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黒竜王の瞳 ③

『フゥ……』


 スザリオは唐突に大きなため息をついた。

 そして、語り続けていく。


『私は突然発現した"この力"に狂喜し、何も考える事もなく手当り次第に繁殖を繰り返して仲間を増やしていった。それが私に与えられた種族の使命だと疑わなかった。『仲間が欲しい』その願いは簡単に叶った。

 私はただ、仲間が欲しかっただけなのだ。だが、時間が経ち、私に周りを見渡すぐらいの知恵がついた時には他の種族は既に一匹も残っていなかった。自分の同族だけが蔓延っている世界になっていたのだ』


 マテラは無言でスザリオの話に耳を傾けている。


『子供達は領土拡大を喜び勇み、更なる拡大へと突き進んだ。その勢いはもはや私の想像を遥かに超えるものだった。あっという間に私の周りは仲間によって埋め尽くされ、悲しい事に餌の枯渇した仲間同士が食い合う悲劇も起きていた。悲劇は日毎に拡大し、やがて大陸全土で同種による『共食い』が起こるだろうという事に気付いた。それは正しく地獄絵図だ……』


「……」


 マテラは何も答えない。ただ俯いている。


『知恵の無い怪物ならまだしも、知恵ある同種。全て私を『親』とする子供達だ。だが、黒竜達は私ほどの知能は持たず、そこまでの思案は出来ない。もはや餌とする敵も居らぬと言うのにただひたすらに数を増やし続け、同族同士で喰らい合っていた。自分の子供達が互いに食い合う地獄を見て、平気でいられる『親』が居るだろうか?最も"血"が濃い筈の、そこに居る"半竜人"達ですら、これから起こる悲劇に対しての危機感を持っておらず、私の声も届く事はない……』


 俺は半竜人達を見た。

 知恵を持ち、言葉まで話すとはいえ、黒竜のイメージ通りの野蛮で獰猛そうな顔をしている。

 スザリオとは違い、とても彼の気持ちが伝わっている様には見えない。

 スザリオと他の黒竜達との間には、決して越えられない程の"差"を感じた。


『これでは、いくら知能が合ったとしても、他の"怪物"達と変わらん。ただ強くて、異常な繁殖力があるだけだ。その先に何があるのか……確かにお前の言うように、そこにはきっと何も無いのだろう』


 スザリオは自分達がこの短期間で辿った道筋を語り続けた。

 頬には流れる物があった。

 信じられなかった。

 スザリオの存在は、俺が思っていた残虐な黒竜に対してのイメージを一変させ、自問自答していた自分の思いを確信に変えた。


「それが、スカードと言う"悪"なのだ……私はスカードに遺伝子操作され、弄ばれた種族を数多く見てきた。進化とは、自然に身を任せ、時間をかけてゆっくりと進めるものなのだ。子供とは、時間をかけて大切に育てていくものなのだ。生まれてすぐに過剰な力を持ってしまった子供達に、善悪の判断や種族の行く末を想像する事など出来る訳が無い。スザリオ…… お前だけが『特別』に目が開いたのだ。だが、それを全ての子に伝えるのは不可能だ。過剰に遺伝子を弄ばれた不自然な生命には、遅かれ早かれ、不幸な滅びしか残らない……」


 マテラは歯を食いしばっていた。

 過去幾度となく悔しい思いをし、この様な辛い殲滅を繰り返して来たのかもしれない。


『そのようだな……仲間同士の『共食い』を止められず、近く滅びゆく我が子達を見続けるぐらいなら、今ここで、そなたの手によって殺された方が、少しはマシなのかもしれんな……』


 王の表情に覚悟が見える。

 しかし、その時。


『王よ!!俺達はムザムザ殺サレルナンテ嫌ダ!!俺達は戦ウゾ!勝テヌとシテモ戦ッテ死ヌ!!』


 王の命令を聞き、今まで大人しくしていた半竜人達が、突然声を荒らげた。


『まだ分からんのか!お前達にはまだ未来が見えていないのだ。このままでは、必ず私が言ったような悲しい未来しか待っていない!』

『ソンナ事は知ラネエ! 俺達はムザムザ死ニタクネェンダ!』


 半竜人は王の制止を振りほどく。

 黒竜の絶滅を受け入れた王を見限り、俺とマテラに対して激しい敵意を向けてきたのだ。

 彼らにとっても命がかかっている。

 たしかに『死ね』と親に無理心中を迫られて素直に死ねる子供がいる筈も無い。

 彼等の行動は当然の様にも思えた。


『無駄だ!我々ではどう足掻いても決して彼女には勝てんのだ!力の差も分からんのか!』

『ソンナ事、ヤッテミネェト解ラネェ!オレはコイツを殺ス!』


 半竜人には王の声は届かない。

 もはや、戦闘は避けられない雰囲気だ。


「スザリオよ。そなたの考え、気持ちは確かに受け取った。私は罪の無いお前達を一方的に消滅させようとしているのだ。私と戦うと言うのなら、納得行く様にすればいい」


『しかし……』


 黒竜の"絶滅"は決定事項だ。

 どう足掻いても、誰であろうとも、鬼神と化したマテラに勝てる訳が無いのだ。

 そのぐらいマテラの常軌を逸脱した『力』をスザリオは目にしている。

 それでもスザリオは、子供達が"死に急ぐ"のを、黙っては見ては居られないようだった。

 だが、親としてそのまま我が子達に『死を受け入れよ』とも言えない気持ちも理解出来る。


 死を受け入れて、安らかに死ぬか、戦って戦士の誇りを持ったまま死ぬか。

 どちらを選択しようが、結末は決して動かない。


『くっ……』


 変わらぬ結末に正解など無い。

 彼にも、もはやどうしたら良いのか分からないのだ。


 俺は、このまま黙って見ているだけで良いのだろうか?

 心臓が張り裂けそうになる。

 子の為に"涙"まで流せるほど知性の発達したスザリオの事を、俺にはもうただの怪物として見ることは出来なくなっていた。

 だが、どうにかしてやりたいと言う気持ちはあるものの、どうすれば良いのか分からない。

 黒竜達に食い散らかされてしまった悲惨なこのエリアの惨状は知っている。

 マテラに絶滅を止める提案を出す訳にも行かないのだ。


『……』


 暫しの沈黙の後、スザリオは諦めたような顔でマテラと子供達を見つめ、最後には頭を垂らした……

 何を選択した所で、結果はどちらにせよ『絶対的な死』しか待ってはいないのだ。

 ならばせめてでも、我が子に"誇りある死"を選ばせる事を選択したのかも知れない。


「マテラ……本当に、もうどうしようも無いのかい?」


「佑弥……私の事が怖くなっただろう?だが、これはどうにも出来ない事なんだ。だが、彼等だけの為に、この星全ての可能性を潰させる訳にはいかないんだ……」


 マテラの顔も苦渋に満ちていた。

 俺には、これ以上何も言える事も、何を言う資格も無いと思った。


「全てはスカードのしでかした事だ。スカードの被害者であるお前達を、一方的に殺す私に納得しろとは言わん。恨むなら、好きなだけ私を恨むがいい。全ての恨みを私が受け止めてやる……」


 マテラは黒竜達に向かって身構え、身体から高濃度の魔力を放出させた。

 本気の魔力の放出だった。

 マテラと半竜人達は共に身構え、今にも戦闘が開始されようとしていた。


『俺達を舐メルナヨ! 簡単ニハ殺サレネェ!他のヤツラとは違ウコトを見セテヤル!』


 先頭の半竜人が大声で咆哮する。

 半竜人達がジリジリとマテラとの距離を詰めていく。

 そして、今にも飛びかからんと、"機"を伺っていた。


「お前達を《光》で消さなかったのは何故だと思う?」


『ウルセー!俺達にはソンナモン効カネーカラダロウ!』


「知恵と自我に目覚めた者を殺す時には、なるべく言い残す事が無いかを確認する事にしている。今回は数が多く、全ての者に確認する事は出来なかったが。無意味で身勝手に思われるかも知れないが、それが私に出来る唯一の"贖罪"だからだ……」


『俺達はオ前に殺サレルツモリナンカネーンダ!』

『オ前をブチ殺シテ、ソノ美味ソウナ脚を食ッテヤル!』

『俺は頭ダ!』『早イ者勝チダ! 俺は胸を貰ウゾ!』


 もう、彼等を止める"王"は居ない。

 制御の効かなくなった半竜人達は大声を喚き散らしながらマテラに襲いかかった。


 マテラはいつか俺に言っていた。


『命乞いをする者達を殺すのが、一番嫌だった。私を殺そうとしてくれれば、少しは気が楽だった』と……


 マテラを喰い殺そうとする獰猛な半竜人達の行動は彼女の気を少しは楽にさせたのだろうか?


「すまんが、それを最後の"遺言"とさせて貰う……」


 マテラの気持ちは決して揺るがない。

 彼女は諦めて首を横に振る。


『死ネェ!』


 半竜人の爪が、マテラに向かって放たれた。

 その速度は、今まで見てきた怪物達とは比較にならぬ速さだった。

 やはり侮れるような相手では無い!

 半竜人は巨大な黒竜達を力で従えていた。

 他の黒竜と比べ、知能も戦闘力もズバ抜けているのだ。

 俺は慌てて刀を構え、マテラの援護へと向かった!


「……《Молња(雷化)》」


 今にも半竜人達の爪がマテラの細い首を斬り飛ばすかと思われた瞬間、マテラは呟いた。

 その瞬間、『閃光』が全てを置き去りにして半竜人達の間を通り過ぎる。

 一瞬と言う速さが遅く感じる程に、とてつもない速さだった。

 その速度は、もはや生物の出せる速度の限界を遥かに超えていた。

 誰が目の前で発生した『落雷』を避けられるだろうか。

 マテラと毎日組手していて、見慣れているはずの俺ですら、全く何も見えなかったのだ。

 そして、全身『雷』となったマテラの通り過ぎた後には、完全に"炭化"してしまった半竜人達が並んでいた。


(バリバリ!)


 遅れて、激しい『雷鳴』が鳴り響く。


 すでに、生きてる者は存在しない。


 全てが一瞬の出来事だった。


 炭化して"灰"になった半竜人達が、風に吹かれて消えていく。

 半竜人達は、痛みも、死も、何かを考える間も無かっただろう。

 後には、ほんの少しの灰が地面に残っていた。


 未だ『雷』と化しているマテラが、悲しそうに半竜人だった灰を見つめていた。


「すまない……」


 そして、消え入りそうな小さな声で呟いた。


 マテラは『雷化』を解除し、スザリオの元へとゆっくりと近づいて行く……



 

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