30.東の森で
『ふふ、まさかこうして一緒に旅ができるなんてね』
そうウォータードラゴンのティアマトが言う。
「アタシもまさかというかなんというか……ゴローと会ってから驚くことばっかり」
「ドラゴンと旅をするなんて聞いたことないにゃあ……」
ワーウルフのフィーリアとワーキャットのミィの言う通り、ドラゴンと旅をするなんて普通は経験できないことだろう。
なぜこうなったかというと、ティアマトが番になったから自分も一緒に旅に行きたいとねだったからだ。
確かに千年以上もの永い間、ずっと独りでいたから誰かと一緒にいたいと思うのも自然なことだ。
もし俺がそんな状況に置かれていたら……きっと同じように一緒にいたいと願うだろうしな。
しかしそのままの姿では一緒に旅をすることはできない。
ドラゴンがその辺を歩いているなんて、傍から見れば災害が歩いているのと同義だからだ。
だから、俺はウインドドラゴンのゼファーに頼んで、小さくなる魔法をティアマトに教えてもらった。
ティアマトはゼファーと同じくドラゴンだから飲み込みが早く、半日も経たずに習得して旅に同行できるようになったのだ。
……ちなみにその様子を見ていたアースドラゴンのクロノスもその魔法を習得したのに気づいたのは、クロノスが縮んでいるのを見てからなのだが、それはまた別の話。
とにかく、ティアマトも旅に同行できるようになったので、彼女はとても上機嫌だ。
「ちぢんだティアマトおねーちゃん、かわいいよね!」
「そうですネ、私もそう思いまス」
ゴーレムのレムに肩車をしてもらっている土の精霊の分体のスーが無邪気に言う。
ドラゴン相手にかわいいとか、普通だと畏れ多すぎて言えないんだろうけど、スーが言うと微笑ましく感じるな。
「それでゴロー、次はどこへ向かうんだ?」
「ああ、引き続き東に向かおうと思う。まだ見ない亜人に会えるといいんだけどね」
こんな状況でもしっかりと目標を確認してくれるグリフォンのリーフ。
この家族のまとめ役的な存在になっている。
「ひ、東だったら……もしかしたらドリアードがいるかもしれません」
「そういえばボクも聞いたことがあるね。森の奥にドリアードが棲んでるとか……」
アルラウネのルゥとフェアリーのアネット、二人とも同じ情報を持っていたということは信憑性は高そうだ。
「それじゃあ森の奥に進んでみようか。もし会えたら仲良くなれるといいんだけど……」
「ドリアードは成長に良質な水が欠かせないと聞きます。わたしくやゴローさんのスキルで水を生み出せば、仲良くなれるかもしれませんね」
ウンディーネのティーネと俺が持つスキル【水の生成】。
これは質や量を調整でき、ドリアードが求める良質な水も創り出せるだろう。
「よし、それなら手土産ができたようなものだな。ありがとうティーネ」
「ふふ、ゴローさんの夢のためなら、わたくしはどこまでも付き従いますよ」
こうして俺たちは東の森の奥へと進むことを決めたのだった。
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『ゴローのスキルや魔法って便利ねぇ……』
「ぱぱのまほう、すごいよね!」
夜営のために【岩石生成】で家を建て、食料を植物が早く育つ魔法で補充する。
それを初めて見たティアマトは関心を持ったようだ。
『その調子で水魔法でも便利な魔法を創ってみたらどうかしら?』
「そうか、そういえば水魔法の創造ができるようになったのか……ちょっと考えてみよう」
水魔法で便利な効果か……自動的に水が湧き出る魔法があれば、ティーネの元いた場所に施しておけば、ティーネが仕事から解放されて自由になれるかな……?
などと考えていたところ……。
「た、大変にゃーっ!」
「ご、ゴロー! 早く来て!」
夜目が効くため狩りに出ていたミィとフィーリアが大慌てで戻ってくる。
一体何事かと家を出ると、その原因がすぐに分かった。
「森が……燃えてる……!?」
もう日が暮れて辺りは暗い。
そのはずなのに煌々と赤い光が森の奥で揺らめいていた。
「このままじゃ森の動物たちにまで危険が……早く消さないと! ティーネ、リーフ!」
「分かりました!」
「ああ、すぐに飛行できるようにする!」
俺は【浮遊】スキルでティーネを飛行させつつ、自分もリーフの飛行魔法で飛んで上空を……。
『待って、私もいくわ』
「ティアマトも……それなら心強いよ、ありがとう。……それじゃ行こう!」
俺たちは森の上空へと飛び出し、状況を確認する。
「かなり広範囲まで燃え広がってるな……よし、それじゃ分担しよう」
『それなら私は火の勢いが強いところを担当するわ』
「わたくしはその周りを!」
「それじゃあ俺は二人の補助だ。森の動物たちに負担を与えないように、できるだけ雨のように降らせよう」
俺とティーネは【水の生成】で造りだした大量の水を分割して森に放ち、ティアマトは上空に雨雲を造りだして雨を降らせる。
最初は燃え盛っていた森も、徐々に火の勢いは弱くなっていき、次第に鎮火していった。
「ふぅ……なんとかなったな。お疲れ様、ティーネ、ティアマト」
『お安いご用よ。ゴローのためならこれぐらいなんてことないわ』
「ええ、ゴローさんのため……です……から」
ティーネが突然身体のバランスを崩す。
「ティーネ!?」
『……魔力切れかもしれないわ、早く地上へ降りましょう』
「ああ!」
俺たちはすぐに地上に降りるとティーネを簡易ベッドに寝かしつける。
『同じ水属性だし私の魔力を分けてあげるわ。魔力切れならこれで解決するはずよ』
「ありがとうティアマト、なんてお礼を言ったらいいか……」
『ふふ、それなら今日の夕食に期待させてもらうわ。力を使ったからお腹がペコペコよ』
「ああ、それじゃ楽しみにしてて欲しい」
その後、ティーネは無事に元気を取り戻し、俺とティアマトに謝ってきた。
「あ、あの……わたくし……ごめんなさい」
「いや、俺もティーネの疲れを感知できなかった。ごめん」
「ご、ゴローさんは悪くありません。だって、わたくしがティアマトさんに負けたくなくて無理しただけですから……」
「えっ……?」
普段は柔和なティーネが対抗心を……?
『……おそらく、ティーネは私に自分の居場所を脅かされると思ってたのね』
「……そうです。だって、私のスキルも能力も……ティアマトさんの下位互換ですもの……」
『バカね……そんなことでゴローのあなたに対する気持ちが揺らぐとでも思って?』
「えっ……?」
ティーネがティアマトの方を見て驚いた表情を見せる。
『私は見た目は人間じゃないわ。だけどゴローはちゃんと私を女性の一人として見てくれてる。……それだけ優しいゴローが、能力やスキルどうこうであなたの評価を変えるような人じゃないのは分かるはずよ』
「……!」
『だから無理はしないで。私も、ティーネも同じ。ゴローの番で……家族なんだから』
「……ありがとう、ございます……」
ティーネがティアマトの胸に飛び込み、泣き崩れる。
上位存在でありながらも、同じ家族として見てくれてると分かったからだろう。
「ティアマトの言う通り、俺はみんなを平等に愛してるよ。だから今後は無理はしないで、ね?」
「はい……ごめんなさい、ゴローさん」
「うん。それじゃあちょっと遅くなったけど夕食にしようか。ミィとフィーリアが狩ってきてくれた獲物もあるし、今日はちょっと豪華にしよう」
『ふふ、楽しみね』
こうして、少しだけ事件があった一日は終わった。
でも、おかげでティーネやティアマトの距離が縮まり、ティアマトも家族の一員として溶け込んでいけたように感じられたので、良い結果と言えるだろう。




