人間の町 ④
カイラさんの胸は立派だった。
大きさだけならば、あのマテラにも匹敵するほどに。
日本では滅多に目にかける事が出来ない代物だったが、これが、このサイズ感が、この世界では珍しくないとでもいうのだろうか?
確かに周りを見渡してみても、皆、俺の記憶を凌駕している。
映画などで見る海外産と比べても遜色無いどころか、超えているようにさえ見える。
ドクン……
俺の鼓動が激しくなっていた。
いつかチャンスがあるならば、俺の自慢の戦闘服コレクションを着てもらいたい……と思った。
「ゴクっ……」
生唾を垂らさないように飲み干した。
胸に開いた大きな風穴が少しだけ塞がった気がした。
右も左も分からぬこの世界で、俺は少しだけ光明を見出す事が出来ていたのだ。
これは、マテラ達に会うまでの、生きる道標になってくれるに違いない。
いやいや……。どれだけ俺は節操が無いというのだ。
マテラ達と別れてから、体感ではまだ一日すら経っていないじゃないか。
邪念を払う為に、ブンブンと頭を強く振るう。
マテラとの幸せな生活を過ごしたせいで、いつの間にか俺はすっかりおっぱい中毒になってしまっていたようだ。
おっぱいであれば『何でもいい』などという訳では、決して無いのだ。
「ちょっと!いつまでジロジロ見てるのよ!いい加減にしなさい!」
「はっ!す、すいません!ついっ!」
気持ちを入れ替えた筈だったにも関わらず、変わらず胸から一切視線を動かしていなかった自分に気付いた。
邪念は全く払えていなかったようだ。
「それよりカイラ!今日は宴だ!事務作業はこの位にして早く酒場へ行くぞ!」
「おおお!!」
「まったくもう…… 何なのよ一体……」
俺の失態がイワノス達の大歓声で掻き消された。
うまく切り抜ける事が出来たようだ。
「確かに、大収穫のようね」
今日の収穫は既に原型を留めていないとはいえ、キラーワーム二匹にクイーンワームが一匹。
クイーンに至ってはかなりの"大金星"らしい。
実際は、殆ど俺が一人で倒したようなものだったが、収穫は『キッチリ山分けする』という事で話はすんでいる。
割に合わないとイワノスに遠慮されたが、実はそうでも無いのだ。
そのお陰でこの町の冒険者システムと報奨金の仕組みを知る事が出来るし、そもそも俺からすれば対した敵でも無かった。
そんな些細な取り分よりも、まずはこの世界の仕組みや情報も得る事が必要だと思ったのだ。
何よりも、この世界に来ていきなり"知り合い"が出来た事は大きい。
それが俺にとって一番の収穫だった。
「素材部位が殆ど手に入らなかったのは残念だけど、討伐懸賞金だけで500万$にはなるわね」
カイラさんの予想に団員達がどよめいた。
中には嬉し過ぎたのか、泣いている団員までいる。
それもその筈、大体一ヶ月間の間、命を危険に晒しながら毎日狩りに出掛けたとして、普通の冒険者が手にする事の出来る懸賞金が平均すると20~30万$ぐらいらしい。
それが、たった一度の戦闘で500万$もの大金をGETしたのだ。
皆がこんなに浮かれている理由も理解出来る。
今日は贅沢な宴をやるとの事だったが、それも当然なのだろう。
確かに強敵なのだろうが、俺からすればあの程度の芋虫程度の敵で、信じられない稼ぎである。
モンスターがどのぐらいの頻度で現れる物なのかは分からなかったが、あの程度の敵を倒すだけでこんな巨額の報奨金が貰えると言うなら、当面金の苦労も無さそうだ。
それどころか俺ならば、あっという間にとてつもない金を稼げそうだった。
こんな世界で大金を稼いだ所で意味も無いが、それでも無いよりは有る方が、遥かに良いに決まってる。
「うおお!今日は呑むぞ!」
「うぉおおお!」
「みんな行くぞぉ!」
「ははは……」
とてつもないテンションのイワノス達に先頭に、俺は【竜の髭】お気に入りの酒場へと向かう事になった。
酒など全く興味は無いが、空腹は限界だった。
早く新しい世界の飯を味わってみたい。
☆。.:*・゜
古いが清潔で活気に溢れ、それなりの広さがある確かに居心地の良い酒場と食堂が合わさった様な場所【ポッスD】。
隣の声が聞こえなくなるほどの隊員達の大声と笑顔が飛び交っていた。
俺達は大いに盛り上がっていた。
ここは【竜の髭】が昔から贔屓にしている店で、良心的な値段で大量の飯を用意してくれるらしい。
この世界、バビロディアの料理はイメージで言うと地中海料理の様な感じで海産物なども豊富で大変好みだった。
味は最高でも、マテラと二人の時は恐竜みたいな怪物や獣ばかりだったので、海産物の美味さに涙が溢れてくる。
魚介類は日本食が至高と思っていたが、この香辛料を生かしたものも悪くは無い。
というより最高だった。
「酒がねぇぞ~!どんどん持ってきてくれ!」
「こっちもだ!大樽2つ追加!」
団員達は料理になど目もくれぬかのように酒を浴びるように飲んでいる。
料理が運ばれて来る前から既に大量の酒を飲んでおり、とっくに出来上がっているようだ。
そのハシャギ様たるや、とてつもないもので、皆心の底から宴を楽しんでいるように見えた。
そんなにお酒って美味しいのだろうか?
彼等のその楽しそうなハシャギっぷりは、見ているだけで俺の気持ちまでをも明るくさせてくれた。
この世界に迷い込んで早々、沈みこんでいた俺の気持ちも少しは紛れてくれた。
地球に居た時はまだ高校生だった為、酒など殆ど呑んだ事が無い。
もし大量に飲んだとしても、腐敗したものや、未知の生肉、異世界の怪物の持つ毒さえ全く効果の無かったこの俺の体質のせいなのか、アルコールなんかに酔う事など有り得なかった。
つまり、酔う楽しさも分からない。
だから彼等の様な"酒飲み"の気持ちは理解出来なかったが、あんなに楽しそうになれるなら、一度ぐらい酔うという体験をしてみたいと思った。
「おい!呑んでるか?客人!」
「いや、俺は飯を頂いています」
イワノスが巨大な酒ジョッキを持って俺の隣に腰を下ろした。
味も充分に満足だったが、大勢での食事は良い。
俺が大量に飯を食っていても目立たないからだ。
「そんな事言ってねぇで良いから呑め!」
興味は合ったが、直ぐにその機会は訪れた。
進められるがまま酒を注がれ、自分を信じてそれを一気に飲み干す。
「かっ!くわぁ!」
喉がかぁーと熱くなる。
恐らく相当強い酒だったと思われるが、やはり俺は酔うという事は出来ないようだ。
そして、やはりまだ俺には美味しいとは思えなかった。
「おぉお!やっぱ酒も強えみてぇだな!」
「う…… やっぱり酒はあんまり好きじゃ無いみたい……」
やはり俺は甘い果実ジュースやお茶があっているようだ。
あの渋い日本の緑茶が恋しくなる。
「普段はここまでハシャぐ事も無いんだがな……」
俺が酒を飲み干したのを確認すると、イワノスは騒ぐ団員達を見ながら呟いた。
明るく振舞っていても、イワノスもまだ本気では酔ってはいなかったようだ。
「そうなんですか?けど、本当に皆さん楽しそうで……」
どうやら、俺にとってはまるで危険度の無いあのワーム達との戦いも、団員達にとっては"死を覚悟させる"程の、とても厳しい物だったらしい。
結果、全員ほぼ無傷だった訳なのだが、一度は"死"を覚悟する程の戦闘から帰還したのだ。
俺は異常に丈夫だし、簡単な事では死なない。ような気がする。
勿論、マテラの様な異次元の存在が相手だとしたら簡単に死ねるだろうし、散々油断するなと言われても、あんな異常な存在に遭遇するのも中々に難しい気する。
つまり、『死』という概念が麻痺しかけているので、彼らの感覚の方が正常なのだ。
そう考えると、これ程の騒ぎになるのも少しは納得が出来た。
「ありがとうな。こうやってハシャいで美味い酒を飲めるのも、全部お前のお陰だよ。お前が誰だろうと俺達は気にしねぇ事にする」
イワノスは顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
最初の時の様な警戒心は、もう微塵も感じられなかった。
有難い。
イワノスの豪気に感謝し、少し涙腺が緩んだ。
「おめぇさえ良ければ、このままウチに居てくれても構わねぇんだが…… 皆もきっと喜ぶんじゃねぇか?」
「ありがとう。だけど……もう少し考えさせてください……」
イワノスは全く素性の知れぬ怪しい俺を"団員"に迎え入れてくれると言った。
とても有難い申し出だったが、やはり置き去りにしてしまった二人の仲間の事が心配で、今の俺にはそんな気持ちにはなれなかった。
イワノス達には悪いが、何よりもまず、俺は二人を探さなければならないと思っていた。
あれから一体どれ程の時間を超えてきたのかはわからないが、きっと随分待たせているに違いない。
《時間転移》は、俺にはたった一瞬の出来事だったとしても、二人からすれば数十年、いや下手をすると数百、数千年経っているのかも知れない。
この世界の基本的な事さえ理解出来れば、すぐにでも二人を探しに行かなければならないのだ。
「そうか。だが、俺達はいつでも大歓迎だからよ!気が変わったらいつでも言ってくれや!」
「ありがとうございます。イワノスさん……」
見ず知らずの俺に衣服を与え、居場所まで用意しようとしてくれる。
きっと俺に命を救われた事だけが、理由なのでは無いのだろう。
きっとイワノスはとても優しい人なのだ。
困ってる人を見れば助けるタイプの人なのだ。
俺は深く感謝した。
地球では"ひねくれて"いた俺はこんなに他人の優しさに触れる事は無かったからだ。
今すぐ団員になる事は出来ないが、いつか必ず恩返しをしよう。と思った。




