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滅んだ異世界で ⑤

 俺は"火"の重要性を身をもって知る事になる。

 いくら食物を見付けた所で、令和の食事に慣れてしまっている俺からすれば『生』で食える物は限られていた。

 腹を壊すぐらいで済めば良いが、それ以上の可能性も考えなくてはならない。


 サバイバルにおいて、やはり、まずは"火"なのだ。


 記憶を辿り、火の起こし方を『調べて』いく。

 俺は、一度見たり聞いたりした事を完全に記憶する事が出来る不思議な"記憶力"を持っていた。

 その能力の異質さに気付いていなかった幼い頃は、親や先生に褒め讃えられ『神童』と、もて囃されて良い気になっていた時期もあった。


 だが、一度聞いただけで"難解な記号"や"訳の分からない言語"に至るまで、何でもかんでも完全に覚えてしまう俺の事を、世間は酷く不気味がる様になってしまったのだ。

 その記憶力の良さは『瞬間映像記録能力』を遥かに超えている。


 あの時は、自分も人間だと思っていた。

 今思えば、そんな人間いる訳が無い。

 怪しまれても当然だろう。


 以来、この『力』を人前で行使する事は極力避けていたのだ。

 この『力』の事を覚えている両親の前では『そんな事出来たっけ?』とシラを切り続けていた。

 きっともう忘れている筈だ。


 それに、非常に便利な能力ではあるものの、『記憶』出来ているだけで、深い所にある記憶は探し出すのに時間がかかるし【知っている】=【出来る】訳では無い。

 公式をどれだけ知っていても、数学の難問を解くのには時間がかかるのと一緒だ。


 "摩擦熱"で火が興せる知識はあっても、簡単な道具だけで実際に火を起こす事など勿論初めての体験で、手も疲れるし、テレビで見る熟練者の様に上手く出来る筈も無く、相当に苦労した。


 数日後……


 それでも何とか俺は"火"を起こす事に成功したのだ。

 苦労の甲斐もあって"濾過"した後に"煮沸"して飲んだ綺麗な水の美味しさに感動し、味付けも何もしていない『ただ焼いただけの肉』が、ギリギリ食べられる味になっていた事を感謝した。

 ()()()()()腹一杯食べた。


 いくら俺が人間で無いとは言え、生きていく為には食物が必要だ。

 俺の身体は食事を取らなくても簡単に死ぬ事は無いみたいだが、身体は更に痩せ衰えていくし、何より"飢餓感"には耐えられなかった。

 果物=糖。肉=タンパク質+脂質。

 果物や肉には何かしらのビタミンも入っているだろうから、味はともかく、これで生きていくのに最低限の栄養素は確保出来た事になる。


 出来ればせめて、塩ぐらいは手に入れたかったが、こんな世界にそんな物がある訳が無い。

 とても美味しいとは思えない食事だったが、空腹が紛れただけで"充分"だった。


 野草の類も調べたが、記憶に該当する物は何も見付ける事が出来なかった。

 ここで見る全ての動植物は【動く図書館】である俺の知識に該当しない。


 という事は……ここはいったい何処なんだ?

 俺は家に帰れるのだろうか……?

 飢餓という問題が解決し、冷静に今の状況を見つめ直す事が出来た。

 考えれば考える程に、怖くなった。

 もしかして、ずっとこんな訳の分からない世界で生きていかないとダメなのだろうか?

 怖くなってきたので、それ以上はなるべく考えない様にした。


 だが、取り敢えず"食"の問題が解決した事によって、ほんの少しだけ気持ちに余裕が出来た事は間違いない。


 それと、地獄の様なこの世界にも、ほんの少しだけ感動する事を見付ける事も出来た。

 本当に、ほんの少しだけだが……


 それは、巨大な動植物や目を疑う程手付かずの大自然。

 太陽や星、月の配置されている位置や大きさは全く異なっているものの、"プラネタリウム"がちっぽけに見える程の"超満天の星"。

 大都会東京で暮らしていた俺にとって、遮蔽物の何も無い壮大な大地から現れる"日の出"などは、息を飲む程に美しかった。



 だが、新鮮さを感じたのもほんの束の間、この場所にも、すぐに飽きてしまった。

 飢餓の後に俺を襲ったのは、強烈な"孤独"。


 ゲームがやりたい……、いや、テレビでもいい……

 とにかく孤独を紛らわせる事が出来るなら、何でも良かった。

 あんなに大嫌いで、顔を見るのも嫌だった街の不良達でも、今なら感動してハグしてしまうかもしれない。

 なにせ、今の俺は完全な一人ボッチなのだ。

 物心がついた時には、人間に育てられ、人間として暮らしていた。

 正体は違えど、俺の心は完全に"人間"なのだ。


「ううぅ……」


 何度も涙した。

 友達や家族に会いたい……

 だけど、その願いはどれだけの夜を重ねても叶うことは無かった。



 ☆。.:*・゜



 数ヶ月後……


 どれだけ泣いても現実は厳しかった。

 相変わらず怪物以外の生き物には出会っていない。

 帰る為の方法など、全く分からない。


 まず生きていく為に生活の基盤を整える事にした。

 何ヶ月もかけて住居を作り、可能な限りの料理、衣類など、周りにある物を探して、工夫して作って…… 心が折れてやめた。


 なぜなら道具も材料も、家具や衣類までも全てが"手作り"なのだ。

 特殊な力に恵まれてるとはいえ、高校生だった俺に出来る事には限界がある。

 素人の俺が作れたのは精々、木や石を加工しただけの掘っ立て小屋や、なんちゃって家具。

 どれだけ知識が合ったとしても、電球やテレビを作るのは不可能だったし、そもそも人の写っていないテレビに意味はない。

 鉄鉱石と火が有ったとしても、それを"製鉄"する事など出来なかった。


「俺は、こんな世界で何をしていたんだ?」


 数ヶ月もの時間をかけて、やっと気付いた。

 "快適な住居"を作る事に時間をかけるぐらいだったら、少しでも捜索する時間を増やして、家に帰る道を探す事の方が大切なのだ。


 元々劣悪な環境でも死ぬ事は無い丈夫な身体を持っていたので、人間の病気にかかる事も無い。

 そもそも他の人間に会わないので、衣服などは必要最低限に、剥いで乾燥させた獣の皮を、紐で身体に縛りつけたもので充分だった。

 漫画に出てくる原始人のイメージだ。


 そして、もう一つ気付いた。

 衣服や住居に時間をかけるぐらいなら、幾度となく襲われる怪物との戦闘に役立つように、身体を鍛える事にしたのだ。

 身体を鍛えさえすれば、この世界をもっと効率的に探検する事が出来る。

 今まで行けなかった場所も、探検出来るようになるかもしれない。


「大丈夫かな?随分久しぶりだけど……」


 そして、ついに自分にかけ続けていた《減重》の力を解く事にしたのだ。


 普段から意図的に軽くしていた体重を"元に戻した"のは、小学生の時以来になる。

 こんなに痩せていると言うのに、久しぶりに味わう100%の体重はとても重く感じた。


「重っ。けど、これに慣れるしかない……」


 理由は不明だが、俺の身体は異常に燃費が悪い。

 食べる量も凄まじく、人間の普通の食事量では全く満たされる事は無かった。


 とはいえ、俺の底なしとも言える胃袋を満たす為に必要な量の食事を続けていたとしたら【炉林家】はすぐに財政破綻していただろうし、何よりもその異常な食欲ではすぐに人間では無い事がバレてしまっただろう。


 その為に俺は、幼い頃から少しでも燃費を良くしようと、自分の体重を常に《減重》して過ごしていたのだ。

『力』を使うのはそれなりに神経を使うが、背に腹はかえられなかった。

 だが、このおかげで少しは空腹を紛らわせたものの、負荷のかからなくなった身体は、徐々に筋肉が退化してゆき、この異常に痩せ細った女の子の様な貧弱な身体が出来上がってしまったのだ。


 恥ずかしかった。

 だが、日常生活に支障さえ無ければ、俺にとってソレは重要な事では無かった。

 なぜなら、本当の子かどうかも解らない俺を育ててくれた両親に、これ以上迷惑はかけられなかったのだ。

 見た目のコンプレックスを抱える事よりも、俺を大切に育ててくれた両親に金銭的苦労をかけたくなかったのだ。


 だが、それはあくまでも平和な"令和日本"だけでの話。

 怪物が蔓延しているこの危険な場所では、生きていく為に"強靭な肉体"作りが必要となった。

 その為にまずは、ガリガリで失われていた筋肉を取り戻す為に、自重に慣れる事から始めたのだ。

 強くなる事が出来れば、生存出来る確率も確実に上昇する。

 何よりも、ここでは誰にも迷惑をかけずに腹いっぱい飯が食える。


 体型を元に戻すために必要な膨大な量の食事を東京で満たす事は難しかったが、ここでなら怪物を一匹倒すだけで、満足出来る量の食材を簡単に確保する事が出来ている。


 慣れるまでは大変だが、他に出来る事も無い。

 元の世界に戻るためなら、必要な事は何でもやろうと決めた。










 

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