4.狩りの途中で
「今日も狩りに行くにゃ!」
ミィの一声からいつも通りの日常が始まる。
数日前の焼肉がよほどお気に召したのか、あれから毎日狩りに行っている。
この日もいつもの平原でいつものように狩りをするはずだったのだが……。
「……」
「どうしたんだ、ミィ?」
平原に向かう途中でミィが急に歩みを止める。
そして、普段とは違う方向に目を向ける。
「……こっちから血の臭いがするにゃ」
「血!? もしかして人か何かか?」
「ううん、これは人の臭いじゃないにゃ……ゴロー、ついてきてほしいにゃ」
そう言うとミィは道を逸れ、木々を分け入って進んでいく。
普段行かないような森の奥。
鬱蒼と茂った草をかきわけ、どんどんと奥へ。
次第に視界が開けてきた辺りで、ミィが止まれと言わんばかりに腕を横に広げる。
「ゴロー、あれ……」
ミィが指さした先を見ると、川のそばに銀髪の女の人のようなものが見える。
しかし、それには明らかに人とは違う部位があった。
鳥のような茶色の翼と足を持ち、更に身体の一部が体毛に覆われているのだ。
「たぶん……グリフォンにゃ」
グリフォン。
鷲とライオンの特徴を併せ持つ魔獣。
飛行能力で敵を翻弄し、鋭い鉤爪で敵の急所を切り裂く、上位クラスのモンスターだ。
更に魔法を使うこともでき、この辺りではまず敵はいないだろう強さ。
群れで行動することが多く、単独で行動するのは群れから追い出されたはぐれグリフォンと呼ばれる。
しかし、単独で行動していても上位モンスターだけあって、上級の冒険者でも苦戦を強いられる。
「でも……あの傷は」
遠目から見ても分かるぐらい、グリフォンは傷ついていた。
周りの白い石が赤く染まるぐらいに出血しており、このままだと長くは保たないだろう。
「うん……グリフォンをここまで傷つけられるやつなんて……この辺にはいないはずだにゃ」
もしかすると何かの罠かもしれない。
でも、俺の身体が先に動いていた。
「行くにゃ……?」
「うん、なんだかこのままにしておくのはいけない気がする……」
「しょうがないにゃあ、ゴローは優しいから……ミィも手伝うにゃ」
もし罠ではなければ一刻を争う事態。
俺たちはすぐさまグリフォンに駆け寄ると、傷を確認する。
鋭い何かで切り裂かれたような、深い裂傷が身体の各所にある。
「これ……早く手当てをしないとダメにゃ……!」
(くそっ、ここからだと家に連れて帰るにも時間がかかる……何かないのか!?)
そこでふと思った。
この世界で生きていくのに必要な能力をもらったのだ。
もしかすると簡単な治癒魔法も使えるのではないかと。
俺はグリフォンの傷口に手をかざすと、必死に祈った。
(お願いします……! この子を助けるためにどうか治癒魔法を……!)
するとグリフォンの身体を暖かい光が包み込み、傷口がゆっくりながらも塞がっていった。
「すごいにゃ……ゴロー、ヒーリングまで使えるにゃ……?」
「ちょっとダメ元だったんだけどね、なんとかなったみたいだ……」
やがて光が収まり、グリフォンの傷は塞がってすっかり元通りの身体になっていた。
しかし、彼女は気を失ったままで、ここに置いていっては他の動物に寝首を掻かれるかもしれない。
「……連れて帰るにゃ?」
俺の気持ちを察したのか、ミィが声をかけてくれる。
「ああ、悪いけど手伝ってくれるかな?」
「もちろんにゃ! 2人で協力して家まで連れて帰るにゃ」
俺たちは2人でグリフォンの身体を起こし、背中にも傷がないことを確認すると、【身体能力強化】で彼女の身体を持ち上げた。
その後、交互に【身体能力強化】を使い、なんとかグリフォンを家まで連れ帰って、空いてる部屋のベッドに寝かせた。
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「……でも、あのグリフォンがあんなケガする相手って……」
「……ああ、ただ者じゃない。もしかしたらグリフォンよりも上位のモンスターがいるのかもしれない。彼女が起きるのを待って、話を聞いてみよう」
「分かったにゃ。じゃあそれまでの間に、ミィはちょっと狩りに行ってくるにゃ」
「ああ、気を付けてな」
グリフォンを傷つけた相手がまだ森にいるかもしれないため、ミィに充分に気を付けるように声をかける。
その後ミィを送り出してグリフォンの容態を見ることにしたが、夕方になっても彼女が目を覚ますことはなかった。
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「むー……まさかまだ起きないにゃんて……」
「かなり傷が深かったからな、すぐには起きられないのかもしれない」
ミィが狩ってきてくれた獲物を捌き、今日も俺たちは焼肉を食べている。
しかしグリフォンの事が気がかりで、なかなか食が進まない。
「ゴロー、気になるとは思うけど、ちゃんと食べないと身体が動かないにゃ」
そう言ってミィは俺の口に肉を持って来てくれる。
俺の心配をしてくれるミィが愛おしくて、番になったのがミィで良かったなとしみじみ思う。
ミィが差し出してくれた肉を食べ、これからどうしようかと考えていると不意に背後に気配を感じ、振り返るとそこにはグリフォンが立っていた。
俺が驚いて固まっていると、グリフォンは俺に問いかけた。
「私を助けてくれたのはあなたたちか……?」
「あ、ああ……川で倒れていたのを俺と、こっちのワーキャットのミィで運んだんだ」
「そうか……ありがとう。あなたはグリフォンの言葉も分かるのだな」
グリフォンは深々とお辞儀をする。
こういう仕草は人でもモンスターでも共通なんだな。
「ああ、俺のスキルが【言語翻訳】だからな」
「なるほど……珍しいスキルだな、だがこうやってお礼を伝えられたのでありがたい」
「……ところでなんであんなとこに倒れてたにゃ?」
「君も私の言葉が分かるのか?」
「そうにゃ、ミィはゴローと番だから、ミィも【言語翻訳】を持ってるにゃ。」
「なるほど、あなたたちは番だったのか。……ではミィの質問に答えよう」
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グリフォンの証言をまとめるとこうだ。
彼女は元々ここから山を20ほど超えた先に住んでいた。
しかし、そこに突然ウインドドラゴンが現れて住処を追いやられ、逃げている最中に魔法であの傷を受けたらしい。
ボロボロになりながらもなんとかドラゴンを振り切ったが、途中で力尽きてあの川に倒れていたとのことだ。
「ドラゴン……それは災難だったにゃ……」
ドラゴンはひとたび現れると大国すら一夜にして滅ぼすと言われる災害級のモンスターで、現在は火、水、土、風の四大属性のものが確認されている。
大森林を一瞬で焼き尽くして荒野に変えてしまう獄炎のブレスを吐く、火属性のファイアドラゴン。
都市を丸ごと飲み込んでしまう大津波すらも操る、水属性のウォータードラゴン。
大地震、時には地割れすら引き起こしてあらゆるものを大地に飲み込む、土属性のアースドラゴン。
嵐を巻き起こしてあらゆるものを切り刻む、風属性のウインドドラゴン。
これらに対抗できるのはそれこそ伝説に謳われる勇者や魔王と呼ばれる、人外の力を持つ者に限られるほどである。
彼らにも知性や理性はあるものの、同格以上の者でなければまず対話することは叶わない。
そのため、ドラゴンがなぜ破壊活動を繰り返すのかも知られていないのだ。
増えすぎた種族の間引き、栄え過ぎた技術の破壊、などと様々な説があるが、どれも憶測に過ぎない。
……確実に言えることは、彼らに狙われたが最後、生き延びられる者はほぼいないということだ。
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「村の者も必死に抵抗したが、傷一つ付けられずに皆……」
そう言ってグリフォンは視線を落とす。
おそらく村のグリフォンは全滅したのだろう、彼女の心中を察するとどう言葉をかけていいか分からない。
「でも、皆の抵抗があったから、えーと……グリフォン?は助かったのかもしれないにゃ。……もしよかったら、ここでミィやゴローと一緒に暮らさないかにゃ?」
俺が言葉を詰まらせているとミィがグリフォンに提案をする。
そうだな、彼女はきっと皆のおかげで助かったんだ。できれば生き抜いて欲しい。
「……ありがとう、ミィ。そして自己紹介をせずにすまなかった、私の名前はリーフと言う」
「ミィの言う通り、良ければ一緒に暮らさないか?家には空き部屋もあるし、食糧もある。畑や川もあるし、森があるから獲物にも事欠かさないぞ」
リーフは少しの間沈黙し、口を開いた。
「そうだな……行く当てもないし、ゴローとミィさえよければお願いしたい。」
「じゃあ決まりにゃ!」
ミィがリーフに抱き着く。
人が増えて賑やかになるのが楽しみなのだろう。
リーフも羽でミィを包み込み、受け入れている。
見ていると姉妹のようだ。……もちろん、リーフが姉の。
「じゃあまずは腹ごしらえだな!リーフも焼肉を食べるか?」
「焼肉……それは初めて聞くな。ではありがたく頂くとしよう」
その後、リーフも加えて3人での焼肉パーティーになった。
少しだけ気持ちが和らいだのか、話始めたころは暗かったリーフの表情が少し和らいでいたのが印象的だった。
焼肉を終えたあとはミィとリーフで温泉に入ってもらい、その間にリーフの部屋の準備をする。
倒れていた時に運び込んだ部屋を、そのままリーフの部屋として使ってもらうことにした。
彼女の身体だと羽や爪が邪魔だろうから、後日家具はリーフ用に改造しようと思う。
そうこうしている内に2人が戻って来て、俺は代わりに温泉に入って一息つくことにした。
しかしこの短期間に3人家族か……でも、にぎやかになっていいかなと思いながら、夜は更けていく。
こうして、ちょっと慌ただしい一日が終わったのだった。