5.ミィとリーフと
「行ってきますにゃー!」
「では狩りに行ってくる」
玄関先で狩りに行くミィとリーフを見送る。
ミィが日課の狩りに行く際、助けられた恩返しがしたいとリーフが願い出て2人での狩りとなった。
怪我が治ってすぐだから本調子とは言えないだろうが、リーフは空を飛べるから連携がうまくいけばかなり楽になるだろうな。
「それにしてもドラゴンか……」
気になっていたのはリーフの故郷を襲ったウインドドラゴンだ。
山を20ほど超えた先……人間みたいに歩くしか手段がないならかなり遠くになるが、ドラゴンは空を飛べる。
その気になればすぐにでも追ってくることもできるだろう。
「わざと逃がしたのか、それともリーフがうまく撒いたのか……」
ドラゴンの生態は詳しく知られていない。
突然現れたかと思うと国を壊滅させる、かと思うとすぐに消息不明になる。
いったいどこに住んでいるのか、何の目的を持っているのか、まったく分かっていない。
今までの行動から、狙われるのはある程度栄えた国と言われているが、これも推測に過ぎない。
「もしそうだとしたら、3人しかいないここは狙われないかもな……」
と、願望をつぶやく。
それでも警戒するに越したことはない。
できるだけ目を付けられない……目立たないように生活をするように心がけよう。
「とりあえず、リーフの使う家具を改造するか……」
俺はリーフの部屋に行き、戻ってくるまでリーフに合うように家具を弄ろうと家に入ろうとすると、足元に突然小動物が現れた。
「キュー?」と鳴いて俺を見上げてくるつぶらな眼。少し前にもふもふさせてくれたキャラットだ。
「はあ……お前はかわいいなあ……」
前回のようにしばしもふもふを堪能する。
もしかして抱っこさせてくれるかな、とお腹の方に手を回して抱き上げようとする。
しかしキャラットは抵抗することなく、俺の腕にすっぽりと収まってくれた。
(至福の時だ……)
人間よりも少し高めの体温を感じつつ、指で身体を撫でる。
キャラットも嬉しそうな声で鳴き、俺に身体を預けてくれる。
どうやら【動物に好かれる】スキルは間違いなく俺に備わっているようだ。
ミィにこのスキルが渡らなかったのは何か別に原因があるのかな。
「おや……?」
考え事をしていると向こうの茂みが揺れた気がした。
ミィたちが帰ってくるにはまだ早いし……もしかして侵入者か!?
と、俺が身構えていると「キュー」という声が聞こえてきた。
この声はキャラット。抱いている子は鳴いてないからお仲間だろうか。
茂みを観察していると、別のキャラットがひょっこりと顔を出す。
もしかしてこの子を迎えに来たのかもしれない。
【動物に好かれる】スキルがあるし、と思って俺が近寄って行くと、また茂みの中に隠れてしまった。
おかしいな、スキルは発動してると思うんだけど。
もしかしてこのスキルにも何か条件が必要なのだろうか。
もしくは、ある程度の制限があるのかも……例えば、すべての動物に好かれてしまうと、それこそ100匹どころじゃない数の動物が家に溢れてしまう。
そうなってしまっては、もう動物をもふもふするどころの話ではなくなってくる。
だから、スキルが効く対象は一部に限定されるのではないだろうか。
まあ、これ以上考えても結論は出ないので、しばらくスキルを使いつつ向き合ってみようと思う。
存分にもふもふしたし、抱いているキャラットは森の仲間のところに帰してあげよう。
「ほら、仲間のところにお帰り」
そう言ってキャラットをそっと地面に戻してあげると、仲間を追いかけて茂みへと消えて行った。
……さて、充分に癒されたしミィとリーフが帰ってくるまでにリーフの家具を改造しないとな……。
**********
「ただいみゃー!」
「帰りました」
「2人とも、お帰り」
ちょうど作業が終わったころに2人が帰ってくる。
「ゴロー、何やってたにゃ?」
「ああ、リーフの家具をちょっとね」
そう言ってリーフ用に改造した家具を見せる。
まずは羽を伸ばせるように、別の部屋からベッドを持ってきて2つをくっつけた。
そして足の後ろ爪がベッドに刺さらないよう足元の方に少し段差をつけておく。
職人じゃないからちょっと不格好だけど、使いやすくなってはいると思う。
「これを私に……なんだか悪いな」
「いや、リーフも一緒に住む家族だし、リーフに合った家具にしてあげたいと思っただけだよ」
と俺が言うと、気恥ずかしかったのかリーフの顔が少しだけ赤くなる。
しっかりしてる子だけど、こういう面を見るとかわいい子だなと思う。
「ところでミィ、今日の狩りはどうだった?」
家具のお披露目も済んだし、俺はミィに成果を聞いてみる。
「今日はちょっと大物を仕留めたにゃ! リーフがすごかったにゃ!」
興奮するように話すミィ。
どうもリーフが空を飛んで偵察し、できるだけ大物を見つけて地上のミィと連携、陸と空から追い詰めて仕留めたらしい。
リーフは狭い木々の間を抜けながら、【身体能力強化】を使ったミィにも劣らないスピードで正確に獲物を追っていたとか。
「今までは獲物を見つけるまで時間かかってたけど、リーフのおかげで短縮できたにゃ」
確かに空からなら広域を見渡せ、索敵範囲もかなり広くなるだろう。
しかし木々が遮蔽物になるため、獲物を容易く見つけられたのはリーフの技術があってこそか。
「いいコンビだな、2人とも」
「えへへー……リーフとならもっといろいろできそうな気がするにゃ……」
ミィがそう言うとスッと頭を前に出してくる。耳もぴょこぴょこさせて、何かをねだるような感じだ。
……そうか、大物だったから撫でて欲しいんだろうな、と思ってミィの頭を優しく撫でる。
「ふにゃあぁぁぁぁ……」
ちょ、そんな声出されたら誤解されますよミィさん、落ち着いて。
「やっぱりゴローの手、好きだにゃあ……ほらほら、リーフも試すといいにゃ」
「わ、私もか!?」
突然のミィの提案に驚きを隠せないリーフ。
ミィより大人だろうし、下手すると俺の今の見た目の年齢よりも上なんじゃ……。
リーフにしてみれば年下の男になでなでされるのは恥ずかしいだろう。
「1回! 1回だけでいいからにゃ!」
なんなんだろうこのミィの推し推し攻撃は……そんなに俺の手を広めたいのか……?
「わ、わかった……1回だけなら……」
ミィの訳の分からない気迫にリーフが折れてしまった。
おそらく、下手に断るとミィの攻勢が続くと判断したのだろう。その通りなんだけど。
割と強引なところあるからなミィは。最初に会った時の即押し倒しとか……。
「では、ゴロー、よろしく頼む……」
少し赤面しながら、俺の前に屈むリーフ。
長引くとそれだけ恥ずかしがらせてしまうから、早めに終わらせてあげよう。
俺はポンとリーフの頭に手を置き、ゆっくりと数回往復させた。
そして手を離し、リーフの反応を見てみる。
「……確かに、ミィがせがむのも分かる気がする」
あれ?
もしかして思ったよりも好評?
「ふふーん、これからも何かあったらリーフもゴローにお願いするといいにゃ」
誇らしげにミィが言う。
ただ撫でてるだけだと思うんだけど、ミィやリーフには心地いいものらしい。
「いや、それは番であるミィの特権にしておいた方がいいだろう」
「にゃんでー? リーフもお仕事したんだからいいとおもうにゃー」
「しかしだな……」
と、リーフは少し口ごもる。
なるほどこれは番……夫婦のスキンシップとリーフは捉えているのか。
「じゃあリーフも番になれば解決にゃ!」
「ぶふっ!?」
思わず吹き出してしまう。
それもそうだ、ミィと番になったばかりだというのに2人目の番とか。
そもそも本人がそういうことまったく言ってませんよ、ミィさん?
「だってリーフ、ゴローを見てるとき雰囲気がいつもと違うにゃ。たぶん、番になりたいって思ってるんじゃないかにゃ?」
「……それは……」
「ミィも番を探してた経験があるから分かるにゃ。さっきゴローに撫でられた時すごく幸せそうで、恋する乙女みたいな表情だったにゃ」
ミィに指摘されたリーフの顔が今まで見たことないぐらいに紅潮している。
あれ? もしかしてリーフの運命の人も俺?
「いやしかしそれは……迷惑だろう? 既にゴローとミィは番なのだから」
「そんなことないにゃ。ミィだってリーフのことお姉ちゃんみたいでいいなって思うし、それに……リーフにも幸せになって欲しいにゃ……」
少し憂いを帯びた表情でミィが呟く。
リーフは一族が全滅してしまったんだ、皆の分まで幸せになって欲しいとミィは思っているのだろう。
もちろん、それは俺も同じだ。
「……ミィはよくても、ゴローは……」
「いや、俺もミィと同じ気持ちだよ。辛い思いをしたんだ、だからこそ幸せになって欲しいし、俺たちができることならしてあげたい」
そう言ってリーフの頭に手を置く。
すると、リーフの目から大粒の涙が零れ落ちた。
「……ありがと……う……、ゴロー、ミィ……わ、私は……」
リーフの頬に伝う涙の粒が増える。
ミィは後ろからリーフを抱きしめ、俺も前からリーフを抱きしめる。
リーフの嗚咽が収まるまでしばらくの間そうしていた。
「……ありがとう、少し落ち着いた」
リーフが涙を拭い、深々とお辞儀をする。
「……改めてお願いする。ゴロー、私と番になってくれるか……?」
こちらの目をしっかりと見つめ、リーフが告白する。
俺の返事は決まっている。
「ああ、もちろんだ」
俺はリーフを抱き寄せる。
「これからもよろしくな、リーフ」
「ああ、こちらこそ……」
また少し泣きそうな表情のリーフ。
少し前までは強い子だと思っていたけど、やっぱりまだ少女だ。
しっかりと心のケアをしてあげなきゃな。
「ゴロー、リーフ、2人で温泉に入ってきたらどうにゃ?」
俺たちにミィが提案する。
確かに、ミィに番の儀式を見られてたらリーフも恥ずかしいだろうし、俺は提案に乗った。
「じゃあ行こうか、リーフ」
「はい……」
こうして、リーフは俺の2人目の番になったのだった。