まるで虫けらの様に…… ⑥
マテラは群れへと向かって歩き出していく。
相手の数は膨大だ。
マテラが敗北や苦戦する気は一切しなかったが、それでもやはり心配になる。
俺に何か出来るとは思えないが、取り敢えず後を追った。
「佑弥、多数の敵との戦闘の際は、いままでとは少し戦い方を変えなくてはいけない。今の佑弥には少し数が多過ぎるだろう。手本を見せるから少し離れて見ていてくれ……」
「あ、はい!」
少し情けない事に、ホッとしてしまう。
確かに、俺如きが闇雲に突撃してマテラの邪魔になってしまったら申し訳無い。
マテラに言われ、この場で留まる事にする。
言われるがままに大多数相手との戦闘法とやらを学ばせて貰おう。
「まあ、心配はご無用と言う奴だ」
そして俺を一人残し、彼女はたった一人で敵の群れへと近づいてゆく。
群れの中心に位置するボス黒竜は、すぐに異様な雰囲気を纏うマテラの存在に勘づいていたようだ。
大群に恐れもせずに不用意に近付く正気とは思えない小さな敵の事を、只者では無いと見抜いていたようだ。
『ギィシャアア!!』
激しいボス黒竜の咆哮で、大量の黒竜達が一斉にマテラへと身構える。
これ以上無いほどに敵意を剥き出しにしてマテラを威嚇していた。
やはり、普通の怪物とは少し違っている。
本能、と言えばそれ迄だが、あの統率力。
知能までも普通の怪物を超えているかのように思えた。
「やはり、まだ進化し続けているな。急いで良かった……」
彼女は黒竜達の威嚇など意にも介さず、群れに無防備に近づいていく。
『ギャアアァ!』
先頭にいた黒竜達が、マテラに向かって走り出す。
マテラとまでの距離はもう数mも無い。
「《לְצַרֵף》……」
マテラが呟くと、今にもマテラに襲いかからんとする黒竜達が半透明の"壁"の様なものに弾き返された。
半透明の壁はあっという間に拡大展開され巨大な"魔法陣"となる。
ドーム状に拡がった"魔法陣"はボス黒竜を中心として敵の群れを丸ごと覆い尽くしていく。
「なんだあの魔法陣は?東京ドームぐらいある……一体どうするつもりなんだ……?」
巨大過ぎてもはや見当もつかないが、一瞬で中に閉じ込められた巨大な黒竜達は、まるで"虫かご"に入れられてしまった"虫"のように、どうする事も出来ずに動揺していた。
"魔法陣"はそれ自体が強固な障壁になっているらしく、閉じ込められた黒竜達は"魔法陣"を破壊しようと攻撃するが、"魔法陣"はビクともしていない。
相当の強度を持っている様だ。
「一匹足りとも見逃す訳にはいかない」
中では黒竜達が"魔法陣"から逃れようと今も暴れ回っている。
だが魔法陣の強度は高く、どうやっても結界から逃げれそうには無い。
「Чираи……」
マテラは静かに呟いた……
その瞬間、"魔法陣"から無数の《雷》が発生した。
無数に発生した《雷》は、まるで生きているかの様にドーム内で"動く生命体"目掛けて縦横無尽に落《雷》し続けていく。
遠く離れたこちらまで、信じられない量の"雷鳴"が鳴り響いていた。
「なんだあれは……」
《雷》は恐ろしい速度で黒竜達を焼き殺していく。
《雷魔法》もそれに使用された魔法陣も全て俺の知っているものとはスケールが違い過ぎた。
まるで違う魔法のようだった。
全ての黒竜を焼き尽くし、数秒後やっと雷鳴が収まったかと思うと、ドーム内には真っ黒に炭化した黒竜達の死体で埋め尽くされていた。
地獄と言う表現が優しく聞こえる程の惨劇が目の前に拡がっている。
「むごい……」
思わず声が漏れてしまった。
訓練の時に使う《雷》とは規模も威力も段違いだ。
あれ程の激しい《雷》の雨の中では、全ての黒竜達は死を感じる間もなく、瞬間的に焼き尽くされて即死しただろう。
「すまんな。黒竜達よ……」
群れを囲っていた"魔法陣"がその役割を終え霧散していく。
炭化して灰となった黒竜達の残骸は、風に吹かれて跡形もなく消え去っていった。
「大地に還れ……」
灰は全て吹き飛ばされ、僅かな"消し炭"すら残っていなかった。
"魔法陣"が消えた跡地には、焼け焦げて真っ黒に変色し、超高温でガラス化した大地と、何故か無傷のまま生き残っているボス黒竜だけが残されていた。
それを遠くから見ていた俺は思った。
今の俺には、まったく参考にはならない戦い方だと……
圧倒的な魔力の前にはあらゆる戦略、戦術などは何の役にも立たない。のだと……
様はそれ程の圧倒的な"力"を俺も『身に付けろ』という事なのだろうか。
(パリ…パリ……)
超高熱でガラス化した大地から乾いた割れる音だけが響く。
マテラはまるで消し去った黒竜達に対する懺悔かのように、一歩一歩ガラス化した大地を踏みしめながら、悠然とボス黒竜に近づいていく。
「可哀想だが、こいつからは"情報"を貰わねばならん……」
マテラが黒竜に近づいていく。
残されたボス黒竜は目の前で起こった惨劇を未だに理解出来ていなかった。
あれほど沢山居た仲間達が一瞬にして消えてしまったのだ。
突然起こった理不尽で意味不明な【死】という災害を進化したとはいえ、怪物の頭で理解出来る訳が無いのだ。
「命を貰う……」
マテラがボス黒竜の前に相対する。
ガムダン相手に一歩も引かなかったあれ程勇猛だった黒竜が激しく怯えているように見えた。
先程まで見せていたマテラに対する激しい"敵意"などは、完全に失っている様に見えた。
絶対的な【死】に対して諦めにも似た様相を示していたのか。
そして。。
『……オマエは、ナニモノだ?』
なんと、黒竜が言葉を発したのだ。
信じられなかった。
どれだけ強かろうと、怪物は知的生命体では無い。
生命が言葉を解するまでにはとてつもない壁がある。
怪物種が言葉を話す事など、今までに一度も無かったし、そんな事有り得なかった。
「もう……言葉まで、使えるのか……」
『オレは、ギラヌルだ……』
なんと、黒竜は個人を表す"名"すら名乗ったのだ。
怪物が言葉を操り、更に名を名乗る事など信じられない出来事であった。
「私は、スメーラの王。マテライン・アマ・スメーラだ。お前達を不当に改造した"者"の敵だ。お前達は"自然の摂理"に反して殺し過ぎ、増え過ぎた。よって、全て滅ぼさせてもらう。最後に何か言い残す事はあるか?」
マテラは、普段明かす事の無い筈の"真名"を名乗った。
強者の理屈で一方的に殺す……
真名を名乗ったのは、一方的に殺される弱者に対しての"最低限の礼儀"なのだろうか……
『スメーラのオウよ。オマエは、ワレラのオウが、カナラズ、コロス……』
抵抗は無かった。
ギラヌルはそれだけ言うと、目を閉じその巨大な頭を垂らした。
あの獰猛な怪物が、彼女にはもはや勝てぬと理解し、死を覚悟したのだ……
「そんな……」
それは、俺が『野蛮で獰猛な怪物』に持っていた常識を"根底から覆す程の"異常な光景であった。
「……」
マテラは何も言わずギラヌルの頭に触れる。
そして、巨大な体躯が一瞬で消失した……




