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危険な天使 ④

 今も腕の中でスヤスヤと眠る少女が、再び目覚めた時にこの凄惨な現場をもう二度と見せたくない。

 俺は眠る少女を抱きながらこの場所から離れる事にした。

 少女の持ち物は多分衣服だけだし、何か他の手がかりになるような物も見付からない。

 人買い達の遺品や僅かな金品に手を付ける程困ってもいないし、これ以上何かの情報を得られるとは思えない。

 もし何か大切な物があるのなら明日にでも俺一人で戻れば良いだろう。


 完全に眠ってしまった少女を起こさない様に静かに移動する。

 死体を貪る獣に起こされるのも癪なので、ここからある程度の距離を取る事にした。


「ここまで来ればもう大丈夫だろう。日が登るまで、俺も少し寝るか……」


 見晴らしの良い高台へと移動する。

 襲われた所で俺の結界を越えて来るような強力なモンスターがこの世界にいる気配は無いが、出来ればゆっくりと眠らせてやりたかった。

 ストレージから出した柔らかな寝具にそっと少女を置き、俺も横になる。

 まるで小動物の様な少女を小脇に抱えながら、目を閉じた。

 マテラの抱かれ枕の代わりと言う訳では無いが、この抱き枕も最高に心地よい。

 俺は変態だが、ノーマルの変態なので、マテラの様にドキドキして興奮する事も無く、少女の温もりは純粋な安らぎを俺に与えてくれた。


「ん?何だこれ?ゴツゴツするな……」


 抱き締めた少女の頭部に不思議な違和感を感じた。

 頭のつむじの当たりに少女に似つかわしくない"硬質的"な感触を感じたのだ。


「なんだろう?骨のようだけど……」


 柔らかな頭髪の隙間から、小さなコブの様な突起物が飛び出ている。

 骨?角?

 いや"角"というよりかはやはり"コブ"の様な形状をしている。

 襲われた際に出来たタンコブかと思い《治癒魔法》をかけてみるが、全く変化は無い。

 どうやら生来の物らしい。


「エルフの特徴なんだろうか……」


 エルフの頭頂部をまじまじと観察した事など無かった俺は、特に気にすることも無く再び瞳を閉じた。


「ふぅ~。明日はいよいよ帝国だな……」


 柔らかな少女の温もりが孤独を紛らわしてくれる。

 これなら一人で寝るよりも100万倍心地よい眠りにつくことが出来そうだ。

 気付かない内に、俺はすっかり寂しがり屋になってしまったようだ。


「はぁ……」


 大きな溜息が漏れる。

 色々あって今日は疲れた。

 この身に肉体的な疲労は存在しなくても、やはり精神的には大変な一日だった。

 更に、一日の最後にこんな厄介事を抱え込んでしまったのだ。


「まあ、可愛いし心地良いから良いか……」


 "子供の世話"という慣れない事に戸惑いながらも、少女の柔らかな寝息に誘われ、俺の意識も次第に途切れていく……



 ✩.*˚



「ん……?」


 俺の身体を何かが激しく揺すっている。

 みればそれは幼く愛らしい天使だった。

 なんだここは?天国か?


「ああ……そうか……」


 寝惚けた頭で昨夜に起こった出来事を思い出す。

 残念か幸運か、まだここはバビロディアの荒野だ。

 少女も一晩経って落ち着きを取り戻したようで、俺に対する警戒心もすっかり取れたようだ。


「おはよう。よく眠れたか?」


「うん。ありがと……」


「どういたしまして」


 笑顔こそ無いものの、一応は会話が成立する程までには回復したようだ。


「ママは……?」


「う~ん。お前のお母さんはなぁ……」


 どうするべきか……

 わかっているだけの現状を伝えた所で、この幼子が理解出来るとも思えないし、それを伝えるには余りにも酷過ぎる。

 寝起きの寝惚けた頭に、いきなりとんでもない試練が舞い込んで来てしまった。


「ねぇ。ママは?」


「うん。お前はちょっとお母さんとはぐれちゃったみたいだな。だけど大丈夫。お兄さんが必ずお母さんを探して上げるから……」


「う……」


 最大限に配慮した俺の答えに、再び少女の瞳に涙が溢れる。

 大声で喚かないのは、自分でも少しは状況が理解出来ていたのだろう。


「大丈夫大丈夫。お兄さんが必ずお母さんを見付けてやるからな……」


「うぅ……」


 全く、なんで俺がこんな目に……

 だが、必死で涙を堪える少女が堪らなく不憫だった。

 まだ五歳ぐらいの幼子だろうに、こんなにも辛い思いをしながら必死で泣くのを我慢しているのだ。

 堪らずに少女を力強く抱き寄せた。

 少女も力強く俺を抱き締め返してきた。


「安心しろ。約束する。こう見えてもお兄さんは結構強いんだ。もう怖い事は無いからな……」


「うん……ぐすっ……」


「よしよし。お前は偉いな……」


 辛いだろうに、懸命に耐える少女が愛おしくて頭を撫でた。


「やっ!」


「ぇ!?ご、ごめん」


 突然少女に手をはたかれてしまう。


「え…… ナデナデは嫌なの?」


「ツノ触ったらやっ!」


「え……それ、ツノだったの?」


「ツノ触ったらアカンの!!」


 あんなに可愛らしかった少女が顔を真っ赤にしながら怒っていた。

 漫画だったらまるで湯気が出ていそうな程にプックリと膨れている。

 そして、激しく訛っている。

 エルフがこんなに訛っているのは衝撃だったが、それよりもまさかあんな小さなコブがツノだとは思いもしなかった。

 エルフとは思っていたのは違う種族だった事に驚く。


「ごめんってば……」


「ん……」


 ツノを触ってはいけないと言う事を知らなかった事を少女に激しく猛省し、何とか怒りを収めてもらう。


「ごめん。もう二度と触らないからね。所でお前はなんて言う名前なんだ?なんて呼べば良い?俺の名前は……」


 自分が記憶喪失だという設定をすっかり忘れていた事に気付く。

 だけど、流石にこのままの設定を貫き通すのも無理があるし、俺も面倒くさくなってきた感はある。


「そうだな…… 俺の名前は『イロリ』。イロリ・スメラだ。お前はなんていう名前なんだ?」


 咄嗟に思い付いた偽名だったが、我ながらよく出来た名前だと思った。

 この世界にも違和感無く馴染むし、『スメラ』という『スメーラ』に似たワードが何処かで二人の耳に入れば、俺の存在に気付いて向こうから尋ねて来てくれるかもしれないからだ。


「ウチは、ラテマ。けどみんなはラ~ちゃんって呼ぶで……」


「分かったラ~ちゃん。宜しくな。苗字は無いのかい?苗字ってわかる?お母さんと同じ名前のやつ。お兄ちゃんの『スメラ』みたいな……」


「ママが教えたらアカンって言うてた……」


「あ……そう……」


 少しだけ微妙な空気が流れてしまったが、確かマテラもそうだった。

 この世界では苗字を明かさない種族が多いのかもしれない。

 言っちゃダメと言われているのに無理に聞き出す事も無いだろう。


 しかし、ラテマ……

 偶然にも俺の求める人と逆に読むだけの名前に少しばかりの運命を感じた。


 きっとこれは二人に会えるのが近付いているのだ!

 ただの偶然に期待を胸に膨らませる俺であった。










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