危険な天使 ②
目の前には俺を驚嘆させたヤマシーナが霞んで見えてしまう程に巨大で荘厳な都市があった。
あれが【バビロディア帝国】に間違いないだろう。
このままゆっくりと歩き続けていても、数十分もあれば到着してしまう距離まで来てしまった。
しかし、勢い余って飛ばし過ぎてしまったのでまだ夜の闇は深いままだ。
厳重な警戒が施されているであろう王都に、こんな夜更けに尋ねて行っても通してもらえるのだろうか。
仮に門を通してもらったとしても、宿も簡単には見付からないかもしれない。
今夜は諦めて、この辺で夜を明かしてから日の出と共に向かう事にする。
「危険なモンスターはいなそうだけど、念の為に結界を張っておくか……」
簡易的な結界を張り、ストレージから道具を出す。
本気で野営する訳では無いので最小限に。
「後は、楽しみにしていたコイツ達だ」
予め沢山仕入れておいた食料を取り出して次々に口に入れていく。
ここでは人目に付くことも無いので、食べたいだけ食べて満たされていく。
「うん。最近マテラの料理に慣れていたから、少し物足りないけど、けっこうこの世界のモンスター達も美味いな。素材だけの味ならゼジャータの怪物達より美味しいのかも……」
《魔法調理》しなければスジっぽくてまるでゴムのようだった怪物肉に比べれば、焼くだけでそれなりに食えるモンスター肉は遥かに上質に思えた。
一体このモンスターがどんな形状だったのかはわからないが、考えると食欲が落ちてしまいそうなので、なるべく考え無いようにする。
「ん?今の音は……」
そこそこ美味しいモンスター肉の味わいを楽しんでいると、遠くの方で魔力の乱れと共に、人間の悲鳴の様な物が聞こえた。
冒険者達がモンスターと交戦でもしているのだろうか?
木々が邪魔をしてここからは視認は出来ないが、音から判断するに距離は数kmぐらいの距離だ。
どうしようか?助けるべきか……
見ず知らずの冒険者の事など知った事ではないが、聞こえてしまったその物音がどうしても耳から離れない。
俺ならば、一瞬で到達出来る距離だった。
折角の食事タイムを邪魔された事に苛立ちながら、俺はその方向から聞こえてくる戦闘の奏をから注意が逸らせなかった。
ムシャムシャ….…
なるべく無視しようとしても一度気になったあの戦闘音や悲鳴が耳にこびり付くように離れない。
自分の異常に良い聴覚を恨む。
「子供!?の声!」
頭にあった迷いは即座に消えた。
肉を放り投げて一目散に声のした方向へと向かう。
冒険者がモンスターに襲われ命を落とすのは自己責任だ。
どんな理由であれ、他の生き物を殺す覚悟があるのならば殺される覚悟も持つべきだと思っている。
この異世界において、人間は絶対的な捕食者などでは無い。
自分の都合で他の生き物を狩るのなら、狩られて命を落とす事もまた運命だと思っている。
目の前で起こった出来事ならいざ知らず、見ず知らずの人を救って回る程の大層な正義感など俺は持っていない。
例え俺が、人間の味方だとしても。
しかし、子供は……
力や心の未熟な子供を見過ごす訳には行かなかった。
子供に罪や覚悟など無いのだ。
大人の都合に巻き込まれた子供を見過ごす訳にはいかないのだ。
《黒》を纏い全速力で音の元へと急ぐ。
まるで疾風の様に走り抜け、あっという間に悲鳴の元へと到達する。
「させるか!」
全速力で走ってきた俺は、すぐに目の前にいる狼の様な、それとも熊のような、よく分からない獣型のモンスターの頭部を蹴り飛ばした。
モンスターが勢いよく数メートルも弾け飛んでいく。
モンスターの襲っていた先には、やはり女の子が震えていた。
何とか間に合ったようだ。
「大丈夫か?もう大丈夫だ」
子供の身体からは、既にいくつかの裂傷や打撲の痕があり、生々しく血を流していた。
子供はガチガチと激しく震えながら息を潜めており、恐怖の余り助けに来た俺の事まで目に入っていないようだった。
「こっちは遅かったか……」
周囲には無惨にも引き裂かれて殺された人間の死骸が複数体転がっている。
腹部や四肢には食われてしまったような欠損があった。
痛々しく、見ていて気持ちの良いものでは無かったが、少女がこうならなくて良かったと安堵する。
まあ、俺なら助けられたかもしれないのだが……
『グルルル……』
モンスターが起き上がり、俺へと威嚇する。
周りには仲間のモンスター等はいないようだ。
どうやら、たった一匹でこれだけの冒険者達を殺したらしい。
俺の相手では無いが、もしかしたらクイーン並に危険なモンスターなのかもしれない。
「もうそれだけ食ったら充分だろう?もうどっかへ行ってしまえ。このまま引き下がるならば命だけは見逃してやる」
この獣の様なモンスターに言葉が通じるとも思えないが、何となく声をかけた。
こんなモンスターを殺してしまう事など簡単だが、俺は偽善者だ。
いくら人間を食ったモンスターとはいえども、今は腹も減っていないし、俺を襲ってこないのならば、無理に殺す必要は無いと思っていた。
それに、そんな事よりも今も怯えて震えている子供の事の方が心配だったのだ。
『グァアア!』
「無理か……」
やはり、モンスターに俺の言葉が通じる筈も無く、激しく咆哮しながら俺へ襲いかかって来た。
モンスターの開かれた口からは先程の殺された人間達の肉塊が除き見えており、こいつはもはや人間の味を覚えてしまっている事が分かる。
こいつには、俺が獲物を横取りする敵に見えているのだろう。
恐らくこいつも強力なモンスターの一種なのだとは思うが、それでも今の俺の敵では無かった。
隙だらけの首に手刀を走らせる。
断末魔を上げさせる隙も無く、一撃で首を斬り飛ばすと、噴水の様に血を撒き散らして倒れ込んだ。
モンスターと言えども首が飛べば死ぬのは地球の生物と 変わりない。
「もうこれで大丈夫だ。お前を襲うモンスターはもう死んだ。だから落ち着いて……」
傷だらけだが、可愛らしい女の子供。
人間では無いようで正確にはわからないが、恐らく10歳にも満たぬ子供だ。
あまり得意では無い《回復魔法》で痛々しくて見ていられない傷を癒していく。
「あ……あ……」
傷が癒え、やっと女の子も落ち着きを取り戻す事が出来たのか、目には涙を浮かべていた。
ボロボロだった衣服も《修復魔法》で治していく。
衣服はどうやら人間の着るような物ではなく、何やら民族衣装の様な衣服だった。
そして、可愛らしいピンク色の髪の毛の隙間からは先の尖った耳が見えた。
「もしかして、エルフか……」
助けた女の子は、人間では無かったのだ。




