8.目覚め
「ゴロー、そろそろ寝る時間にゃー」
「ああ、もうちょっとだけここにいてあげようと思って……」
夕食を食べ終えてからも、ベッドに寝かせたゴーレムの子が目覚めるのをじっと待っていた。
しかし起きる素振りはなく、息もせずただただ沈黙をしたままだ。
「魔力は充分に補充されているはず……だとしたら……」
脳裏にゴーレムを発見した時のリーフの言葉が蘇る。
確か「全盛期は100年ほど前だと言われているな」と言っていたはずだ……。
つまり、この子はメンテナンスもされずおおよそ100年ほど眠っていた。
外傷はなくても、内部の機構が経年劣化により破損している可能性がないだろうか?
「……この場合、治癒魔法で治るんだろうか……?」
治癒魔法でリーフの外傷は治すことができた。
同じように内部の破損を直すことはできないものだろうか?
「ダメ元でやってみればいいか。もしダメなら他の方法を探すだけだ」
俺はリーフを治した時のように、ゴーレムの子に手をかざして祈った。
すると治癒魔法が発動し、ゴーレムの子が光に包まれる。
やがて、光が収束すると俺はゴーレムの子を覗き込んだ。
「うっ……うう……?」
ゴーレムの子の口が微かに動き、言葉を発する。
「やった……!」
そのまま彼女を見守っていると、徐々にだが瞼が開き始め、透き通るような青い目が現れる。
しばらくは天井を見つめていたが、こちらの気配に気づいたのか俺の方へと顔を向ける。
「あなたハ……?」
少し不安そうな表情を見せるゴーレムの子に、これまでのいきさつを話すことにした。
**********
「そう……でしたカ……」
説明を終えると、ゴーレムの子は俯いて悲しそうな表情になる。
それもそうか、造られたのに起動もされずにこんな山奥に放置されていたのだから。
「ワタシを起動したということハ……あなたはワタシを戦わせるためニ……?」
「いや、それはない。あのまま放置しておくのがかわいそうで……生まれてきたのなら幸せになって欲しいと思っただけだよ」
「ふっふーん、ゴローは優しいからきっとすぐに好きになっちゃうにゃ!」
俺がいきさつを説明している間に、ミィとリーフも合流した。
最初はワーキャットとグリフォンがいきなり出てきたからか驚いていたけど、言葉が通じると分かって安心したようだ。
それはさておき、ミィさん? なんかまた俺が番を増やす的なこと言ってません?
「……とても優しい、いい人だと思いまス」
「ミィとリーフの自慢の人にゃ!」
「ああ、それには同意だ」
もしもーし? 俺を置いていかないでくださいません?
「こほん。それはさておき君はどうしたい? 元いた場所が分かるのならそこまで案内するし、ここにしばらく留まりたいなら俺たちも歓迎するよ」
「ワタシは……今までに起動した記憶はありませんシ、ワタシを造ったマスターがどこに住んでいたのカ、そして今も存命かは分かりまセン。なので……よろしければここでお世話になりたいデス。」
ゴーレムの子がぺこりと頭を下げる。
……そうだな、他の場所に行けば兵器として扱われるかもしれないし、ここにいた方が安全だろう。
「ああ、俺たちなら大丈夫だ。そうだろ、ミィ、リーフ」
「もっちろんにゃ!」
「ああ、もちろんだ」
受け入れられたのが嬉しいのか、ゴーレムの子は顔を上げてほほ笑む。
ゲームのゴーレムって石で造られた人形というイメージがあったけど、こういう表情豊かな女の子のゴーレムもいるんだな。
……そういえば。
「ところで、君には名前はある?」
「いえ、今回が初めての起動なのデ、名付けられた記憶はありまセン。よろしければワタシに名前を与えてくださイ」
「うーん、そうだな……」
困ったことに俺にはネーミングセンスはない。
ゲームのキャラはデフォルトのまま変更しないし、名前を付けないといけない場合は適当に「ああああ」などと名付けてしまうほどだ。
どうしたものか…………。
「……そうだ、レム、というのはどうだろう?」
ゴーレムの後ろ二文字を取ってレム。
ちょっと単純だけど、確かマンガでこんな名前を見た事があるし……これが俺の精一杯だ。
「……ありがとうございまス。ワタシ……レムはこれからゴロー様のために尽くしマス」
「いや、様はいいよ。家族なんだし遠慮はしないで」
「ハイ、了解しましタ。ご、ゴロー……」
レムが少し赤面しながらも呼び捨てで俺の名前を呼んでくれる。
様だとよそよそしいし、まだまだぎこちないけどそのうち慣れてくれるだろう。
こうして、また一人家族が増えたのだった。
**********
「……そういえば、ゴーレムってもっと岩でごつごつしたイメージがあったんだけど、レムはそんな感じはしないね」
次の日、食卓を囲んだ際に俺がレムに尋ねる。
コアが身体に埋め込まれている以外に、人間と異なる部分は見当たらないからだ。
……でもよく考えたらミィも耳と尻尾があるぐらいの違いか……。
「それハ……いつでも岩石を生成できるから、デス」
「凄いにゃ! レムはそんなことができるにゃ!?」
「ハイ、このように……」
レムが右手を上げると、そこに光が集まる。
そして、一瞬にして右手が岩石で覆われた。
「いいにゃあ……なんかかっこいいにゃ」
「これは……攻撃にも防御にも使えそうだな……」
ミィとリーフの感想はそれぞれの個性がでたような感じだ。
確かに何もないところから岩石を生成できるのはかっこいいし、デザインも自由に変えられて身に纏えるならなおのこと。
また、殴る瞬間に拳に岩石を纏ったり、敵の攻撃を岩で防いだりと汎用性も高そうだなと思う。
「もしゴローとレムが番になったら、ゴローも使えるようになるんじゃないかにゃー」
「ぶふっ!?」
思わず吹き出してしまう。
ミィさん? そう軽々しく番とか言うものじゃないですよ?
「あっ……ええと……デスね……」
おや?
ちょっと待って何この反応。
「じ、実はゴローに助けられた時カラ……その、ゴローを見てると胸が高鳴ってですネ……」
ミィに促されたかのように告白を始めるレム。
顔を火照らせているところは初めて会った時のミィに似ている。
「ミィ、リーフ。人間が造り出したゴーレムにも番の法則って適用されるの?」
「ミィは聞いたことないにゃ」
「私もだが……ゴーレムも人ではない亜人。だとしたら可能性はある」
そうか、ゴーレムも人間ではないからワーキャットやグリフォンと同じく亜人になるのか。
それなら法則が適用されてもおかしくはないのかな。
「……ということで、リーフ。ミィたちおじゃま虫は退散するにゃ」
「ああ、あとは二人でごゆっくりと……」
そんなことを言いながら二人はドアを開けて狩りへと向かった。
……気を利かせてるんだか、焚きつけてるんだか。
「ご、ゴロー……」
振り向くと、目を潤ませたレムの姿があった。
「……本当に、俺でいいのか?」
「は、ハイ……初めて見た時カラ……ゴローじゃないと駄目って感じがシテ……」
「そうか、そこまで想ってくれるなら、俺も応えてあげないとな……」
俺はそっとレムを抱き寄せ、そして――。
**********
「うわー、凄いにゃ! いろんな形の岩が作れるにゃ!」
狩りを終えた二人が帰ってきたので、レムに叩き込まれた岩石の生成を見せてあげた。
ミィは興奮が隠せないようで、作った岩を持ち上げては目を輝かせている。
「それじゃ、もっと凄いものを見せてあげよう」
「なになに、気になるにゃ!」
俺は槍のような長く鋭い岩を作り出し、それを【身体能力強化】と【加速】を併用して山肌に投擲する。
すると岩が山肌を深くまで抉る。
「……ゴロー、ちょっと過剰戦力すぎないか?」
俺の一連の動作を見ていたリーフが呟く。
「……ははは、もしかすると下手な魔法より強いんじゃ……」
「……ああ、その通りだ……ここまでの威力は普通では出せないだろう」
戦闘経験も豊富であろうリーフも認めるチート級の威力。
まあ、スキルを三つ重ねがけしてるわけだからそれも当然かもしれない。
「それにしてもゴローはスキルを使いこなすのが早いデスね」
「同感にゃー。【身体能力強化】を初めて使ったゴローが、ミィよりも使いこなしてたのを見た時はちょっと落ち込んじゃったにゃ」
「分かりマス。でも、それだけゴローが凄い人なのデ、番のワタシも嬉しくなりマス」
微笑みながらミィと言葉を交わすレム。
その笑顔を見ていると、レムも家族になって良かったなと思うのだった。