黒竜王の瞳 ②
激しい閃光が収まった後には、あれほど騒がしかった黒竜達の喧騒は消え、耳が痛くなるほどの静寂だけが残っていた。
数万にも及ぶ大量の黒竜の群れが、ほんの数分の間に跡形もなく消滅してしまったのだ。
残されていたのは、たった10数人の半竜人と、王らしき人物だけ。
『ぉぉぉおお……』
だが、あれ程いた同胞達があっという間に消滅し、動揺を隠しきれない半竜人達の中、一人だけ激しく慟哭する者がいた。
信じられない事に涙まで流している。
遠目から見る分には、殆ど人間と変わらない姿している。
こいつが、黒竜達の王だと言うのか……
マテラが上空から、ゆっくりと大地に降りてくる。
大多数の黒竜達は消滅したとはいえ、まだ半竜人と王は残っている。
あいつらは他の雑魚とは違い、黒竜達の中でも主力戦力の筈だ。
気を抜ける様な相手では無い。
だが、マテラからは、微塵も警戒心など感じられなかった。
マテラには、敵がどのような攻撃手段を取ったとしても、自分にとって脅威など無い事が分かっているのだろうか。
俺は泣いている王の事が気になり、ジっとしている事が出来かった。
危険だと言われてもこの戦いの結末を見届けねばならない。
ゆっくりと、王に向かって歩いていくマテラ。
なんの警戒心も持たずに、王へと向かって歩いてゆくマテラに対し、王は最大限に警戒していた。
『《קִיר》!』
王が仲間全体を包み込むように、再び《障壁魔法》を展開した。
見るからに強固な《障壁》だと分かる。
先程の物よりも範囲が狭い分、遥かに強度と魔力が高められているようだ。
独学で、さらには僅か数ヶ月で魔力の使い方を覚えたと思われる王の知能とセンスには脱帽するが……
「私に、こんなものは無意味だ……」
マテラはソレを、まるで、カーテンでも開くかのように簡単に払い除けた。
障壁を霧散させ、マテラは更に黒竜達へと近付いていく。
あの強固そうな障壁ですら、マテラの前では『何も無い』のと同じ事らしい。
王の顔からは、悲痛の表情が浮かび取れていた。
『グゥウウウ……』
王を守る半竜人達が、唸り声を上げて威嚇する。
得体の知れない強敵とはいえ、自分達の仲間を大量に消し尽くし、今度は王に対してまで暴力を働かんと近寄るマテラに対し、半竜人達の怒りは頂点に達していたのだ。
マテラと半竜人との距離はもう殆ど無い。
いつマテラに飛び掛って行ってもおかしくない状況であった。
『やめろ!!』
『!!シカシ!王!コイツは……』
何故か王らしき黒竜が突然声をあげ、他の荒ぶる半竜人達を制した。
半竜人達は納得の行かない様子で一歩後退るが、隙あらば何時でも飛びかからんと、恐ろしい形相でマテラを睨み続けている。
「……」
それでも、マテラは歩みを止める事は無かった。
平然と荒ぶる半竜人達の間をかき分けて、王の元へと向かう。
そして、遂にマテラが王の目前まで到達する。
周りには、今は抑えているとはいえ、今にもマテラに飛びかからんとする半竜人達。
緊張が走る……
『私はこの者達の"王"スザリオだ。そなたは何者だ? 何故、我が同胞を殺したのだ?』
そして、王が口を開いた。
驚かされた。
スザリオと名乗った王は、他の獰猛な黒竜達とは違い、とても流暢な言葉で話しかけてきたのだ。
姿も態度も俺が想像してたよりも、遥かに人間に近かい。
見た目は人間そっくりでも、やはり中身はれっきとした黒竜なのか、白目部分は薄い黄色、黒目部分は縦に長い【有鱗目】の瞳を持っており、肌はやや薄黒く他には爬虫類特有の鋭い爪や尾が生えている。
だが、それだけだ。
それだけで、目ためは俺達とそう変わらない。
むしろ、その落ち着いた佇まいには化け物どころか、王たる品格や深い知性すら感じさせた。
今も周りで威嚇を続けている、怪物の獰猛さを未だ残していた半竜人達にくらべれば、とても彼が残虐な怪物達のボスであるようには見えなかった。
"遺伝子操作"とは、たった数ヶ月で知性の欠片も見当たらなかったあの"怪物を"ここまで進化させるものなのか……
「くっ……」
葛藤する。
俺は、獰猛な黒竜達を殺す事に、抵抗など無い。
彼らはいずれ他の生物のみならず、いずれ産まれてくるであろうゼジャータの全ての生命までも皆殺しにしてしまうのは間違いないのだ。
しかし、言葉を解し、姿までも人間に酷似した生物を殺すのは……
今からあの"人"を、消さねばならないのか?
俺に、この"人"を殺す事が出来るのか?
野蛮で獰猛な黒竜達とは完全に異なる存在に見えるスザリオを見て、これから彼らと戦わなければいけない事に、戸惑いを覚えていた。
今まで知性のある生き物を殺した事など無かった俺は、葛藤し自問自答する。
そして、マテラが口を開いた。
「私が"名"を名乗るのは、信頼出来る友に対してか、これから『死にゆく者への礼儀』を尽くす時だけだ…… お前には、その覚悟は出来ているのか?」
マテラは見た事が無いほど機械的で、そして冷酷的だった。
俺とは違い、マテラなら躊躇なくやるだろう。
マテラの動向に、俺は一瞬足りとも目が離せなくなっていた。
『覚悟など、この世に生を受けた時には出来ている』
「そうか……」
『それに、どう足掻いても今の我々に貴方を止める事は不可能だしな。そもそも、私達が"消されず"に済む選択肢はあるのか?』
刺さるような『間』が流れた……
空気が重すぎる。
「謝罪しよう……私はスメーラの王。名はマテライン・アマ・スメーラだ……」
マテラはスザリオの問に答えず、ただ名を返した。
それは彼らに『消滅』以外の選択など残されていない事を意味していた。
俺は、二人の会話をもっと近くで聞かなければならないと思った。
怖い気持ちを抑えながら、中心まで近づいていく。
『もう一度聞こう。何故、我々を殺すのだ?』
スザリオは仲間を殺されて怒り狂っている筈であったが、何故かとても落ち着いた声でマテラに問いかけた。
「お前達はスカードと言う種族に、身体を弄られ操られているのだ」
『スカード……?』
「スザリオ、お前には心当たりがあるだろう?お前は元々、普通の"怪物"だった筈だ……」
『ああ。忘れよう筈も無い、確かに、ほんの数ヶ月前まで私は、ただの怪物だった。しっかりと覚えている。だが、何故それが私達を殺す理由になるのだ?』
「私は奴らに操作された者を全て消さねばならん……」
『何故だ?』
「もう、今のお前なら言わずとも解っているだろう? お前達は増え過ぎ、そして殺し過ぎた。このままでは遅かれ早かれ、この"星全て"を埋めつくしてしまうだろう。私は"この星"を守る為だけに生かされている存在だ。星の進化を"不当"に歪められたならば、元の正常な進化に戻さねばならんのだ……」
『我々は生存競争に勝っただけだ。なのに、この星を守る為に犠牲になれ。と言うのか?』
「この星は『この星の生命』の物だ。お前達はもはや、この星の生命とは完全に異なる存在になってしまっている。もう他の生命とは対等な生存競争にはならん」
元は同じゼジャータの生命であったと言うのに、彼らはスカードの遺伝子操作によって、すでにゼジャータ本来の生命体では無くなってしまっている。
地球の歴史上どこを見ても、数ヶ月で国家を育んだ種族など居ないのだ。
それはゼジャータでも変わる事では無い。
『……ならばもう、これ以上仲間を増やすのを止めよう。この大陸の"南端"で無駄な争いをせずに、静かに生きていく』
「ダメだ」
『では、私だけを消滅させろ。遺伝子操作されているのは私だけだ。子供達は私の様にはならん。これ以上は繁殖もさせんと約束する』
スザリオの提案にマテラは少し考え込んで、そして唇を噛み締めた。
「すまん……お前は確かに特別だ。確かに他の物はお前の様にはならんだろう。だが、他の者にも遺伝子情報は残っている。お前達がどう進化するか、進化の果てに、この星にとってどれだけの影響を及ぼすのか、私にも想像が出来ん……それに、スカードに埋め込まれた遺伝子が、そのような生易しい事を許すとも思えん。やはり、スカードの遺伝子を持つ者を見逃す事は出来ん」
『……もう、どうにもならんのか?』
マテラの答えは既に想像出来ていたのだろう。
"明確な死"を宣告されてなお、スザリオの表情に変化は無かった。
「もはや、お前達を元に戻す為の技術は廃れてしまっている。私だけの力では、もうどうする事も出来ない。それに、仮に出来たとしてもお前達の"知性と自我"を奪う事になる。それでは殺してしまうのと変わらんだろう……」
何を言おうが恐らくマテラの意思はもう変わらない。
マテラにとって彼らの『死』は既に確定事項なのだ。
今は、必ず訪れる『死』までの、ほんの僅かな贖罪の時間なのだ。
『うむ……』
スザリオが黙り込んだ。
その時間は、ほんの一瞬ではあったが、まるで永遠の様に長く感じられた。
そして、スザリオは口を開いた……
『私はずっと考えていた。我々黒竜は、何故生まれ、そして、これからどうなってしまうのだろう?と……』




