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黒竜王の瞳 ④

 マテラとスザリオが再度向かい合う。

 マテラの表情は暗いままだった。


『感謝する……きっと苦しまずに逝けただろう。私も覚悟は出来ている』


「うん……」


 マテラはそれしか答えなかった。


『最後に自分を殺す者が、貴方で良かったと思う……』


「マテラ……」


「……」


 マテラは何も答えない。

 俺もそれ以上の言葉が出てこない。


『早くやれ。操られていたとはいえ、全て自分のしでかした事だ……』


 スザリオが目を閉じた。

 今度こそ本当に死を覚悟したと言う事なのか。

 覚悟は出来たと言っても、怖くない訳が無い。

 俺自身、今までに散々怪物達を殺して来たと言うのに、今から行われる事が恐ろし過ぎて身体の震えが止まらない。


 今更ながら、思い知らされていた。

 "人"を殺める怖さと言うものを……


「お前にだけは、何故か『竜核』があるんだ……」


 竜核?

 突如マテラが絞り出すように"謎の言葉"を口にした。


『竜核?それは一体なんの事だ?』


「我々竜族だけが持っている筈の"魂を司る核"の事だ。本来竜族しか持ちえない筈の竜核が生まれるほど、お前には"オリジナル"の遺伝子が強く影響しているのだろう……」


 死を覚悟しているスザリオに対し、マテラは語り続けた。

 もう彼の『死』は確定していると言うのに、今更何の話をしているのか?

 どうにかする事が出来るというのだろうか?


『それが、私に有ると、一体どうだと言うのだ?』


「『竜核』に、遺伝子情報は無い。だから、お前の魂だけを"移す"事が出来るかも知れない……」


『どういう事だ?』


「言葉通りの意味だ。スカードの遺伝子が残された"肉体"は滅さねばならん。だが、遺伝子とは関係ないお前の"魂"だけなら残してやれる」


「それって、彼を救う事が出来るって事!?」


 堪らずに俺は二人の会話に割り込んでしまった。

 彼が死なずに済む方法かあるというなら、絶対に試してやりたいと思ったのだ。

 これだけ話を聞いた今なら解る。

 彼は、スザリオは、決して"絶対悪"などでは無いのだ。

 どれだけ甘いと言われようが、仲間や家族の事を憂いて涙まで流す男を、無抵抗に殺すなんて、俺には耐えられなかった。


「佑弥。救う。と言うのは少し違う。命と肉体は完全に消滅させるのだ。"魂"だけを残した所で、今までと同じという訳には行かない……」


『自我や記憶はどうなる?消えてしまうのか?』


「私も『竜核』の移植などやった事がない。どうなるか分からん。残るかもしれんし、消えてしまうかもしれん。それに命と身体を失った魂が、どのぐらい"持つ"のかも分からない。すぐに消えてしまうかもしれないし、ずっと消えないかもしれない。上手く成功して意識が残ったとしても、意識だけの世界で長い時を生きるというのは場合によっては『死』を超える辛さかもしれん……決して"救い"とは言えん」


『ふむ……』


「長い時を"生きる"と言うのは、お前が考えるよりも遥かに困難で辛いものだ。竜族の中でも耐えきれずに狂ってしまうものも少なくない。ましてや精神だけでなど……良く考えて、お前が決めるが良い……」


 死の間際に突然言い渡された最後の"選択"に、スザリオは深く考え込んでいた。

 長い時を生きてきたマテラの言葉はとても重たかった。

 決して安直な救いなどでは無い。

 不自由な状態で長い時を生きていくのは、マテラですらも狂ってしまう寸前だった。と口にしていた程なのだ。

 ましてや成功したとしても、精神が残るだけで"生きて"さえいないのだ。


『‘魂を移す‘と言うのは具体的にはどういう事だ?どこに移すのだ?』


 スザリオは慎重に言葉を選んでいた。


「魂の核である『竜核』をそのまま文字通り『移す』のだ。他の生命体に『魂』を重ねる事は出来ない。魂を持たぬ生命体以外の『物』であれば好きな所に移す事が可能だろう」


『……』


 スザリオは深く考えていた。

 自我が消えぬかも知れぬとはいえ『お前は明日から石になれ』と言われて誰が即答できるだろう?魂だけは残るとはいえ、身体が無くなってしまうのだ。


『そこの少年、私の名はスザリオという……』


 急に、スザリオが俺に話しかけてきた。

 俺の事など、視界に入っていないと思っていたので驚いてしまった。


「はい。俺は炉林佑弥と言います」


 相手は歳下の筈だが、王の風格とでも言うのか、思わず敬語を使ってしまった。


『お前は一体何者なのだ? マテラインとは全く違う存在の様だが?』


「俺はこの世界とは"異なる世界"から来た者です……」


 正直に答えた。

 正体については俺自身が何者なのか分からないので答えようが無いが、それでも、精一杯の誠意を込めた。


『それも初めて聞く単語だな。こことは"異なる"世界か……何故、先程からお前は私の生死を気にするのだ?お前に取って、私の命など何の関係も無い。どうでも良い事だろう?』


 スザリオは淡々と俺に問いかけてくる。

 だが、その眼差しは真剣そのものだった。

 俺も、真剣に応えねばならない。


「それは、貴方が他の黒竜達とは違う。と思ったからでしょうか?すみません。俺にも、何故こんな気持ちになったのか、よく分かりません……」


『良く分からないのに、危険を冒してまで私を助けようと思ったのか?私の存在はこの星の生命を滅ぼす可能性があるのだぞ?」


「はい。だけど、貴方が意味も無く他の生物を殺す様な凶悪な生物には見えなかったんです」


『当たり前だ。私は、今も昔もただ『生きて』いただけだ。生きる為や食べる事以外で、他の生物を無意味に殺した事など無い』


「はい。俺は強くなる為に、食べもしない怪物を沢山殺してきました。そんな俺に、黒竜の存在を悪く言う資格はありません。怪物達は俺を見つけると食べる為に襲ってきます。自分の命を守る為に敵を殺す事は出来ても、無抵抗の者を殺す事は今の俺には出来ません。自分勝手な都合の良い意見に聞こえるかもしれません。ですが、たとえそれが、この星の為だと理解していても、やはり、今の俺には出来ません……」


「佑弥……」


 マテラが泣きそうな顔で俺を見ていた。

 マテラは多分、俺に恐れられる事を心配しているのだ。

 無慈悲な鬼となって、知恵のある生物を大量に虐殺する自分を、俺に恐れられないかと心配しているのだ。


「マテラ、分かっている」


 だが昔も今も、直接その虐殺を目にした後でも、俺の答えは決まっている。


「マテラ…… マテラの事を悪く言っている訳では無いんだ。それだけは分かって欲しい。マテラがどれだけ辛い思いをしながら、黒竜達を殺していたのかだって、もちろん知っている。ずっとマテラの事を見ていた。それがこの星の為だって事もよく分かっている。マテラのやってきた事は、本来ならばこの星の者がやらなければいけない事だ。俺だってスカードのやっている事は絶対に許す事など出来ない。ただ、それでも俺は無抵抗の人間を殺す事なんか出来ないんだ……マテラも、本当はそうなんだろう? それを今後産まれてくるみんなの為に、心を鬼にしてまで殺し続けてくれていたんだろう?分かっているよ……」


「うぅ……」


 マテラは耐えれずに俯いて、顔を隠した。

 あの泣き虫なマテラの事だ。

 きっと、泣いているのだろう。

 辛かったのだろう。

 半竜人達を殺した時も、スザリオを殺さねばならなかった今も……

 一度でも気を緩めてしまうと、泣き出してしまうぐらいに。

 だから、マテラは今まで、敢えて非情な"殺戮者"を演じ続けていたのだ。

 そして、それでもやはり辛くて、必死であのような代替案を出したのだ。

 この数ヶ月でマテラがただの殺戮者なんかじゃ無い事は良く分かっている。

 厳しい時も、非情に見える時もあるけれど、彼女は本当に誰よりも優しい人なのだ。


「大丈夫。マテラの事を怖がったりしていないよ。俺がマテラの事を"大好き"な気持ちは今までも、これからもずっと変わらないよ……」


 堪えきれずに涙が溢れた。

 泣き虫なマテラももはや隠しもせずに泣いていた。

 スザリオと話して、相対してみて、初めてマテラが味わっていた苦しみを、本当の意味で理解出来た。

 星の為とはいえ、罪のない者を殺さなければいけない事の苦しさを。

 そんな事を平然と出来る奴がいるとすれば、それこそ真の"悪"だ。

 俺の知っている彼女は慈愛に溢れた優しい人だ。

 そんな悪魔のような異常者では決して無い。


『おいおい、死ぬのは私だぞ。泣きたいのは私の方だ』


 泣き続けていた俺達に、スザリオが助けを出した。


「だけど……」


 今のマテラには、もはや"無慈悲な殺戮者"の姿は無い。

 いつもの"泣き虫で優しいマテラ"に戻ってしまっている。


『分かった。お前達の事もよく分かったよ。炉林佑弥。すまんが、私に力を貸してくれないだろうか?お前にしか頼めない事だ……』


「え、なんですか? 俺に出来る事であれば……」


 スザリオは俺の瞳を真っ直ぐに見つめていた。

 俺もそれに応えてスザリオの瞳を見続けた。

 縦に割れた瞳に、強い決意を感じた。

 一生忘れられない大切な"記録"として心に焼き付けた。

 その瞳に誤魔化しなど一切感じられない。

 本気で俺に何かを伝えようとしている。


『マテライン。私は彼の刀になりたい。叶うならば私は彼の刀の一部となって、魂の消えるその時まで、君達が"生きていく世界"を共に見てみてみたいと思う……』


 

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