炎刀・雷刀
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「良く逃げなかったわね」
放課後を知らせる予鈴よりも早く、その凛とし芯の通った声は、闘技場内にて響いた。
「逃げるも何も、逃げれるはずがないだろ」
別にプライドが傷ついただとか、負けられない理由が鼓舞し、背中を押しただとか。んな、主人公じみた事が生じた訳では無い。ただ物理的に逃げられなかっただけである。クラウルスと名乗る自称先生……許すまじ。
「そう。まあ逃げていたとしても、私は貴方を捕まえていたけれど」
吹き付ける風でスカートや髪が踊る中、鋭さをもった言葉が鼓膜をさす。
「一つ良いか?君は何でそこまで俺に絡む」
「それは私が答えて良いものじゃないわ。気が付きなさい、自分で」
気がつくって──皆目見当もつかないんだが。つきたくもないんだが。
「おーお、集まっとるな」
「集まるも何も、なんなんですか?この観客わ」
観客席はほぼ空席がないほど埋め尽くされていた。
「そら君達の戦いを見に来たんとちゃう?」
いや、違う。きっと彼等は目の前で毅然と立つマイリ目的だ。彼女の戦法や戦術、癖等などサンプルを手に入れたいに違いない。誰しもが打倒マイリを目標に掲げていると考えるのが妥当。飛んだかませ犬だよ、まったく。
「まあええか。試合形式は模擬戦とする。武器は模擬刀を使用。ほんまもんは危険がいっぱいやさかい。ええな?」
「私は構わないわ」
「俺も構わない」
「先に武器が大破。あるいは、負傷や敗北宣言で勝敗を決める。では、お二人さん」
マイリは二本の刀を受け取り、俺は一本の刀を受け取った。久々に持った武器のズッシリとした質量が手を通して体に伝わる。もう二度と手に取らないと決めたのにな。
やれやれだ。
「では……初め!」
号令がかかった刹那、マイリはすかさず屈む。
「先手はいかせてもらうわ」
踏み込むと同時に起こった陥没音が鼓膜に警鐘を鳴らす。もはや反応速度が追いついていないことを理解し、後ろへ迷わず下がった。
あんな目にも止まらない速度の攻撃、くらえるはずがねぇ。固唾も飲み込む暇もないマイリの迷いのない特攻。後ろへ下がりながらも、相手の気配に気を配る。
体を掠める風や観客の喧騒、先生の視線。様々な気配を除外し最後に残るマイリの洗礼されながらも、顰められた燻る闘志。
──左か。
何も見えない左へ刀を向け守りへ転じる。
「ほう?一撃を防ぐか」
「偶然……なっ!」
にしてもすごい力だ。二刀を用いて体重を乗せているとは言え──彼女の体躯は決して逞しくはない。男である俺ならばいとも簡単に持ち上げる事ができてしまう程度の体型。
なのに、ズルズルと後ろへと押すほどの力。そして、押し返すことが出来ないまでの押さえ付ける力。相手の力の入れ所をすぐ様に把握し、部位的に力を込めているのだろう。抜くとこは抜き、込める所は込める──と言った所か。
これならば、長期鍔迫り合いになっても体力がもつ。
このたった一撃で理解した。彼女は物凄い鍛錬をしてきたのだろう。毎日毎日怠ること無く勤勉に努めてきたにちがいない。なによりも、瞳がそれを物語っている。
「偶然で躱せるほど、私の一撃は安くない」
「そりゃ凄い自信だ」
しかし自信があるのも頷けるし、これが慢心でないのも分かってしまう。なぜなら──彼女は属性を使っていない。俺と同じ土台で戦っている。
「減らず口を叩くか。余裕のようだな?ライル」
「余裕?いやいや、いくら何でも買いかぶりすぎなんだけどな。もう降参したい気分だ」
「その口ぶりが余裕だといっているんだ!!」
「グッ!?」
弾き飛ばすだけの余力すら残っていたのかよ。化け物とはよく言ったものだ。
どうにか空中で体制を立て直し、地に着くなり、転がりながらも被害を最小限に抑えることに成功した。だが、手足は痺れるし、所々熱くて痛い。こりゃあ、結構な血が出てそうだ。
本当にもう、災難でしかない。
口の中に広がる土の味を吐き捨て、ヨタヨタと立ち上がれば距離を詰める事無く、マイリは悠然と立っていた。こちらの行動を待つまで余裕があるってことだろうな。
「休憩している暇はないわよ」
再び駆け、振り下ろされる木刀。どうにか刀を使い、力を逃し続ける。どれだけの時間が経ったか。耳に残る木刀と木刀がぶつかり合いなる鈍い音。
「容赦なさすぎだろ……」
息は上がり、肩を上下させつつ、先に立つマイリを見れば彼女は、刀を斜に構えて唇を動かした。
「肩慣らしはお終い。貴方も目が慣れてきた頃でしょ?」
「肩慣らし?ははっ、そらご親切にどうも」
あれで肩慣らしとか、いや本当にどうかしてるって。
「では、いくわよ。炎刀・雷刀──」
右の刀は深紅に染まり空気を燃やし、左の刀は放電し、稲妻がバチバチと音を鳴らしながら這う。
無属性相手に二属性使うかね普通。
「防がねば、重症は免れない。さあ防いでみろ、ライル!!」
重症は免れないって、模擬戦じゃねーのかよ。クラウルス先生も薄ら笑顔を浮かべてるだけだしよ。
柄を強く握り中段に構える最中、マイリは稲妻を纏った刀を地に刺す。
木刀を硬い地面に突き刺せるとか、頭がいかれてるとしか思えない。
「雷刀──弍の型・雷人」
「なっ!?雷を自分の体に纏った!?だと……ッ」
黒い髪は逆立ち、濃密度の放電はチリチリと甲高い音を轟かせる。
「──シッ」
稲光を残し視界から消えた。しかも先程のように気配も感じる事が出来ない。一体何処から攻撃が放たれるのかまったく予想がつかない。
右か左か。後ろか前か。はたまた、真上か真下か。呼吸を正しながら、目を動かし細心の注意を払う。それだけでも精神は削がれ、頭は痛みを伴った。
「後ろか!?」
後方をすぐ様見やれば、突きの構えをしているマイリ。すかさず後方へ下がり、間合いから抜け出す。咄嗟の判断だが、間違いはない。今できる最善の対策であり──良かった。どうにか攻撃を躱す事に成功。
「だが遅い。炎刀──壱の型・衝」
刹那、切先から放たれた赤黒い焔は一直線に襲いかかる。間近で見たそれはさながら大蛇の如く畝り、牙を剥く。可視化された殺意は生きた心地を燃やし尽くしていた。
『生きろ。大切な我が子よ。生きて生き続けて手に入れるんだ──』
為す術もなく呑み込まれる瞬間脳裏を過ぎったのは、遠い記憶だった。懐かしく暖かく──そして苦しい記憶。
嫌なものを思い出しちまったじゃねーか。だがそうだ。俺は死ぬわけにいかない。それが約束であり恩返し。
肩の力を抜き、口の端から細い息を漏らす。
間近へと迫った焔を眼前に捉え、迸る熱気を肌で感じつつ言葉を紡いだ。
「無名一刀──我流の型・羅刹」