3章 共産主義者
「竹島は伝統的にも歴史的にも日本固有の領土。メディアは『島根県竹島』ではなく、『日本領竹島』と表記すべきだ」
せましは史実の発信を繰り返すだけで、相変わらず、嫌韓やネトウヨのレッテルを貼られた。しかし、せましは別に韓国が嫌いで意地悪を言っている訳ではないのだ。せましは韓国が嫌いなわけではない。むしろ、せましは韓国料理が大好きだった。
せましはグルメ動画で韓国料理を紹介する動画も撮った。せましが特に好きだったのはハットクとキムチである。せましはハットクの動画を何本も公開した。
また、せましはキムチ料理の動画も紹介した。
「簡単な10秒クッキングです!納豆にキムチを混ぜるだけ!キムチと納豆は合うんですよ!納豆が苦手な韓国人にもおすすめな食べ方です!キムチ納豆が体に良い事は科学的にも証明されています!」
日本人には馴染深いキムチ納豆だが、納豆が嫌いな韓国人からはバッシングを浴びた。しかし、キムチ納豆が体に良いのは医学的にも間違っていない真実なのだ。せましはバッシングには怯まず、慰安婦問題やキムチ納豆について真実を発信し続けた。
「史料に基づかない河野談話は取り消すべきです。第二次世界大戦にも慰安婦はいた。ただ強制連行がなかっただけ。慰安婦自体はベトナム戦争にも朝鮮戦争にもいた事だ」
しかし、韓国文化を紹介しても、日本のマスコミはネトウヨのレッテル張りを辞めなかった。また、韓国のマスコミは慰安婦や竹島について史料に基づいた史実を主張するせましについてネトウヨや極右のレッテルをはった。
せましは、これにも反論した。
「僕のペンネームは『日本のスターリン』!この名前からも分かる通り、僕は共産主義者だ。共産主義者のネトウヨや共産主義者の極右なんて聞いた事がない。僕は、民主的な共産主義・人間の顔をした共産主義を掲げている。僕は人間の顔をした共産主義者だ。民主主義や君主制を否定せず、宗教の自由も認める人間的な共産主義だ」
この発言に、ネットの保守派の人間は困惑した。これも計算の内だ。
「日本には買弁的でない左翼がいない。だから僕が買弁的でない共産主義者になる必要があった。また、日本には軍国主義者ではない右翼も少ない。だから僕は平和主義者の国士だ。僕は共産主義者の国士だ!経済優先の反軍主義かつ買弁的ではない共産主義。それが日本のスターリンだ」
共産主義に反感を持つ共産主義アレルギーの人たちからは大顰蹙を買い、炎上状態になった。アメリカではひそかに共産主義ブームが起きているが、日本では共産主義という言葉に抵抗がある人が多いのである。
「僕が掲げるのは君主制は支持し、宗教・信仰の自由は保障する共産主義経済だ。共産主義の無神論や宗教弾圧や君主制否定は間違った主張であり、共産主義が世界的に受け入れられなかった敗因である。君主制は支持し、宗教や信仰の自由は妨げない。それが世界に求められる共産主義です。共産主義は経済構想という意味では間違った思想ではない。共産主義で間違っていたのは無神論と君主制の否定だけです。僕が目指しているのは正しくは共産主義経済です( ゜ぺ )」
それでも炎上は止まらず、保守派の大部が指示者離れした。しかし、せましは臆さず、真実を主張した。
「資本主義が経済競争で共産主義に勝ってはいますが、資本主義の勝利は力による勝利であって、正理公道による勝利ではありません。正理公道上は間違っているのに、実力至上主義という資本主義の力にねじ伏せられたのが今の共産主義です。共産主義経済の問題点は共産主義経済にあるのではありません。自分(たち)だけ儲かればいいという、人間の利己的・自己中心的な意識・考えに問題があったのです。 その利己的・自己中心的な意識・考えを断つことができれば、弱者救済の真の共産主義経済を遂行する事ができるでしょう。動物社会は弱肉強食社会です。ですが、人間社会は弱者救済社会です。そこがアニマルとヒューマンの決定的な違いです。弱者と平等に価値を分け合えるのは人間だけができる人道です。儲ける才能のある強者が努力を怠らない事で、儲けられない愚鈍な弱者に手を差し伸べるのです。強者が弱者を救う。それが共産主義経済の本質です。資本主義の本質は弱者の切り捨て。愚鈍な弱者は落ちこぼれるのが資本主義です。僕も愚鈍な弱者なので分かります( ゜ぺ )優れた強者も愚鈍な弱者も平等に価値や権利を分かち合える、そんな社会を実現できるのが共産主義経済なのです!」
せっかく集まった指示者は離れていったかに思えた…。しかし、新たな指示者が押しかけて来た。それは弱腰外交・土下座外交に嫌気がさしていた革新層からの指示者である。また、資本主義に行詰まりを感じていたリベラル層の一部からの指示も得る事ができた。
去る者が居れば寄る者も居るのである。まさに捨てる神あれば拾う神ありである。こうして保守層に偏りがちだった指示層は、リベラルや左派からの指示者も取り付ける事に成功した。
しかし、「日本のスターリン」という言葉に疑問や疑念を持つ者もいた。それまでは過激な発言ばかりが悪目立ちし、ハンドルネームにまで疑問を抱くものは少なかったのだが、実は共産主義者だとカミングアウトした事で、このスターリンという名前に注目が集まったのだ。
日本でのスターリンのイメージは悪く、左翼にすら批判されているのがスターリンなのだ。左翼系テロ組織内でスターリン的だとレッテルを貼られた者の処刑やリンチが行われていたのもそのせいである。
せましはその疑問にも答えた。
「スターリンはロシアの英雄ですよ?スターリンはロシア出身ではないんですが…、それでも当時ロシアを統治していたソビエトの最高指導者だったんです。そのためスターリンはロシアでは英雄視されています」
しかし、それでもスターリンというハンドルネームに疑問や疑念を抱くものは後を絶たなかった。ロシアでは英雄でも日本ではイメージが悪いせいである。
しかたがないのであまり言いたくなかった本音を零した。スターリンを名乗った真意である。
「スターリンは第二次世界大戦で勝利を収めた優れた指導者です。スターリンは第二次世界大戦であのドイツ相手に大勝を齎した人物です。また、終戦間際、日本に対しても勝利を収める事に成功しました。スターリンは時代を読み切った偉人です。こういう言い方をするとロシア人には怒られそうなのであまり言いたくはなかったのですが、スターリンはずる賢い人物です。終戦間際に日本に宣戦したのはそのずる賢さがなした業でしょう。おかげでソビエトは日本に対し勝利を治め、領土を得る事ができました。ずる賢さが成した賜物です。そのずる賢さは見習うべきところがあると思います。ズルイだけの人間は嫌われますが、ずる賢い人間は嫌われもしますが、逆に好かれもするのです。『憎まれっ子世にはばかる』ってやつですよ。ズルイだけの人間は嫌われます。ズルイだけの人間は結果的に自分の首を絞める事になります。しかし、ずる賢い人間は違う。上手く立ち回り、大勢に嫌われる一方で、またべつの大勢に好かれる。アンチが多いのと同時に高い人気も得ている。それがずる賢い人間と言うものです。『少年よ、少女よ、ずる賢くなれ。しかし、ずるいだけの人間にはなる事無かれ』日本人に必要なのはずる賢さですよ。日本が必要としているのはずる賢い政治家です( ゜ぺ )」
せましは言葉通り、大勢に嫌われながらも、大勢から指示者を集めていった。
せましは共産主義者をカミンググアウトしながらも、韓国に対して史実を主張し続けたせいか、韓国メディアにまだ極右のレッテルを貼られていた。
せましは韓国メディアに反論した。
「史実を主張する事は極右ではない。韓国に都合の悪い真実を発信する事は極右ではない。極右の共産主義者など聞いた事がない。僕はただ史実を発信しているだけだ。日本の左派メディアや韓国メディアは韓国に都合の悪い史実を主張すると右翼や極右のレッテル貼ってきた。そうした悪者のレッテルを貼るで、主張している内容までも悪い事であるかのように印象操作している。悪者のレッテルを貼る事で、主張している内容まで腐した気になっている。それは、まともに議論しようとすると反論できない事の裏返しだ。まともに主張の内容に反論できないから、悪者のレッテルを貼って人格攻撃に走る。人格攻撃しなきゃ非難できない。自分は反論できませんと吹聴して回っているのと一緒だ。韓国や日本のマスコミは正理公道を無視し、相手を言い負かすことに血眼になっている。まさに現代のソフィストだ。相手を言い負かす事だけを考えているから、正理公道を無視した人格攻撃に走るのだ( ゜ぺ )」
さらにせましは自身の偏向報道批判をバッシングする日本のメディアにも反論した。
「偏向的な報道は憲法の保障する国民の知る権利に抵触する可能性が極めて高い。国民の知る権利を守るためには偏向的な報道は断固として許してはならない。僕は各社報道機関の自社の既得利益を守るための保身主義的バッシングによる言論封殺には屈しない。偏向報道への批判意見をバッシングするのは、そのメディアが偏向報道しているからに他ならない。偏向報道していなければ偏向報道批判に動じる必要は無い。偏向報道批判に対するバッシングは偏向報道を肯定するものである( ゜ぺ )」
さらにせましは、新聞労連が、原発「吉田調書」の誤報に特別賞を授与した事を上げ、新聞の誤報の美化も糾弾した。
「虚報を美化・正当化しているパパラッチにはあきれ果てる限りだ。日本の新聞には反省と言う文字も自浄作用という言葉もない。虚報に賞を送るなど前代未聞・言語道断だ。日本のパパラッチ達の虚報に対する責任・罪の重さの認知度の低さが露呈している悪い例だ。叩くためなら嘘の報道をしても構わないとでも言っているかのようだ。パパラッチは批判ありきの報道姿勢が虚報を招き、世間から顰蹙を買う羽目になっているという事実を真摯に受け止めるべきだ。日本のパパラッチ達はジャーナリズムを名乗るのは自粛すべきだ。嘘の情報で正しい情報を隠蔽し、国民の知る権利を侵害するパパラッチにジャーナリズムを名乗る資格はない。新聞に求められているのは信頼性を演出しようとする不断の努力ではなく、真実のみを正確に公表し続けるという単純明快な事である( ゜ぺ )」
せましは日本のマスコミをパパラッチと呼び糾弾した。
「『日本にジャーナリズムはない』日本にいる自称ジャーナリストはただのパパラッチごっこだ!」
①日本のメディアにジャーナリズムは存在しない!
②日本のメディアに社会正義は存在しない!
③日本のメディアに自浄作用は存在しない!
④日本に存在するのはメディアクラシーである!
「以上、4つの常識を国民の皆様にはしっかり肝に銘じて居て頂きたいです( ゜ぺ )」
せましの正論は止まらなかった。
「国民の知る権利は民主主義の根幹だが、事実と異なるものが報道されたら国民の判断も誤ってしまい、民主主義の根幹が揺らぎます!」
一時減ったフォワーの数は1100万を突破した。日本のスターリン復活!
こうして日々正論を発信しながら、いよいよ選挙に臨むのであった。
「1人は皆の為に、皆は皆の為に!」
次回「選挙」




