危険な天使 ⑥
突然のアクシデントはあったが、予定通り帝国へと向かう事にする。
『エルフの里』探しがどれだけ大変なのかはわからないが、エルフはそう珍しい物では無い。
ヤマシーナでも見掛けたのだから、平和となり世界中の国家と友好関係を築いている帝国にも間違いなくエルフ達は居るだろう。
二人を探す事を後回しにしなくても、情報を探す過程でエルフの情報もきっと目に入るだろう。
又は、その逆も充分に有りうる。
なんだったら二人が人間の町を避けてエルフの里にいる可能性だって。
「と、言う訳だ。まずは帝国の図書館で情報を集める事にする」
「うん。わかった……」
そんな訳で俺達は帝国へと向かって歩いていたのだが、ラーに元気が無い。
帝国に近付くにつれ、口数もめっきり少なくなっていた。
飯を食ってからはあんなに元気だったのに、一体どうしたのだろうか。
「ラーちゃん?どうした?もしかして、ママ居なくて寂しくなっちゃったのか?」
「ん。お兄ちゃん、そんなんちゃうねん……」
「じゃあ一体どうしたんだよ?あっ!またお腹が減ったのなら……」
「そんなんちゃうわ!ウチは怖いねん。今から人間の町へ行くんやろ?人間は怖いわ……」
「あ……」
無理も無い。
ラーは人間に誘拐されてこんな所にいるのだ。
人間に恐怖心を持ってしまうのも仕方が無い事だった。
ましてやこんな小さな子供、恐怖の対象が人間全てになるのもおかしくは無い。
なんだったら、この身もかつてはずっと人間を恐れていた。
今ではすっかり変わってしまったが……
「人間はウチらを見付けたら食べるって父ちゃんが言うてた。だから絶対喋ったり着いて行ったらあかんって……」
「はぁ……!?」
いやいや……
いくら何でもそんな事は無いと思う。
別の意味で幼女に危険はあったかも知れないが。
ラーの親は一体どんな事を子供に吹き込んでいるのだ。
エルフの親としての教育方針なのだろうが、いくら何でも度が過ぎた教育方針だと思った。
戦時中に戦地で食物がなくなった飢餓状態の兵士達ならともかく、この平和な世界でそんな事がある訳が無い。
「安心しろ。そんな人間は滅多に……いや多分一人も居ないし、もしそんな奴が居たら兄ちゃんが守ってやるから……」
「そんなん言うても怖いんやもん。しゃあないやんか…… あっ」
ラーは再びローブを深く被り、俺の後ろへと隠れてしまった。
話してる間に帝国へと到着してしまったのだ。
視線の先には、門番が俺達を見付けてこちらの方を監視している。
というか、笑顔で『ようこそ!帝国へ!』なんて感じで手を振っていた。
「分かった分かった。じゃあそのまま兄ちゃんの後ろに隠れてろ」
コクッ。と無言でラーが頷く。
訛って大食いだがこんな所は非常に可愛らしい。
あの人達の何が怖いのか全く理解出来なかったが、怖いと言うのだから仕方がない。
実の妹が散歩中の小さな子犬に怯えていた時のような心境なのだろうか?
「やあ、今日もいい天気だな。冒険者か?どこから来たんだ?」
「こんにちは。妹とヤマシーナから来ました。入国出来ますか?」
カイラさんからは特別な入国審査等は必要無いと言われている。
今は平和な世界なので他国間の紛争等は存在しないのだ。
ラーはフードを深く被っておりピンクの髪も角も見えない。
妹と偽ってもバレる事は無いだろう。
「勿論さ。小さい妹連れてヤマシーナからの旅だったらさぞ疲れただろう。帝国でゆっくり疲れを癒してくれ」
見た目はゴツくてイカついおっさんだったが、非常に優しい声で俺達を通してくれた。
門番とはいえ、彼等の役割は人間を選別する為では無く、モンスターの襲撃を防いでいるだけなのだ。
「おっ!可愛い嬢さん。さぁほら、これをお食べ……」
門番がラーにスッと手を差し出した。
手には子供が喜びそうな飴の様なおやつが握られていた。
「ひっ……!!」
ラーが逃げるように俺を盾に門番の手から逃げる。
「す、すいません!ちょっと妹は人見知りが激しいもので!」
こんなに好意的な人でもダメなのか……
エルフって種族の"種族見知り"に驚き呆れてしまう。
ヤマシーナのエルフ達は普通に見えたのだが、ラーが子供だからだろうか。
「あっはっは!嫌われちゃったなぁ。気にするな。小さな子ってそんなもんさ!特に俺は子供には怖がられるタイプだからな!」
門番は出した手を寂しそうに引っ込めた。
口では気にするなと言ってくれたが、その表情には僅かに寂しさが見えた。
この人、いい人だな……
「本当にすいません。ほら!お前も謝って!じゃあ失礼します!」
「ああ!良い旅を!」
ラーの震えは既に尋常では無かった。
とても直ぐに改善しそうにも無い。
門番に挨拶を済ませ足早に門を通り抜ける。
「おおお……」
立派な外壁に覆われたその中は、流石に王の治める王都と感じさせる程に壮大で煌びやかさを誇っていた。
あれほど人の活気に溢れて俺を感動させたヤマシーナと比べても比較にならない程に発展している。
町の人達は笑顔と活気に満ち溢れており、王の治世がとても素晴らしいものだと言う事が理解出来る。
ゼジャータから何年経っているのかは分からないが、あの荒野と怪物しか存在しなかったあの地獄のような世界が、これ程までに様変わりしてこれ程までに素晴らしい世界になっているとは……
人間という種族の凄さに俺は素直に興奮し、感動してしまった。
「兄ちゃん……」
「あっすまん!思わず興奮してしまって!なっ全然人間って怖く無かっただろ?門番さんも飴をくれようとしてたじゃないか?」
興奮して怯えきっていたラーの事を一瞬でも忘れてしまっていた事を詫びる。
と言うより門番に何の危険性も感じなかったので、どうにかする気も無かったのだが。
「はぁ。怖かったぁ。あの汚い手で首を捻じ切られるんかと思ったわ。多分さっきの飴には毒が入ってたんやと思う。やっぱり人間は怖いわ……」
「捻じ切るってお前……一体人間を何だと……」
確かに、俺とて人間全てが善人とは思ってもいない。
ただ、それは人間に限った事では無く、人間だろうがエルフだろうが、獣人だろうが同じ事なのだ。
それはあの凶暴な黒竜にだって……
だがここまで行くと、まるで呪いの様なラーの恐怖心を簡単には拭えそうにも無い気がした。
ひとまず一般的な人間の無害性を説くのは諦めて、先へと進もう……




