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この話より父親視点になります。
本編『竜王の契約者』90〜95話の裏側部分にあたります。
レーアが魔道士部門で皆を驚かせている頃、王宮内の謁見の間では普段このような場所に呼ばれるはずもないストリア子爵とその夫人、娘のカタリナが落ち着かない様子で立っていた。
三人は何故呼ばれたかは見当がついていたが、それでも入ったことのない、それも王宮内でもかなりの奥にあるこの場所にそわそわしていた。
今朝程、国王陛下の弟君であるアルフォンス殿下とそのご婚約者様から我が家に使者がやってきて、娘をお茶会に誘いたいと招待状を持ってきた。
自分には娘が二人いるが、今の妻の娘である妹カタリナの方が間違いなく可愛いと思っている。今年デビュタントも済ませたこともあり、よい縁談を、と常々思っていた。
姉のレーアは、先の妻との子供だが、所謂政略結婚であるため、何の愛情もないまま、義務的に閨をともにした際にできてしまった。子供を産んですぐに亡くなったその妻に生き写しと言っていいほど似ているため、はっきり言ってなんの愛情もわかなかった。
すぐさま今の妻と再婚し、妹カタリナができたため我が家ではレーアのことなどいないに等しかった。
さらにレーアは小さいときから何もいないところを指さして『何かいる』と言う子供だった。その時によって赤や緑、青や虹色と言うため、誰もが気味が悪いと囁くようになり、家の中の誰にも相手にされなくなった。当主としては使用人を諫める立場にあるのだが、はっきりいってレーアに興味などなかったので、何も言わなかったし、しなかった。そのことが使用人達を助長していくとも知っていながら。
先の妻についてきた侍女が一人だけレーアを慈しんでいたが、五年程前に亡くなってからは誰も相手にしていない。
世間体もあるので食事と一般教養だけは世話したがあとは放っておいた。十六になり、デビュタントはさせたがそれだけだ。
今の妻と妹のカタリナは何不自由なく生活させてきたが、カタリナが社交界デビューした今は二人でお茶会や夜会に出かけている。その度にドレスや宝飾品を新調しているらしく、流石に一度少し控えるように言ったが
「カタリナのためですわ、良い人を見つけるためにも良い物を身に着けないと!同じ物なんてカタリナが可哀想ですわ!あなたはカタリナが可愛くないのですか?」
と妻に言われたら、何も言えなかった。しかし我が家もそんなに裕福ではないため、いつの間にかかなりの額を借金していた。これはまずいと思いながらも妻と娘を言い聞かせることもできないまま日が過ぎていった。
ある日妻に借金のことを話すと彼女はとんでもないことを言ってきた。
「それくらい、あの娘をどこかに嫁がせればよろしいのではないですか?それこそお金を払ってでもどんな娘でも欲しいと言う方はいらっしゃるでしょう?ねぇ?貴族の方にはいろんな方がいらっしゃいますもの」
笑いながらそういう妻に少し思うところもあったが、私の頭ももうどうにかしていたのかもしれない。探してみるといくらでもそういう相手はいたのだ。十八歳だと言うとそれこそ引く手あまただった。しかし相手は一癖も二癖もあるような人物ばかりだ。もちろん良い噂など聞いたこともないような者だ。
一番金額が高い相手にいたっては五十過ぎの、私より年上の所謂訳ありの男爵だ。
流石に、と躊躇していた私に妻は言い放った。
「何をためらうことがあるのですか、旦那様。あの化け物のような娘が嫁ぐだけで我が家は安泰なのですよ?あの娘にしたらお金持ちの素晴らしい方に嫁げるなんて身に余ることですわ。やっと我が家の役に立つのですから、彼女も嬉しいと思いますわ」
背中からそう囁かれ、私もそうだ間違いないと思っていた。あの娘がやっと私の役に立つ時が来たんだ、と。今まで育ててきた恩を返してもらうときが来たんだと。
一千万もらえれば、我が家はこれからも子爵家としてやっていける。破産して平民になるなんて真っ平だ。そうだこれは人身売買などではない、娘の、レーアにとってもいいことなんだ、と思い込んだ。
今まで私の言ったことには必ず従ってきた娘だ。今回も私が言えば頷いて、嫁いでくれるだろう。そうすれば全てがうまくいくんだ。
話をしてさっさと嫁がせようと思った矢先、リリエスタ公爵家からのお茶会の招待状がきた。ある程度の貴族の女性達が皆出席だという。最近発表された『黒竜』様のお披露目も兼ねているからか、招待状も名前入りで、それ以外の者は入れないという。欠席するにしても理由がいるというので、仕方なしにレーアにも出席させた。
しかしそのお茶会で思わぬことが起こった。妻とカタリナに聞いたところによると、よりによってあのレーアが『黒竜』様とご友人に、とテーブルを囲んだと言う。自らではなく、あちらからの指名だとは言うが、いらんところで目立ちやがって。
帰ってきてからの妻とカタリナも機嫌が悪いし、踏んだり蹴ったりだ。
さっさとヨリナス男爵との婚姻を進めて我が家から出ていってもらおうとレーアに話をしたのが昨日のことだ。いつもなら素直に頷くレーアが何も言わずに部屋に戻っていったのは気になったが、これで一週間後には嫁いでいって金も入ってくると胸を撫で下ろした。
しかし今朝、突然アルフォンス王弟殿下と黒竜様からの使者だという男が尋ねてきて、レーアを王宮のお茶会に招待したいという。何故このタイミングなんだとも思ったが、努めて冷静に
「王宮に着ていけるドレスもないし体調も」
と断ろうとすると
「ドレスはこちらで準備しますし、体調も我が国一番の回復魔道士がおりますので、なおさらお越しください」
と笑顔で返された。どうしようかと思い、閃いてカタリナの部屋に行き、説明をしてレーアとして挨拶させた。王宮まで行ってしまえば、バレても帰されることはないだろう。カタリナの顔見せにもちょうどいいと思っていたが、使者の目は誤魔化せなかった。どうやら絵姿でも見てきたのか、妹には用がないとけんもほろろに断られた。
仕方がないのでレーアにはカタリナに譲れと脅して、使者の前に出したが、あれよあれよと言う間にレーアがお茶会に行くことになってしまった。何だか私には何も書いてないようにしか見えない手紙を渡されて読んだ後、レーアの動きが変わった。何も喋らず部屋に戻って行ったのだ。
使者からは手紙の内容については詮索しないよう釘を刺されてしまったし、何より手紙の差出主があの、アルフォンス王弟殿下だ。
アルフォンス王弟殿下といえば、このリヴィアニア王国で一番の魔道士と言われ、桁外れの魔力の持ち主だ。それこそあの手紙にどんな魔法が掛けられているかわからない。使者は命の保証はないと言っていた。普通ならそんなこと、と笑い飛ばすくらいだが、あのアルフォンス王弟殿下ならそれくらい朝飯前だろう。
現にレーアも声を掛けた際、一言も発せずに、静かにと人差し指を口元にもってきた。それが一体何を意味するのか。
妻もカタリナも私も何も言えないまま、レーアが乗った馬車を見送るしかなかった。
そしてレーアが王宮に向かってから数時間、今度は私と妻とカタリナに登城命令が来た。
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