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滅んだ異世界で ⑥

 俺がこの世界に来てあっという間に数年が過ぎていた。

 最初の内は"日"を数えていたが、今ではもう数える事は無くなっている。

 それでも、幸いこの世界にも"季節"はあったので、何となく数年は経っている事は分かっていた。

 数年間もこの世界で過ごして居るにもかかわらず、元の世界へ戻る為の"手がかり"すら見付からない。


 このまま死ぬまでこの世界にいるのだろうか……

 流石に心が折れそうになってくる。

 いや、もう折れる寸前だ。

 本当はとっくに折れていたと言われても全然驚かない。

 そのぐらいもう、この世界に嫌気が差していた。

 考えてはならないと決めた事でも、余りにも長い月日は、嫌でもその事を頭に浮かび上がらせた。

 むしろ、日増しにその思いは強くなってくる。


 だが、挫けずに、黙々と鍛え続けた身体だけは、確実に成長していた。

 帰る方法を探す事以外に、何もやる事が無いので、ひたすら訓練を続けていたのだ。

 何の娯楽も無いこの世界では"自身の成長"だけが唯一の娯楽であったのだ。


 ガリガリで細身だった体型は、過酷な訓練や環境、怪物(小さいやつ)との戦いによって引き締められた健康的な身体へと変化していた。

 一般的なアスリートぐらいまでには鍛えられているのではないだろうか?

 腕など、かつての俺を一撃で吹っ飛ばせそうなほどに逞しくなっている。

 2倍に増やした『体重』でも、かなりの距離を走っても息切れもせずに走れるようになったし、弓や投石の技術も向上した。

 たかが"投石"と言えど《加重》で重さを増した"石の弾丸"はそれなりの破壊力を持っている。

 簡単な獲物ならば、それだけで致命傷を与えられる様になった。


 だが、どれだけ身体を鍛えても、まるで恐竜の様な巨大な怪物の前では『意味が無い』事に気付いてしまった。

 小型の怪物ならともかく、大型の怪物には弓や石など全く意味を為さない。

 俺の渾身の豪速球でも、奴らにとっては小石をぶつけられた様な物なのだろう。

 寧ろ怒らせて、追いかけ回されるだけだった。


 そして、この場所に来て数年間を過ごす内に、幾つか気付いた事があった。

 なるべく気付かないフリしていた"最悪"の事だ。


 まず、俺の他に、人間もしくは知性のある生き物は一人(匹)も居ない事。

 焚き火、足跡、住居跡から骨に至るまで、ありとあらゆる人の痕跡がまったく見付からなかった。

 どれだけ探しても、ショボイ人工物の欠片すら見つからない。

 町や村など以ての他だ。

 相当な範囲を探し続けたが、これだけの"未踏の地"など日本に、いや、"地球"に残されている訳が無い。

 だが、俺が『怪物』と呼んでいる不気味な動物はウヨウヨいる。

 巨大な恐竜の様なものから、犬ぐらいのサイズのものまで。

 こいつらは俺に危険を与えるが、同時に貴重な食料でもあった。


 食べられる物や食事の内容も、幾つか種類が増えただけで、最初の頃から殆ど変わっていない。

 野生の稲や麦など、一度も見つける事は出来なかった。

 今まで食べていた数々の食材は全て人間が"品種改良"を重ねて作った物なのだ。

 海でもあれば多少はレバートリーが増えたのだろうが、どこまで行っても目に映るのは荒野と山ばかり。

 幸いにも肉と果物の類は豊富にあるので、"飢え"だけは満たされるが、今まで食べていた【母が作ってくれた料理】と比べられるような物では無い。

 そもそも調味料も無い。

 味付けも無い肉や植物を、ただ焼いたり似たりするだけの味気無い生命活動を維持するだけの食事。

 それでも贅沢は言えななかったが、日本人である異常、せめて白米を腹いっぱい喉に詰め込んでお茶で流し込みたかった。


 そして、一番の驚きは、元々頑丈だった身体が"異常"に頑丈になっている事。

 あれから幾度となく怪物に襲われて、死んでもおかしくない様な酷い目にも会っているのだが、何とか生還出来ている。

 簡単な事ではかすり傷すら負わないし、たとえ大怪我を負ったとしても、信じられない速度で回復する。

 元々人間よりも丈夫な身体ではあったが、流石にここまで頑丈では無かった筈だ。

 この異常なまでの丈夫さと回復力は、もはや鍛えたからとか、人間とは違うとか、そういうレベルの話では無い気すらした。

 不意打ちや寝込みを襲われ、大型の怪物に噛まれようが、探索の途中にうっかり落石の下敷きになろうが、普通に生きているのだ。


 俺がもし普通の人間だったならば、死んでこの悪夢の様な世界から逃げ出す事も出来たろうに……


 考えてはいけない事まで頭に浮かぶ。


 あと、多分歳も取っていない。

 この場所に来て、確実に数年は経っている。

 なのに、自分の見た目は殆ど変わっていない。

 筋肉だけは付いているが、他は変わらない。

 いくら何でも数年間が経っているのに、思春期まっさかりの高校一年生の顔が全く変化しない事などあるだろうか?

 そんな事有り得ない。

 少なくとも身長ぐらいは伸びても良い筈だった。

 鏡が無いのでハッキリと確認出来ないが、相変わらず俺の顔は幼さの残る高校一年生のままだった。


 そして今、俺は何をしているかと言うと、相変わらず黙々とただ歩き続けていた。


 時間をかけて、改良を重ねた『小屋』の様なものはとっくの昔に放置している。

 雨風や天災を防げなくとも、少々不快なだけで、死ぬ事も無い。

 一日の大半を歩いて過ごし、腹が減ったら食べられる物を見つけて食べ、眠くなったら適当に地べたで大の字になって寝る。

 何度も何度も怪物達に寝込みを襲われたが、面倒なだけで大型の怪物以外は、もはや俺の敵では無くなっている。

 噛まれても痛い思いをするだけで死ぬ事は無い。


 ただただ黙々と、目的地も分からぬまま、心を無にしてただ歩く。


 歩く事にも完全に飽きてしまっていたが、飽きた所で他にやる事も無い。


 ならばせめて万が一にも、何か発見が有るかもしれないと、ほんの僅かな期待を込めて始めた事であったが、その事すらも忘れてしまっていた。

 もう、何かを考えたりする事も、随分少なくなっている。


 人と話したい……

 両親、家族、友達に会いたい……


 あれだけ強かったその気持ちすらも、もう随分昔に考えなくなっていた。









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