【タナベ・バトラーズ】皇女ともっちり
「彼が婚約者になる予定のエブロバ・オーディエンソンくんだ」
ソプラティエ帝国の第一皇女アルベニアが一人の青年を紹介されたのは、十七の誕生日を迎える頃であった。
やや暗めのミルクティーのような色をした髪を頭の両側側部で束ねたツインテールで有名なアルベニアには男性の親しい者はいない。人と関わることの多い身分ゆえ知人は少なくないが。
「婚約者? 予定? ちょっとお父様、どういうことよ」
「聞け娘よ。お前は第一皇女、結婚相手の選び方は絶対に失敗してはならない」
紹介されている青年エブロバは、餅を連想させるような肌の持ち主で、ふっくらした人物であった。極度に肥えているわけではなく、しかしながら、平均よりかはふくよか。
髪色は橙色系統の色みで二色になっている。
シャツにネクタイ、ベルト、ストライプ風なラインの走っている膝丈のズボン。上を折った靴下に、ローファー。そのすべてはグリーン系統でまとめられている。
「初めまして皇女様。エブロバといいます」
青年エブロバが丸みを帯びた片手を差し出す。
アルベニアはそれを握り返した。
「よろしく」
一応そう返すアルベニアだが、その紅い瞳には警戒心が映し出されている。
「アルベニア。せっかくだ、一度二人で話でもしてみればいい」
現皇帝でもある父親に言われたアルベニアは一瞬何か考えるかのように目を細めたが、すぐに元通りの顔つきになり、独り言のように「そうね」と口を動かした。
「庭はどうかしら」
アルベニアはほんの僅かに笑みを浮かべ、エブロバに提案する。
意外な積極性に驚いてかエブロバは戸惑ったように顔をした。
「えっ……」
「嫌なら他のところでもいいわ」
「あ、いや、嫌とかそんなことは……」
「ならそうしましょ。庭には面白いものがあるの、見せてあげる」
◆
たどり着いた庭には、数多の緑と共にハートの形のものが色々存在していた。植物を使って作ったアーチのようなもの、カラフルな置物、仕切りのような柵——その多くにハートモチーフが使われている。
「ここが庭ですか?」
辺りを見回しながら感心したように述べるエブロバ。
アルベニアの表情は若干自慢げだ。
「そうよ。別名ハート庭園とも言われてるわね」
「ハート庭園……」
「ま、アタシが勝手に名付けたんだけどね」
緑がほとんどの庭の中、二人は向かい合って立ち、視線を重ねる。
「それで、狙いは何?」
アルベニアの目つきが直前までより鋭くなる。
相手の企みを見透かそうとするような目つき。
「皇帝の血筋に近づいて何をするつもり?」
「え」
「目的があるんでしょ」
「えと……ごめんなさい。目的とかそういうのは、実は……なくてですね……」
庭の真ん中で怪訝な顔をするアルベニア。
「本当のことを言って」
「その……実は、流れのままにこういう話になってしまいました……」
エブロバが身を縮ませ申し訳なさそうな顔をしつつ言ったのを見て、アルベニアは何かを察したよう。一瞬、ほんの僅かな時間ではあるが、硬く冷たげだった表情が溶けた。が、それも束の間のことで。数秒もすればアルベニアの表情は前までのものに戻っていた。
「ご、ごめん! 本当にすみません! 軽い気持ちで!」
「ちょ……べつにそんなに謝らなくても……」
今度はアルベニアが戸惑う番だ。
「断れなくてすみません!」
「いやだから、ちょっと、落ち着いて」
「……その、本当に、申し訳ないです。嫌、ですよね……いきなり現れてこんなこと……」
すっかり小さくなってしまっているエブロバに、アルベニアは呆れ顔で「べつに責めてるわけじゃないわ。ただ質問しただけよ」と伝えていた。
「ま、貴方のその言葉が本物かどうかは後々見せてもらうわ」
「本物と理解していただけるよう頑張ります」
「それと。一つ希望があるのだけれど」
「何ですか?」
「その敬語みたいなの、やめてもらってもいいかしら」
アルベニアは口もとに笑みを浮かべる。
「普通に喋って」
「そんな……できません……!」
「いいから」
「さすがにそれは失礼です。できません」
するとアルベニアは口もとには笑みを浮かべたまま目つきを鋭くする。
「貴方に選択権はないわ」
「は、はい——って、あっ。ごめん!」
「そうね、それでいいわ」
「えっ。そ、そう? 本当に? 大丈夫?」
「これからはそうして。その方がありがたいの」
「わ、分かった。そうするよ」
この日が二人の始まりの日となった。
◆終わり◆