18.ウンディーネ
ウインドドラゴンとの戦いの翌日。
いつもより早く目が覚め、少し外を散歩しようと家を出る。
『おお、起きたかゴローよ』
「あ、あれ……? ゼファー……?」
野菜の様子を見ているとウインドドラゴンのゼファーから声をかけられる。
しかし、それは昨日までのゼファーではなく……。
「ち、縮んでる……?」
昨日までは俺たちの数倍の大きさがあったはず。
それなのに今は俺たちと同じぐらいの背丈になっていたのだ。
『うむ、あの大きさだと不便でな。少しばかり小さくなる魔法を編み出した。なに、有事の際はいつでもあの大きさに戻れるから心配はない』
「そ、そんなことができるんだ……」
流石は伝説の種族というか……魔法って新しく生み出せるものなんだというか……。
「ぱぱー、おはよー! あっ、そのこだれー?」
背後からスーの声が聞こえる。
スーは元気がよく、いつも俺たちよりも早く起きて家の周りで遊んでいることが多い。
スーは俺たちに駆け寄ると、小さくなったゼファーに興味津々なようで、じーっと見つめている。
「ウインドドラゴンのゼファーだよ。小さくなれる魔法を開発したみたいだ」
「すごーい! ねえねえ、スー、ゼファーにのりたい!」
『ふふふ……よかろう。しっかり捕まるのだぞ』
「はーい!」
スーはゼファーの背中に乗り、ぎゅっと抱きつくようにして身体を固定する。
「わー! スーういてる! すごいすごーい!」
スーは初めての飛ぶ経験だからか、すごいはしゃぎようだ。
ゼファーもスーに喜ばれているからか、楽しそうな表情だ。
……そうだな、昨日までは誰かを怖がらせるような存在だったし、こうやって喜ばれるのなんて数千年ぶり……もしかしたら初めてかもしれない。
ゼファーも今後、こういった誰かに喜ばれる経験が積み重なるといいな……。
「それじゃ、俺は朝ごはんを作りに行ってきます」
「ぱぱ、スーもてつだうー!」
「ありがとう、それじゃ頼もうかな」
最近はスーもいろいろなことを覚えて、みんなの役に立とうとがんばっている。
料理自体は無理でも、配膳や食器の用意など、スーみたいなこどもでもできることは多い。
だから手伝ってもらって、自信を付けていって欲しいと思っている。
『ふむ……それでは我はしばし待つとするか……』
ゼファーは地面へと寝転がり、朝ごはんの時間までゆっくりするようだ。
それなら、と俺は木から果実を一つもぎ取り、ゼファーへと差し出す。
「それじゃ、これを食べて待っていてください」
『ほう……これは……』
今日、魔法での成長を終えたばかりのリンゴだ。
採ったばかりだからみずみずしさもあり、ゼファーも気に入ってくれるはず。
『この身体の大きさならこれぐらいがちょうど良いだろう。クク……小さくなる魔法を開発した甲斐がある……』
ああ、便利がいいってそういう……。
でも、確かにあの大きさだと食料がいくらあっても足りないからこちらとしてもありがたいことだ。
「ぱぱー、スーもリンゴほしい!」
「うん、それじゃあご飯のあとのデザートにしようね」
「うん!」
**********
こうして俺たちは朝食を終えたあと、居間でゆっくりとした時間を過ごしていた。
「ゴロー、そういえばウンディーネの件だが……」
「ああ、ちょっとお礼を言いに行こうと思っててね……ここからどれぐらいの距離がありそう?」
「そうだな……ゴローの足なら30分もかからないだろう。ただし坂が多いから体力は消耗すると思う」
「それなら身軽なミィと俺が二人で行くのがいいかな」
「ああ、それがいいと私も思う。二人だと持っていける荷物はそう多くないが……」
「大丈夫、【強化】スキルがあるし、そう苦にはならないと思う」
それにあんまり多く持っていって、もし気に入らないものなら困るだろうし、少量の方がいいと判断した。
「それでは、私はこれからゼファーの稽古を受けることにするよ」
「ああ、がんばって」
リーフは今日からゼファーの指導の下、力の使い方を教わることになった。
今はまだ全力が出せないが、いずれ鍛えられてウインドドラゴンの能力も使いこなせるようになるだろう。
さて、それじゃあミィを呼んでウンディーネの所へ向かうとしよう。
**********
「それにしてもゴローは律儀にゃー」
「俺たちの生活に欠かせない水を供給してくれているんだし、これぐらいはね」
俺たちは籠に果物を入れ、川沿いの道をひたすら上流へと歩く。
ミィと話をしながらだから、歩くことに飽きることはなく、どんどん先へと進んでいく。
「ところで……ウンディーネの子がゴローに会ったら、番になりたいと言うんじゃないかにゃー?」
「あっ……」
「ゴロー……ちょっと抜けてるにゃ……」
「まあ、その時は俺のスキルを説明してだな……」
【人間以外に好かれやすい】スキルが発覚して以降考えていたが、もし俺のことを番になりたい相手として見られた時は、このスキルをちゃんと説明してあげることに決めた。
「この世界はスキルが全てって思ってる人もいるから、問題ないと思うんだけどにゃー」
「うーん、そういうものなんだろうか……」
「……でも、そういう正直にありたいっていうゴローの優しい所がミィは好きだにゃ……」
「……ありがとう」
面と向かってそう言われるとちょっと気恥ずかしくなる。
でも、本心で言ってくれているんだろうなと思うと、ミィのことがとても愛おしくなる。
「あ、そろそろ開けた所に出そうにゃ!」
「ということはこの先に……うわぁ……」
草をかき分けて進むと、急に大きな湖が現れる。
東京ドーム○個分とはよく言うけど、本当にそれと同じかそれ以上の広さだ。
水は澄み渡っていて、中にいる魚が見えるぐらいに透明……下手すると水底が見えるぐらいなんじゃないかな。
そんな綺麗な湖の中心に、人影がある。あの子こそが……。
と、向こうを観察していると、こちらに人影が寄ってくる。
徐々に距離が近くなり、その子は水のような透き通った身体を持っているのが分かる。
「……初めまして、ゴローさんですね。わたくし、ウンディーネのティーネと申します」
「これはどうもご丁寧に……って、俺、名前言ったっけ……?」
「ふふっ、それはわたくしがご説明致します」
どうやらウンディーネは自分が生み出した水を通して、外を観察することができるらしい。
なので、俺たちが生活しているところを水を介して見聞きしていたようだ。
「わたくしの生む水を無駄なく使って頂けて、とても感謝しています。……そして、黙って観察していたことは謝罪させて頂きます」
「いや、こっちこそ君が生み出している水と知らず、勝手に使っていたんだしお互い様ってことにしよう」
「ふふ……ゴローさんはお優しいですね、普通の人は誰の生み出した水かなんて気にせず、好きなように使うだけですのに……」
「ふふーん、ゴローは自慢の人にゃ!」
俺が褒められたのが嬉しいのか、ミィが胸を張って自慢する。
「……それで、実はですね……」
ティーネが視線を落とし、もじもじしながら上目遣いでこちらを見てくる。
これはもしや……。
「俺たちを観察してたなら分かるかもしれないけど、その感情は俺のスキルのせい……」
「そうかもしれませんが、わたくしにはゴローさん以外、考えられません。わたくしたちウンディーネは、生まれた場所から動けないのですから……」
「ど、どうしてにゃ!?」
「わたくしたちは水を生みだす存在です。もしその場所を離れてしまうと、下流に水が行き渡らなくなり、木々や花々は枯れ、人々は水を使えなくなりやがて死に至ります。数日程度なら問題ないのですが、長期の不在になってしまうと影響が出るため、番を探しにいけない身体なのです」
「そんにゃ……」
……ずっと一所に留まらないといけないなんて。
俺だったら精神が持たないかもしれない。
「だから、わたくしたちには水を通して外の世界を見聞きできる能力が備わっているのです。その能力で番を探しあて、会いに行けるように」
番となる相手が水辺にいるとも限らないのに、ここに籠って外の世界を水を通して見る日々。
「……それで、わたくしは水を通してゴローさんを見つけ……胸が高鳴りました。亜人にも分け隔てなく接されているのを見て、いつかはわたくしも……と」
「……ゴロー、ミィはちょっとお花摘みに行ってくるにゃ」
ミィはそう言うと俺たちから離れ、森の中へと消えていった。
……お花摘みは方便で、お膳立てしてくれたんだろう。
「……お優しい子ですね」
「ええ……それじゃ……」
俺はティーネの水でできた冷たい身体を抱き寄せると、番の契約を交わした――。
**********
「わぁ……わたくし、初めて見る景色です……!」
数時間後。
俺とティーネはゼファーの背に乗り、空中を散歩していた。
「数日でも湖から離れられるのなら、こうすればいろんな所にいけるんじゃないかなって……ゼファー、ありがとう」
『他ならぬゴローの頼みだ。断るわけがないだろう。ただし……』
「もちろん、今後もたくさんのフルーツを育てますよ」
ゼファーの交換条件は美味しいフルーツを食べること。
どうも朝のリンゴが気に入ったらしく、もっと色々な果実を食べたいと言ってきた。
……なんか、ドラゴンって怖い存在だと思ってたけど、実はそうじゃないのかもしれない。
「ありがとうございますゴローさん、わたくし、一生の思い出に……」
「いや、これっきりじゃないよ。世界が平和になったら、まだまだ色んな場所に行こう」
「……はい!」
……この約束を果たすためにも、他の三匹のドラゴン……ファイア、ウォーター、アースの呪縛を解かないと。
そして数日後、遠征の準備が完了し、他の国へと旅立つ時が来たのだった。
 




