-4- 異世界のスープは美味しい
赤茶色だったブラウスがどんどん薄くなり、水が濁っていく。一度水を替えて、もう一度薬剤を入れて今度はニットとスカートも洗った。ブラウスの下に着ていたTシャツのおかげで、下着までは汚れなかったのは本当に助かった。付属のリボンと使った布も洗って、すっかり綺麗になった洗濯物を、干場に吊るさせてもらった。
と、ここで気になるのは、中途半端に洗った髪の毛だ。
水は冷たくなかったから、ここで洗っちゃってもいいよね?
桶に水を入れ、結んであった髪の毛をほどいて、頭を桶に突っ込んだ。さっきは室内だったから、そんなことは出来なかったけど、ここは外だし遠慮なく洗える。洋服を濡らさないようにだけ気を付けて、ジャバジャバと髪の毛の汚れを落としていった。
ようやく満足とまではいかないけど、納得のいくまで髪の毛を洗うと、先に干してあった布を拝借して髪の毛を拭いた。
「リュック捨てなきゃ、シャンプー入ってたのになぁ」
私が通う学校は私立で、施設は充実していた。部活終わりにシャワーも使えたのだ。持ち物に着替えや﹙もちろん下着も﹚スキンケア用品とか、シャンプーセットなんかも入っていた。
バシバシの髪の毛と格闘しながらなんとか纏めていると、扉からリュカが戻ってきた。
「終わった? スープしかないけど、温めてもらったから食堂までいこうか」
聞いた途端にグーっとお腹がなった。体は正直である。部活かえりに帰ったらご飯だったのだ。お腹が空いていても不思議じゃない。
「やだっ、これは、そのっ……」
私は片方の手でお腹を押さえ、もう片方の手で顔を覆った。
「ぷぷっ、あ、ごめっ、くっ」
押さえきれない笑い声が謝罪と一緒に聞こえてきた。ますます恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「笑ってごめんね、でもお腹が空いてるって良いことだよ? 運ばれて来た時が酷かったから心配してたけど、大丈夫かな?」
「あー、はい。たぶん、大丈夫だと、思います……」
自分でも驚くけど、そこまで悲観はしてなかった。物凄く怖かったし、物凄く気持ち悪かったけど、幸いにも生きている。なんだか優しい男の子にも助けてもらってるし、食べ物も貰えるらしい。ここが何処だか分からないけど、衣食住はなんとかなりそう? みたいな?
順応力は高い方だと思う。悲観もするけど、いつまでもウジウジ悩んでるのは好きじゃない。やれること、出来ることを探して前に進む方が良いと思う。
私はまだ少し笑っているリュカを、指の隙間から見ながら、そう思ったのだった。
食堂は、さっき降りてきた階段を通りすぎて、まっすぐ行った突き当たりを右に曲がった所にあった。いまいちこの建物の構造がわからない。後で教えて貰えるかな?
「すみませーん、さっき話してた子なんだけど、スープ貰っても良いですかー?」
「おお、暖めといたからそこ座って貰いな」
「ありがとうございますっ」
食堂に入り、リュカがカウンターになってた調理場に声をかけると、置くから重量感のある声が聞こえてきた。
「そこ座って待ってて、貰ってくるから」
「あ、私が取りに……」
言い終わらないうちにリュカがカウンターに走っていってしまった。
すぐに戻ってきたリュカの手には、木の器とスプーンがあり、器からは湯気が出ていた。
私はゴクリと唾を飲み込む。凄くいい匂いが鼻先をくすぐった。
「ここのスープすっごく美味しいんだよ! 僕も貰って来ちゃおっ」
私の分のスープをテーフルに置くと、リュカはまたカウンターに走っていってしまった。
「美味しそう……」
おずおずとスプーンを手に取り、スープを掬う。澄んだスープにはお肉と野菜が程よく入っていた。
スープを一口飲み込むと、フワッと野菜とお肉の旨味が口いっぱいに広がった。
暖かいスープに、緊張していた体もほぐされていく感じがした。
続いてお肉も掬って口に入れた。なんのお肉だろう? 良く煮込まれていて少し噛んだだけでホロホロと口の中で溶けていく。脂の甘味とお肉の旨味が合わさって、幸せな気分になる。
「美味しい……」
うっとりとスープを堪能していると、後ろの方からガチャガチャと金属の音が聞こえてきて、私はビクッと体を震わせた。
気を失う前に聞いた金属音と重なり、一気にあの光景がフラッシュバックして、思わずスプーンを落としてしまった。
「アリス? どうしたの?」
リュカがスプーンを落とした音を聞き、カウンターから不思議そうに聞いてくる。
すぐに私の元へ来て、スプーンを拾ってくれた。そうしている間にも金属音はさらに近づいてきて、食堂の入り口付近で止まった。
「リュカ、あの娘はどうした?!」
「あ、隊長! フランクさんも! お帰りなさい!」
リュカの嬉しそうな声とは真逆の、少し怒気を纏う声に聞き覚えがあった。あの時ぶつかった人だ! そぉーっと後ろを振り向こうとしたけど、リュカの背中で相手が見えなかった。
「部屋に行ったら居なかった!」
「隊長、そんなに焦らなくても」
「フランクも見ていただろう、あんな状態だったんだぞ!」
「あのー、隊長……」
慌てる隊長さんに、リュカが申し訳なさそうに話し掛けた。
「リュカ、どう言う事か説明しろ!」
「すみませんっ!」
反射的に謝るリュカが、綺麗に90度に腰を折ると、塞がれていた視界が良好になり、眉間にシワを寄せて怒る隊長さんが見え、驚いた。
リュカも異世界っぽいけど、この人も凄い。銀色の髪の毛は、少し癖があるのかちょこちょこと跳ねていたけど、無造作ヘアみたいでカッコいい。鼻筋は通っていて、目の色はオレンジだった。
なんで怒ってるんだろう、ちょっと怖い……
「あ、あの……」
「なんだ?! ……ん? 見ない顔だな?」
探しているのはたぶん私だと思うんだけど、お前誰だ? みたいな顔されても、こっちが困るんだけど……。
隊長さんは、さらに眉間にシワを寄せて、ズンズンと近づいてきた。
ぐいーっと顔が近づいてきて、思わず体を引く。
ち、近い! や、ヤバい! めっちゃイケメンだった! が、近すぎる!!
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