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必ず…… ③

 彼女から溢れる涙は、嘘や冗談とは思えない。

 それでもまだ、彼女の言葉を信じたくなかった。

 何故か突然そんな事を言われなきゃならないのか分からない。

 認めたくない。


「どうやらあれは……かつて私が考えた《時間転移》の為の"魔法陣"だ。完成出来なくて諦めた術式だが、恐らく"未来"で"私"が完成させたのだろう。あれは、未来から佑弥の事を救おうとしているのだ……」


「未来のマテラが!?」


「いや、魔法の練度が低い。未来の私なら、もっと上手くやれていたと思う。基本術式は私が構築したものだが、魔法の使用者は私では無いだろう……」


「じゃあ一体だれが!?」


「練度が低いとは言え、誰にでも扱えるような《魔法》では無い。だれかは分からないが、未来の私の弟子か、またはそれに近い者だろう。佑弥、どうやらここでお別れのようだ。少し寂しくなるが、何も無いこの世界で佑弥と過ごした時間は本当に楽しかったよ…… ありがとう」


「そんな……い、いや、俺はまだ行かなくていいよ!もうしばらくの間、この世界でマテラとスザリオと一緒に居るよ!」


 急過ぎる展開に、俺の心は混乱していた。

 あれほど望んでいた、帰還するチャンスが訪れているというのに、俺は二人と離れる事が嫌だったのだ。

 俺は、この世界から離れたいなどとは、全く思ってはいないのだ。

 二人と、もっとこの世界に居たい。

 まだ帰りたくない。

 やっと、自分の本心を開かせる仲間と出逢えたのだ。

 やっと、親友と呼んでもいい友達に出逢えたのだ。

 それに、俺は"未来"に帰れたとしても、マテラはどうなる?

 こちらに残して行くと言うのか?

 孤独過ぎて狂いかけていたマテラを残して行くというのか?

 それだと、また『マテラを悲しませてしまう』事になってしまう。


「何を言っているんだ!あの"魔法陣"はこの世界の私では絶対に構築出来ないんだ!こちらからは未来の正確な座標や計算式は分からない!今を逃せば、いつ帰れるか分からないんだぞ?もしかしたら、一生帰れないかもしれないんだ!」


 いつの間にか、天空の"魔法陣"は完全に完成していた様だ……

 よく見ると、足元に薄らと"魔法陣"が浮かび上がっていた。

 あの時は、黒い沼にしか見えていなかったが、魔力を見る事が出来るようになった、今の俺にならわかる。

 この"魔法陣"は、俺をこの世界に飛ばした『モノ』と同種のものだ……


「そんな事言ったって、俺はまだ帰りたくないんだ。まだ帰りたく無いんだよ!」


 元の世界ではどれだけ愛されていても、自分が人間では無い事がバレてしまうのを極端に恐れていた。

 実の家族にすら、決して心を開く事は無かったのだ。

 この世界で知り合えた二人だけが、唯一俺の正体を知っていながらも、普通に接してくれたのだ。

 初めて、閉ざされていた心を開く事が出来たのだ。

 いくら帰還出来るとはいえ、それでもやはり俺は二人と離れる事が嫌だった。


「大丈夫だよ。永遠のお別れじゃない……あれは《時間転移》の"魔法陣"だ。"未来"へ行くだけで、この世界から離れる訳じゃない。知っているだろう?私は死なないし、死ねないんだ。だから、私はどんな時代にでも必ず居る。だから、必ずまた会える……」


「そんな事言ったって!」


「大丈夫だよ。佑弥。直ぐに、また会えるんだから……」


 マテラは言葉とは裏腹に、美しい顔をぐしゃぐしゃにして泣き続けていた。

 あれほどの年月を、一人で過ごしていたのだ。

 俺と離れて、これからまた一人で生きていく事が、簡単な事では無いと解っているんだ。

 それでも俺が心置きなく旅立てるように、"嘘"を言ってくれているのだ。

 自分が再び味わうであろう孤独を、心の奥に隠してでも、俺が未来へ旅立てるように。


  身体は、もう腰の辺りまで沈み込んでいた。


 時間転移の《魔法》は俺の意思とは無関係に、身体を強制的に引きずり込んで行く。

 まだ帰りたくない……

 望まぬ強制的な帰還に、涙が止まらない。

 まだ帰りたくない……


『佑弥!私も、共に行くぞ!』


「ダメだ!お前まで来たらマテラはどうなる!?これは主としての命令だ!」


 一緒に着いてこようとするスザリオを制した。

 そもそも、スザリオがこの《魔法》で、一緒に行けるのかすらも分からない。

 それよりも、このままマテラを一人にしてしまう訳には行かない。


『ぐ……了解した……』


 スザリオの存在を心から感謝した。

 今のマテラを支える事が出来るのは、コイツだけなのだ。

 強く振舞ってはいるが、マテラだって神様じゃない。

 今思えば、初めて会った時のマテラは限界だった。

 ならば、せめてお前だけでも……


 命令なんて、偉そうな事言って悪かった。


「佑弥、どんな"姿"になっていても、必ず私は生きているから!約束だぞ!」


 もう、身体は胸元まで沈み込んでいる。


 まるで子供のように泣きじゃくるマテラが、抱きついてきた。

 柔らかなマテラの温もりを感じる。

 この温もりから、離れたくない……


 まだ帰りたくない……


「絶対に!!どんな事をしてでも!二人の元へ行くから……」


『ああ佑弥。未来で待っているからな……』


「ありがとう……マテラ。スザリオ……」


 もう、身体は首まで沈みこんでいた。


 マテラは最後の最後の瞬間まで別れを惜しんで、俺を優しく抱え続けてくれた。


『マテラの事は任せておけ!必ず待っているからな!私の"主"はお前だけなのだからな!』


 抱き締めていた腕が穴に引き剥がされていく。

 もう、顔まで沈みこんでいた。

 もう俺の声は、二人には届かない……


「約束だぞ。未来でまた会おう……大………....ゆ…………」


「……」


 二人の声も届かなくなった。

 そして、直ぐに姿も見えなくなった。

 俺の瞳に映っているのは、完全な"暗黒"の世界だけ。


「あ"あ"ぁぁぁあ"ぁ………」


 マテラの良い匂いも、マテラの泣き続ける顔も、何も感じる事は出来ない。

 残されているのは、頭の中に残っている虚像だけ……


 二人は、最後になんて言っていたのだろう?

 

 ありがとう……だったのか?

 それとも、さようなら……なのかも?


 聞く事が出来なかった二人の言葉が気になる。


 どれだけ望んでも、もう何も見えない。

 何も、聞こえない。

 何も、感じる事が出来ない。


 最後に見えたマテラの顔は、また泣いていた。

 あれほど、もう泣かさないと誓っていたのに。

 まだ俺は帰りたくなかったのに……


 見飽きる程に何度も見せてもらった笑顔だったが、決して見飽きる事が無かったその笑顔を、最後にもう一度だけ見たかった……


 記憶の中にある彼女の笑顔が眩しい。


 もう一度だけ、あの笑顔が見たかったな……

 

「………」


 意識まで、闇に飲まれていく……

 ……

 ……


 •*¨*•.¸¸☆*・゜



 役目を終えた"魔法陣"が、跡形もなく消失していく。

 俺が居なくなってしまったその場所には、まるで子供のように泣き崩れるマテラと、それを見守っている一振の刀が残されていた……






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