璧になったもの。そのまでの訓練って何だったなかしら、ってくらい。愛の力って凄いわよねー」
と、笑っている。確かにあの綺麗な長い黒髪は魔法を使わずに乾かすとなると時間がかかるだろう。熱々にしても髪の毛が傷んでしまうだろうし、かと言ってぬる過ぎるとそれはそれで大変なのだろう。
「アルフォンス殿下なら完璧に乾かしそうですね。あの黒髪を傷めることなど絶対しなさそうです」
「そうね。もし今度会えたらコツを聞いてみてもいいと思うわ。魔力量が多いなりの制御方法があると思うから」
「そうしてみます」
残った洗濯物も乾かし、家の中に運ぶ。
あの怒涛の一日から早三日。
レーツェル様の離れから魔道士部門の訓練場に移動して、色々あって、ヴァイツェン様とライラ様と一緒に馬車に乗って、この屋敷に着いた。
王宮から少し離れたこの屋敷は前国王陛下のルカリスティア公爵領地内にある。中々広いお屋敷だ。部屋もかなりある。
今は二人しかいないから遠慮はいらない、寧ろ掃除とか手伝って欲しいから助かるのよ、とライラ様が言ってくれたので少し気が楽になった。
話に聞いたところ、本来ならヴァイツェン様は魔道士としての功績が認められて、伯爵位を持っているのだが、領地経営などはできない、したくないと言って、魔道士部門を引退したあともこの屋敷で色々と研究しているらしい。
ルカリスティア公爵お抱えとしての仕事はしているらしいが。
最初に到着して屋敷の中を案内された時にヴァイツェン様の研究室も案内されたが、よくわからない薬草や怪しげなもので一杯だった。ライラ様からは触らない方がいい、と言われたので入らないようにしている。
どうやら魔法だけではなく、薬草を使っての回復薬も研究しているらしい。かなりの効果らしいが、見た目や味もかなりのモノということで、そこらへんを改良できれば、とまだまだ研究中らしい。欲しかったら言ってね、と言われたが丁重にお断りした。あの色は……うん、素面では飲めない、と思う。
次の日にはテオと呼ばれたアルフォンス殿下の侍従の方がいらして、私の立場について、いくつか説明をしてくれた。
私はもうストリア子爵令嬢ではなくなったこと、父親とも完全に縁が切れたこと。継母と妹とも何の関係もなくなったこと(元々継母とは繋がりなどなかったが)。これによってストリア子爵家の借金については私に何の義務もないこと。もちろんヨリナス男爵との婚姻も私とは無くなったということ。
たった一日でこんなふうになるとは思わなかった。
その後のストリア子爵家のことを聞きたいですかと問われたが、いらないです、と断った。聞いてももうどうしようもないし、何かする気もないからだ。
あの人達がどう生きていこうと私には関係ない。私はただのレーアとして生きていくだけだ。
今はヴァイツェン様とライラ様に一から教えてもらって少しでも魔道士としてこの国に貢献できるよう、頑張るだけだ。
「じゃあレーア、あとここの片付け頼めるかしら。私は台所にいるわね」
「はい。お掃除もしておきますね」
「無理しないでいいからね。何かわからないことがあったら呼んでね」
そう言って部屋から出ていった。
タオルや服を畳んだりして片付けているといつもそばにいてくれる虹色の子が急に動き出した。
「どうしたの?シエル?」
ヴァイツェン様に名前をつけてあげるといいよ、と言われたのと、確かに名前があった方が呼びやすいし、交流しやすそうだったので、少し考えてから『シエル』と名付けた。
恐る恐るシエルと呼んでもいいかしら、と尋ねると満面の笑みで返してくれたので、了承とみなしてそう呼ぶことにした。
その子がいつもになく、飛び回り、扉の方を見ている。何だろう?
すると扉がガチャリと開き、見たことのない男性が入ってきた。その男性は低めの声で問いかけてきた。
「ごめん、母さん、いる?」
レーアは動きが止まったが、男性の肩のところに、見たことのない『子』がいたので思わずまじまじと見てしまった。
「あ、え?あ、お客様か!すみません、つい」
「あ、いえ、違います違います」
思わず手を振って答える。シエルが男性の肩のところに飛んでいき、そこにいた透明な精霊と遊びだした。
「え、あれ?どうした?誰かいるの?」
男性は精霊二人の方を見ながら問いかけている。
「透明……?」
自分は思わず声を出してしまった。するとその言葉に反応した男性が
「あ、君は視える子か。君の子がいるのかな?何色?あぁそれよりも、私はヴァルター。この家の一応息子だ。母、ライラはいるかな?」
あれ、視えてないの?と思いつつ答える。
「あ、すみません!挨拶もなしに。この前からここでお世話になっております、レーアと申します。この子は虹色です」
「虹色?凄いね。私のは透明。あぁ私は視えるのはこの透明の子だけなんだ。そこまでの魔力はなくてね。でもこの透明の子がとても楽しそうに飛び回っているから君の子も良い子なんだろうね」
そう話していたら違う扉が開き、ライラ様が入ってきた。
「あらヴァルター、どうしたの?こんな時間に珍しいじゃない。あ、ちょうど良かったわ、紹介しておくわね。レーア嬢よ。色々あって一ヶ月程うちで預かるこになったの。ヴァイツェンと私で訓練して、そのあと魔道士部門に入る予定よ。その時は王宮内の寮に入る予定だからよろしく頼むわね。詳しいことはアルフォンス殿下とレーツェル様に聞いて」
流れるように話していく。さらに続けて
「レーア、この人はヴァルター。私とヴァイツェンの息子ね、長男。今は文官として王宮内で働いているからあっちの寮に住んでいるの。レーアも王宮内で何かあったら相談すればいいわ」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
深々とお辞儀をする。
「こちらこそ。あ、親父はいる?研究室?」
そうね、とライラ様が答えるとじゃあちょっと言ってくる、と歩きだした。
もうすぐ扉、というところでこちらを振り返り、少しためらいながら、
「その……うちの子がまた遊びたがってる。こんなことは初めてだ。また今度ゆっくりとこれたら遊ばしてやってもいいかな?」
「もちろんです。こちらこそよろしくお願いいたします」
じゃあまた、と部屋を出ていった。隣に立っていたライラ様が、あらあらめずらしいわね、と呟いている。何がめずらしいのだろう。こちらをジッと見たあと
「ちょっとぶっきらぼうなところもある子だけど、よろしくね」
と、ウィンクしてきた。え?どういうこと?
「あの子が初対面の子にあれだけ話すのを初めてみたわ」
と。
「そ、それはこのシエルとヴァルター様の透明な子が遊びたがっていたからじゃあ……」
ライラ様はニコリと笑って
「一つ教えておいてあげる。守護精霊と守護人って好みが似てるってよく言われるのよ」
そう言って、じゃあ台所にいるから、と言って部屋を出ていった。しばらく考えてその意味がわかったレーアは少し顔を赤らめた。そしてぶるぶると首を振り、パチンと頬を叩いて、残りの片付けと掃除を再開した。
虹色の子は楽しそうにレーアの周りを飛んでいる。
―――――彼女がヴァイツェンとライラの義娘になるのはもうちょっと後のことである―――――
これにて、「精霊に愛されし令嬢は虹色の夢をみるか?」は完結となります。
もし、二人のその後も書けたらまた、と思っております。
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約二週間、お付き合いくださり、ありがとうございました。
次回、短編を上げたいと思います。
スピンオフではなく、全くの新作です。
早ければ今日、遅くとも明日中には載せます。
そちらもよろしくお願いいたします。