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危険な天使 ⑧

「《|вучно блокирање《音 遮断》》……」


 宿へと戻った俺は部屋に結界を張る。

 これからは、少し慎重に事を構えなければ行けない。


「《добро утро(おはよう)》……」


「う、う~ん。はぁ~よく寝たぁ。あ、お兄ちゃん!用事は終わったん?」


 必死な俺を前に呑気なものだ。

 俺はとんでもない厄介な者を拾ってしまったかもしれないと"気が気で無い"と言うのに。


「うん。その事なんだけど、ラーちゃん。兄ちゃんの話をちゃんと聞いてくれるか?実はね、兄ちゃんはラーちゃんがエルフだと思ってたんだ。だけど違うんだね。ラーちゃん。お前は一体何者なんだ?」


「エルフ?エルフって何や?」


 幼女は頭の上に『?』が浮かんで見えそうな程にキョトンとしていた。

 とてもシラを切っているようには見えない。


「ほら、町で見ただろう?水色の髪をした細身でスラっとした、ラーちゃんに似た綺麗な人達だよ」


「えぇ~!あれは『人間』やろ!一緒にせんといて!ウチは『人間』なんかじゃないで!」


「いや、あれは人間では無いよ?あれは『エルフ』っていう種族なんだ。他にも動物みたいな人達や、背の低いドワーフの人達も居ただろう?人間ってのはお兄ちゃんみたいな人達の事だよ」


 厳密には違うが、俺は見た目はどこからどう見ても日本人だ。

 嘘はついて無いと思う。


「ん~違いがわからん。全部人間に見える。けど、違うんや…… ほんならあの人達は怖くないん?」


「うん。怖くない。勿論中には怖い人達も居るかもしれないけど、ラーちゃんが怖がっている程、怖い人達ばかりじゃないよ」


「そうなんや…… せやけど、お兄ちゃんは『人間』じゃないのに『人間』みたいなん?『人間 』っての何なん?わからへんわ……」


 まるで謎かけ問答のようである。

 どうやらラーちゃんの中では自分や動物、モンスター以外の生命体、つまり二本の足で立つ知性のある者全てが『人間』と判断しているようなのだ。

 それがラーちゃんの定義で言う『人間』だと言うならば、彼女は一体どんな世界で暮らしていたと言うのか?

 モンスターや動物に囲まれて生きていたとでも言うのか?

 それでは両親はモンスターだという事になってしまうでは無いか。

 いくらラーちゃんが正体不明の生物だとしても、彼女がモンスターでは無い事は見ればわかる。


 5歳児の子供に種族の違いを説明するのがこんなにも大変だとは思いもしなかった。


「ん~。どうやって説明すればいいのか、人間ってのはお兄ちゃんみたいに、普通の体型で…… いや、ラーちゃん?ちょっと待って……」


 今、幼女は何と言った……?


「なんや?」


 額に汗がしたたる。

 今思えば、これは俺がエルフだと勘違いした事から始まった事だが、俺はラーと最初っから"話が噛み合っていない"ような気がした。

 何かがおかしいのだ。

 こんなにも人間嫌いのラーちゃんが、何故俺には心を許しているのか?

 今のラーちゃんは、命を救ったり肉を与えた。という事だけでは説明がつかない程に俺に懐いているのだ。


 俺は過去の『記録』を辿った。

 落ち着い考えさえすれば、多数の不可解な点がいくつも見えてくる。

 確かにラーちゃんは自身の事を一度も『エルフ』等と言っていないし、それに……


「もしかして…… 所で、ラーちゃんは兄ちゃんの事を何だと思ってるの?」


「お兄ちゃんは『人間』ちゅうやろ?初めて見た時はめっちゃ怖かったんやけど、話してみると優しいし、ご飯くれたしもう今は怖くないで!大好きや!」


「……」


 怖くない。

 そうかそうか…… それは良かった……

 等という言葉で済ませられる事では無い。

 汗が滴る。


 いつから?

 最初から?


(人間にバレたら……)

(人間は怖い……)


 過去の『記録』を辿ると、確かにラーちゃんは俺の事を人間扱いしていなかったような風に受け取れなくも、無い……


 俺の擬態は100%の物では無いことは理解出来ている。

 だが、見た目から判断するなど、ましてやこんな幼女にバレる程甘い物では無い筈なのだ。

 マテラやスザリオにも一発で見抜かれていたようだが、一体俺のどこがおかしいと言うのか?

 ヤマシーナでもバレなかったと言うのに、この子にはマテラ並の何かとんでもない"洞察力"や"嗅覚"があるとでも言うのか?


「兄ちゃん?大丈夫?もう兄ちゃんの事は怖くないから……」


 苦悶の表情で考えこんでいる俺の顔を、心配したラーちゃんが覗き込んでくる。

 ラーちゃんには俺を畏れる表情など無い。

 純粋な気持ちで心配してくれているようだ。


「あ、いや。ごめんごめん。それより、兄ちゃん最初、そんなに怖かった?怖く、見えた….…?」


「うん……ごめんな。兄ちゃんみたいな化け物は初めて見たから怖くて怖くておしっこ漏れたわ。内緒やで。えへへ……」


「あ。化け物……そうなんだ……へぇ……」


(サァ~)

 血の気が引いていく音が聞こえる。

 まあ、俺が化け物だと知った上で、ラーは俺を大好きだと言ってくれている。

 だから大丈夫と言えば大丈夫だ。

 バレるのももはや初めての事では無い。

 だが、やはり動揺は隠しきれず、俺は次に続く言葉を紡ぐ事が出来なかった。


「兄ちゃん怒った?ごめんやで」


「い、いや怒って無いよ。それより、兄ちゃんってどの辺が人間と違ってるの?」


「なんやろう。ウチにもよく分からへんけど、なんか全然違う」


 う~む。解決にならない。

 そう言えばマテラ達にも具体的に何が違うのかはハッキリとは聞いていなかった。

 それさえ分かればより完璧に擬態する事が出来るのだが……


「わからへん。って、何か一つぐらい無いのかい?」


「ん~。人間はなんか熱いけど、中は冷たい感じ。兄ちゃんは何にも無い空っぽに見えるけど、奥の方は凄く暖かい感じ。かな…… 最初は怖かったけど、兄ちゃんに助けて貰ってホンマに助かったわ!ママに会えへんくても、もう全然寂し無いで!」


「うわっ!」


 ラーちゃんが俺に無造作に飛び付いてきたのを、傷付けないように、なるべくなるべく優しく受け止めた。

 小さく柔らかく軽い幼子の温もりを感じる。


 ラーの説明は全く理解出来なかったが、

 俺の正体を知っていながらも一緒に居てくれる小さな相棒が出来た事は少しだけ嬉しかった。のかもしれない。


 だが、図書館や町の人に聞けばラーちゃんの故郷など簡単に分かる筈…… と楽観視していた事が途端に大変な任務に思えてきた。


 子供の世話などした事も無いただの変態高校生だった俺に、ラーちゃんの故郷を探し出す事など出来るのであろうか……



「まあ、少し驚いちゃったけど、兄ちゃんの事は取り敢えず良いとしよう。それより、ラーちゃんは一体何者なんだ?」







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