-5- どうしたらいいんでしょうか?
お構い無しにじーっと見られ、堪らなくなって手で隊長さんを押し返した。
「あっあの! ちょっと近いです!」
「お、女?!」
声を聞き、驚きの声を上げる隊長さんは、押し返す私の手をガシッと捕らえて表情を変えた。その瞳には心配の色が見えた。
「きゃっ!」
「す、すまないっ」
驚いたのは突然手を捕まれた私も一緒で、思わず悲鳴を上げてしまった。申し訳なさそうに、隊長さんは手を離してくれる。
少しだけ距離を置いてくれた隊長さんは、ワタワタと落ち着かない様子で私を見ていた。
「その、あ、どこか、どこか怪我はしていないか?」
「隊長、少しは落ち着いてください」
「でもだな、フランク」
怖かった姿から一変、あたふたする隊長さんは少し可笑しかった。
「ぷっ!」
押さえようとした笑いは、我慢しきれずに漏れてしまった。
「あ……、いや、これは……」
「すみません、私は大丈夫です。怪我もしていませんし、落ち着いています」
「そ、そうか。良かった。間に合わなかったのではないかと、心配だったんだ」
「……ん? 隊長さんは、私があそこにいたのを知っていたんですか?」
「ああ、声が聞こえてきたんだ。だから慌てて飛び出した」
「声?」
「精霊の声だ」
精霊の……声……。
「時々、気まぐれに聞こえてくる声が、あの場に人がいると教えてくれたんだ」
「まさか、女の子だとは思わなかったけどね~」
「今は魔物が頻繁に発生する時期だ、急いで向かったんだが、本当に間に合って良かった」
魔物……。
「こんな森の奥に女の子があんな格好して、本当に色々と危ないよ? なんであんなとこにいたの?」
「……へ?」
自分の常識外の話しに、頭が追い付かなかった。
「気がついたら、あそこに……」
「え? ワケ有り?」
「よく、分かりません……」
その場にいる全員に沈黙が流れた。だって、本当にわからないんだもん……。ここに来た理由も、何でこうなったのかも……。
呆然とする私に、隊長さんは優しく声をかけてくれた。
「大丈夫か? フランクもそんなに矢継ぎ早に質問するな」
すがるように隊長さんを見上げ、
「私、どうしたらいいんでしょうか?」
今の私には、そんな言葉しか出てこなかった。
結局その日はもう遅いと言うことで、休むことになった。気がついた時の部屋に戻ると、綺麗に整えられていた寝台に驚いたけど、色々と有りすぎて、考えることを放棄した私は、倒れ込むように眠りについたのだった。
ーーコンコン。
扉を叩く音がして、段々と意識が浮上する。
「アリス? 起きてる?」
聞き覚えの無い声がして、まだ夢の中なのかともう一度意識を手放そうとして、ハッと思いとどまり慌てて起き上がる。
「あっ! 起きました!」
「寝てたとこごめんね、朝ごはんが終わっちゃいそうだから、呼びに来たんだけど」
今起きたのがバレて、恥ずかしくなる。
「ごめんなさい! すぐ出ます!」
「そんなに急がなくてもいいよ」
大急ぎで身支度を整える。相変わらずボサボサの髪の毛は、なんとか手櫛で整えて丸めてお団子にした。そして、色々と思うことはあるが、扉を開けて部屋の外に出る。
「お待たせしました」
「ん、じゃあ行こうか」
昨日と同様、リュカに案内されて食堂に向かう。途中誰とも会わなかったが、ここには人があんまりいないんだろうか? 昨日より明るくなった建物内は、石で出来てるみたいでなんだかゲームの中にいるみたいだった。
凄いなぁ、映画でしか見たこと無い建物だぁ。
感心しながら見ていると隣を歩いていたリュカが、覗き込んでくる。
「良く眠れた?」
「はい、とても……」
寝坊しちゃうくらいに……。
「良かった」
リュカの表情がパッと明るくなる。昨日も思ったけど、明るいところで見ると更に可愛いな。笑顔が可愛い男子は癒しだ。
「そういえば、あまり人がいませんけど、ここは人が少ないんですか?」
「そんなこと無いよ? 昨日は夜中だったし、今はもう討伐に出ちゃった人が多いからいないけど、ここには40人くらいいるかな」
「討伐……」
「昨日隊長も言ってたけど、今魔物が頻繁に出る時期だからね。僕たち魔物討伐部隊が定期的にここに来て数を減らすんだ」
「魔物討伐部隊って……」
「ん? 聞いたこと無い? 結構有名なんだけどなぁ。隣国との戦争が終わってから、それまで兼務していた騎士団の中から、魔物だけを相手にする部隊が再編成されたんだ。それが魔物討伐部隊ね」
「へ、へぇー……」
なんだか、ここに来てから語彙力が貧しくなった気がする……。話しベタじゃないし、良くしゃべる方だったけど、知らないことが多すぎて言葉が出てこなかった。
「そんなに前の話しじゃなくて、出来たのもここ4.5年の間なんだけどね」
戦争が終わって、魔物がいて、精霊がいて、日本人がいない。うん。よし。――あれ? 私普通に話してる?
食堂は昨日と同じで誰もいなかった。みんな魔物を倒しにいってるのかな?
「リュカ、さんは、その、いかなくてもいいんですか?」
「僕は、隊長にアリスに付いててくれって言われてるからね」
「そうなんですね、なんかすみません」
「気にしなくてもいいよ、アリスの保護も仕事の一部だからさ」
「仕事の?」
「そう、たまに森の奥まで来ちゃった人とかの保護も、仕事の一部。だから、気にしない!」
「はいっ」
ビシッと人差し指を顔の前に出されて、驚きながら返事をした。
「さぁ、食べよう!」
昨日と同様にリュカがカウンターに食事を取りに行く。すると、今日はカウンターからぬっと男の人が顔を出してきた。
「おっ、嬢ちゃん、良く眠れたか?」
カウンターに肘を掛け出てきた人は、スキンヘッドに綺麗に整えられた髭が印象的で、今にも破れるんじゃないかと思うほど、パツパツなTシャツを着た筋肉ムキムキのマッチョマンだった。
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