滅んだ異世界で ④
次の日……
馬怪物を倒す方法を考えた。
大抵の動物は皮膚が薄くて内臓が集中している腹が弱点。という知識を思い出したのだ。
見るからに強度の低い『木の槍』でも、薄い腹部ならば致命傷を与える事が出来るかもしれないと考えた。
野生動物は、匂いにも敏感な事も思い出した。
昨日あれだけ警戒されてしまったので、もう俺には近付いてこないかも知れない。
効果があるかは分からないが、身体中に泥を塗りたくり、更に"餌"である果物のなる木の近くに身体中がすっぽり入る程の穴を掘り、中に隠れて下から襲う事にする。
成功すれば、念願の"肉"を食う事が出来る。
強烈な食欲を励みにジッと暗くて狭い穴の中で身を潜めた。
暫くすると、馬怪物がこちらに近づいてくるのを感じた。
息を殺す。
ここで気付かれてしまったら、全ての努力が水の泡だ。
敵が近くに来た事を確認する。
「今だ!」
タイミングを見計らって穴から飛び出した。
穴から飛び出した瞬間に怪物に《加重》し、動けなくなった怪物の腹に、木の槍を容赦なく突き刺した!
『グギャア!』
腹を木の槍で貫かれた怪物が堪らずに叫び声をあげた。
吹き出した血が、俺の身体を真っ赤に染めた。
「うっ……」
なんと言う気持ち悪さだろう。
血液の凄まじい生臭さに吐き気がする。
血塗れになっていた手には、今も"肉"に木が突き刺さっていく生々しい感覚が残っていた。
おそらく普通の人生を送っていれば、一生味わう事は無かったであろう体験だった。
自分でここまでやって起きながら、余りの生臭さと気持ち悪さに、心が折れて『食べる事』諦めそうになった。
だが、諦めなかった。
「痛っ!このやろう!」
怒り狂って暴れ回る怪物に身体を激しく噛みつかれた。
激痛が身体を駆け巡る。
だが、この程度で俺は諦めたりしない。
痛みと怒りのおかげで、いくらか罪悪感が和らいだ。
そして、必死で槍を奥へ奥へとねじ込んでいった。
生きている動物の肉に槍が刺さっていく感触は堪らなく気持ちが悪かった。
しかし、何が何でも俺は肉を食いたいのだ!
『グギャッア!ガ、ギャ……』
馬怪物は俺を噛み殺すのを諦めて、腹に木が刺さったままその場から逃げ出そうとしたが、《加重》を使っているで動く事は出来ない。
10分もすると、出血多量で暴れるのを止め大人しくなった。
『ヒィ……ヒィ……』
だが、まだ辛うじて息がある……
散々噛み付かれた馬怪物に対して理不尽な怒りを抱いていたが、今まで魚すら捌いた事の無い偽善者だった俺は、トドメを刺す事に凄まじい抵抗を感じていた。
馬の腹からは、既に内蔵が大量に飛び出している。
今更、もうどうする事も出来ない。
痛みと苦しみで、馬の眼には涙が滲んでいた。
こいつを殺すのか……
今更になって罪悪感が湧いてくる。
こいつは、俺が寝ている間でも襲って来る事は無かった。
見た目は恐ろしい怪物の姿をしているが、多分草食怪物なのだろう。
俺が何もしなければ、襲って来る事など無かったのだ。
もしかすると、飼い慣らせばペットみたいに懐いていたのかもしれない。
だが、今となっては全てが遅い。
「ごめん……」
今更悔やんだ所でこの馬はもう助からない事は明白だった。
人生で初めて抱いた、強い罪悪感に苦しめられる。
腹に槍を突き刺して苦しめているのは自分のせいだと言うのに、何を今更!と無理やり自分に言い聞かせた。
『ヒィッ……………』
断末魔を上げる事も無く、怪物は息を引き取った。
"止め"を刺す事は出来なかったが、出血多量で絶命したのだ。
初めて"虫"以外の生き物を自分の手で殺した。
想像してたよりも、遥かに後味が悪かった。
『なんでこんな酷いことをするんだ?』とでも言うかの様な怪物の顔が頭から離れない。
「ごめん。お前の命を大切に頂きます……」
激しい罪悪感を感じつつも、生きていく為には何かを食べないと行けなかった。
折角奪った命を大切に頂く事にする。
血だらけでとても美味しそうには見えなかったが、念願のタンパク質だ。
何とか食べれそうな赤身肉の部分に齧り付いた。
「うわぁ!ベッベッ!不っ味い……」
わざわざ辛い思いをまでして狩った最初の獲物は、想像を遥かに超える不味さだった。
だが、折角殺した命、無駄にする訳にはいかない。
無理をしてでも絶対に完食する!
と、思ったが、どんなに空腹でもこんな不味い物は食える気がしなかった。
たった一口飲み込んだだけで、ギブアップしてしまった。
久しぶりの果物以外の食べ物だったが、とても生で食べられる様な物ではない。
生ゴミでも食べているかのような臭みと味に敗北し、生でこれを食うのはとても不可能だ。と諦めた。
残念ながら周りには、火を起こせそうな道具は無い。
悔しいけど、また諦めるしか無いのか……
生きている生命を奪ってまで手に入れた待望の肉だったが…… 泣く泣く放置した。
馬怪物に悪い事をしてしまった。
結果として何も得る事が無い"殺生"だった。
「痛てて……大分俺も噛まれてしまったな……」
『怪物の生肉を食うのは不可能』という知識を得る為に払った代償を確認する。
痛みの程度から、かなりの怪我を覚悟していたが、散々噛み付かれた割には、身体には少し黒い痣が出来ていただけで、出血すらしていなかった。
「え?なんで……?」
俺の身体は貧弱な割には人間よりも遥かに頑丈に出来ている。
理由は不明だが、骨折程度なら数時間でくっつくし、例え出血する程の怪我を負ってもすぐに傷は塞がるのだ。
だが、いくら何でも俺の10倍はある馬怪物に散々噛みつかれ、蹴り飛ばされて無傷という程頑丈では無い。
現に、身体中に激しい痛みが残っているのだ。
「何でだろう?」
理由は分からないが、何故か大きな外傷も無い事に感謝した。
散々俺を悩ませていた体質ではあったが、この世界に来てからというもの、心底『この身体で良かった』と思った。
「俺が人間だったら、もう死んでいたな……」